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3月
監修:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 医長 谷口 浩也

大腸癌

Clinical Sequencingが転移性大腸癌のgenomic landscapeを定義する


Yaeger R, et al.: Cancer Cell. 33(1): 125-136, 2018

 大腸癌の発生や進行には、遺伝子変異の蓄積が密接に関わっていることが示されている。TCGAにおいて大規模な大腸癌の遺伝子解析が行われたが1,2)、この研究の対象は主に早期・切除可能大腸癌であり、転移性大腸癌についての遺伝子解析のデータは十分とはいえない。そこで、転移性大腸癌における遺伝子解析のデータを収集し、予後予測および治療効果予測のバイオマーカーを同定すること、および遺伝子解析が臨床的に有用な情報をどの程度提供できるかを評価することを目的とし、本研究が行われた。

 今回、大腸癌1,134例(MSKコホート;早期・手術可能大腸癌123例、転移性大腸癌1,011例)を対象に、341以上の遺伝子異常を検出可能な次世代シーケンサーパネルであるMSK-IMPACTを用いて網羅的遺伝子解析を行った。1,134例の対象症例を、POLE変異あり、MSI-H/hypermutated、MSSに分類した。POLE変異の定義は既知の変異(P286R、S459F、V411L)をもつものとし、MSI-H/hypermutatedの定義はMSIsensor score3)≧10、もしくはmutation burdenがMbあたり25を超えるものとし、POLE変異、MSI-Hどちらにも当てはまらないものをMSSとした。結果、POLE変異は8例(0.7%)、MSI-Hは99例(8.7%)、MSSは1,027例(90.6%)であった。POLE変異例はこれまでの報告と同様、男性の早期癌に多くみられた4)。MSI-H/hypermutatedは早期癌で多くみられ、MSSよりも診断時の年齢が有意に高かった(MSI-H 60歳 vs. MSS 54歳、p=0.01)。また、MSI-H/hypermutatedの中でBRAF V600E変異を伴うものは、BRAF V600E変異を伴わないものと比較して有意に診断時の年齢が高かった(中央値:変異あり72歳 vs. 変異なし55歳、p<0.01)。また、本研究の対象はTCGAの大腸癌コホートよりも有意に診断時の年齢が低かった(中央値:MSK 54歳 vs. TCGA 70歳)。

 MSSで多く指摘された遺伝子変異は、APC(79%)、TP53(78%)、KRAS(44%)、PIK3CA(18%)、SMAD4(16%)などであった。進行度別の比較では、転移性大腸癌ではTP53変異が多くみられ、早期・切除可能大腸癌ではFBXW7変異が多くみられた。

 本研究ではAPC変異が多く認められたほか、それ以外のWNT経路の変異としてCTNNB1(8%)とRNF43(9%)が指摘された。APCCTNNB1RNF43いずれかの変異はMSSの85%、MSI-Hの93%に認められた。特記すべきこととして、MSSのうち35例においてAPC エクソン9の8塩基上流のイントロン領域に単塩基変異を認め(chr5:112151184A>G)、他癌種で行われたMSK-IMPACTを用いた大規模な検討5)ではこの変異は認めなかったことから、MSS大腸癌に特異的な変異であると考えられた。この変異をもつ腫瘍では核内のβカテニンの高発現が認められており、イントロンの変異がスプライシングのアクセプター配列となることでフレームシフトを起こし、スプライシングに影響を与えていることが示唆された。また、CTNNB1変異が合計83例(全体の8%、MSI-Hの24%、MSSの6%)で認められ、そのうち20例はMSI-HでよくみられるT41A、S45F、S45P、K335I、W383Rなどの変異であったが、29例はMSSに特異的にみられたexon 3におよぶ遺伝子内のインフレーム欠失であった。このインフレーム欠失はAPC変異や他のWNT経路の変異を伴わなかったが、免疫化学染色でβカテニンの高発現が認められ、WNT経路の活性化をきたすことが示された。

 続いて、OncoKB分類システム6)に従って遺伝子変異ごとのエビデンスのランク付けを行い、遺伝子解析が臨床的に意義のある変異を検出する頻度を検討した。最も有用性の高いエビデンスレベル1は、大腸癌においてはMSI-H、RASのホットスポット変異である。

 MSI-H以外の臨床的に意義のある遺伝子変異は、MSI-H/hypermutatedでMSSより多く認められ(MSI-H 86% vs. MSS 37%、p<0.001)、BRAF V600E、BRCA1/BRCA2NTRKPIK3CAPTENが認められた。MSSに限定した原発部位別の検討では、右側原発腫瘍(以下、右側)の46%、左側原発腫瘍(以下、左側)の30%においてBRAF V600EやPIK3CAなどの他癌種では治療対象となりうる変異を認めた。一方、受容体型チロシンキナーゼ(RTK)の変異は左側に多くみられ、最も頻度が高いものはERBB2増幅(4%)であった。MSSの5%においてBRAF変異がみられたが、BRAF変異をキナーゼ活性により分類した7)ところ、高いキナーゼ活性をもつBRAF変異クラス1、2はRAS変異と共存しないが、単独ではキナーゼ活性をもたないBRAF変異クラス3はRAS変異との共存がしばしばみられることが分かった。

 転移性大腸癌における原発部位と予後の検討では、転移診断時点からの右側の5年生存率は45%、左側の5年生存率は67%と、既報と同様に右側のほうが予後不良であった8)。また、右側のほうが左側よりも転移臓器個数が多く、腹膜転移、大網転移などの根治困難な遠隔転移を伴うことが多かった。また、右側のほうが左側に比べて有意にmutation burden(右側7.15 vs. 左側5.92、p<0.001)、oncogenic mutation(右側4.11 vs. 左側3.44、p<0.001)が多かった。DNA copy number alterationは右側のほうが左側に比べて有意に少なかった(右側0.18 vs. 左側0.21、p=0.001)。右側ではKRASBRAFPIK3CAPTENAKT1RNF43SMAD2SMAD4などの変異が多くみられ、左側ではAPCTP53の変異が多くみられた。MSS症例における遺伝子別の多変量解析では、APC変異(HR=0.57)は予後良好因子、BRAF(HR=2.02)、KRAS(HR=1.40)、NRAS(HR=2.59)は予後不良因子である一方、腫瘍の原発部位は有意な因子として残らなかった。左側の37%では遺伝子変異が同定されなかったが、AREGなどの多くのligandの発現が増加していた。

 次いで、MSSを活性化された経路別に分類した。1)RTK活性化のみ、2)RAS-MAPK経路の活性化、3)PI3K経路の活性化、4)RAS-MAPK経路とPI3K経路の同時活性、5)特に変異なしに分けた。右側原発の75%以上が4)に該当し、左側原発の半分は1)5)に該当した。これらのサブグループは予後および転移臓器のプロファイルが大きく異なり、1)5)の予後は良好で、2)4)の予後は不良であった。サブグループ別の解析では原発部位による予後の差を認めなかったことから、この遺伝子変異に基づいたサブグループの違いが左側と右側の転移臓器の違い、予後の違いをもたらしていると考えられた。

 要約すると、本研究において転移性大腸癌における新たなAPCイントロン領域の変異、およびCTNNB1のインフレーム欠失が指摘され、これらもまたβカテニン系の活性化を引き起こしていることが示された。また、右側原発腫瘍の多くでは発癌に関わる遺伝子変異を高率に認める一方で、左側原発腫瘍はRTKシグナルの亢進が腫瘍の増大に大きな役割を占めることが示された。

 この研究を通じて転移性大腸癌における遺伝子変異のlandscapeが明らかとなったことで、遺伝子変異プロファイリングの違いが、原発部位による抗EGFR抗体薬の治療効果、転移臓器、転移臓器個数および予後の違いなどの臨床的特徴の相違の原因になっていることが示されたといえる。


日本語要約原稿作成:国立がん研究センター東病院 消化管内科 澤田 憲太郎



監訳者コメント:
転移性大腸癌における新たなAPCイントロン領域の変異、およびCTNNB1のインフレーム欠失が指摘された。

 MSK-IMPACTを用いて、1,000以上の転移性大腸癌のmutation、copy number alteration、MSI status、gene fusionを包括的に解析した結果を報告したものである。

 今回の解析でみつかった新たな発見は、WNT経路に関わる変異としてAPCイントロン領域の変異およびCTNNB1のインフレーム欠失が指摘され、これらがWNT-β-catenin経路の活性化に関わることが示されたことである。

 われわれがこれまで漠然と右側結腸、左側結腸にもっている遺伝子の情報と臨床的特徴の関連性が再確認される結果であり、MSS症例では、右側の46%、左側の30%においてBRAF V600EやPIK3CAなどの変異を認めた一方、RTKの遺伝子変異は左側に多くみられ、最も頻度が高いものはERBB2増幅(4%)であった。またmutation burden、oncogenic mutationは右側結腸に多く、DNA copy number alterationは左側結腸に多い結果であった。多変量解析でAPC変異が予後良好因子、BRAFKRASNRASが予後不良因子で、原発巣の右側左側が因子に残らなかったこと、右側原発の75%以上がRAS-MAPK経路とPI3K経路の同時活性を認め、左側原発の半分はRTK活性化のみまたは、特に変異なしに該当するなど、右側と左側の抗EGFR抗体薬の治療効果、転移臓器、および予後の違いなどの臨床的な差異は、これらの遺伝情報である程度説明がつくものと考える。

  •  1) Giannakis M, et al.: Cell Rep. 17(4): 1206, 2016 [PubMed]
  •  2) Haan JC, et al.: Nat Commun. 5: 5457, 2014 [PubMed]
  •  3) Niu B, et al.: Bioinformatics. 30(7): 1015-1016, 2014 [PubMed]
  •  4) Domingo E, et al.: Lancet Gastroenterol Hepatol. 1(3): 207-216, 2016 [PubMed]
  •  5) Zehir A, et al.: Nat Med. 23(6): 703-713, 2017 [PubMed]
  •  6) Chakravarty D, et al.: JCO Precis Oncol. Jul, 2017 [Epub ahead of print]
  •  7) Yao Z, et al.: Nature. 548(7666): 234-238, 2017 [PubMed]
  •  8) Holch JW, et al.: Eur J Cancer. 70: 87-98, 2017 [PubMed]

監訳・コメント:国立がん研究センター東病院 消化管内科 坂東 英明

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