1月
監修:静岡県立静岡がんセンター 消化器内科 医長 山ア 健太郎
リンチ症候群
リンチ症候群患者における多種多様ながんの発生にマイクロサテライト不安定性が関連する
Latham A, et al.: J Clin Oncol. Oct 30, 2018 [Epub ahead of print]
がんの生殖細胞変異検査を行うべき対象者の適切な拾い上げに、がんの診断年齢、がんの診断歴、がんの家族歴を臨床判断基準として伝統的に使用している。しかしながら、DNAミスマッチ修復(MMR)遺伝子の生殖細胞変異が原因であるリンチ症候群(LS)では、腫瘍部が高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)であるか否か、あるいは腫瘍部でMMR蛋白の欠損(MMR-D)が認められるか否かを、大腸癌(CRC)患者と子宮内膜癌(EC)患者全員にスクリーニングすることに重きを置かれるようになった(LSのユニバーサルスクリーニング)1-4)。また、時を同じくして、免疫チェックポイント阻害薬の感受性バイオマーカーとしてのMSI-H/MMR-Dの同定が、進行固形癌患者の治療にbreakthroughをもたらした5-6)。米国FDAによるMSI-H/MMR-D固形癌患者に対するPembrolizumab療法の承認は、がん種にかかわらずバイオマーカーの結果次第で投与が可能となった、世界初の承認である7)。これにより、MSI-H/MMR-Dの同定は今やあらゆる固形癌のがん診療においてルーティンに組み込まれている。しかしながら、MSI-H/MMR-Dの同定検査の後に生殖細胞変異検査が必ずしも実施されているわけではないため、MSI-H/MMR-Dの同定検査を受けたがん患者にLSがどの程度認められるのか不明である。
古典的にはMSI-H/MMR-Dの同定は、PCRによるMSI解析あるいは免疫組織化学(IHC)によるMMR蛋白発現解析で行われていた8)。しかし近年では、MSI判定の代替方法として次世代シーケンシング(NGS)によりMSI statusを推測する方法(MSI-NGS)が行われており、FDAに承認された2種類のNGS platform(MSK-IMPACTTMとFoundationOne CDxTM)にもMSI callingアルゴリズムが採用されている9-12)。
MSI-Hはさまざまながんで認められ、特にCRCとECで最も多いとされるが、がん種によりMSI statusは多様で、かつ、がん種ごとに特異的なMSI statusであることが報告されている12-15)。また、さまざまな固形癌においてMSI status別のMMR遺伝子の生殖細胞変異の保有率についての系統的な評価はこれまで行われていなかった。そこで著者らは、MSI statusによる多種類のがんにおけるLSの有病率を評価した。
2014年1月1日から2017年6月30日までにMemorial Sloan Kettering(MSK)がんセンターで同意が得られた15,045例のがん患者(がん種は50種類以上)を対象とした。腫瘍部と正常部のDNAをMSK-IMPACTTMでシークエンスを行い10,12,16-17)、MSI解析はMSIsensorという、腫瘍部と正常部ペアで比較して検出された不安定なマイクロサテライト領域の割合をcumulative scoreとして報告するコンピュータ基盤の解析アルゴリズムを用いた。
MSIsensor score 10点以上がMSI-H、3点以上10点未満がindeterminate(MSI-I)、3点未満をmicrosatellite stable(MSS)とした11-12)。
また、血液から抽出したDNAを用いてMLH1、MSH2、MSH6、PMS2、EPCAMの5つのMMR遺伝子の生殖細胞変異解析を実施した。
MSI-H/I腫瘍を有するLS患者ではMMR蛋白のIHC染色を行った18)。また、腫瘍のmutational signatureを過去の論文で示した通り30種類に分け19)、MMR-D signatureとして知られるものと一致した場合にMMR-Dとした。
MSK-IMPACTTMを用いて評価した15,045例のがん患者の腫瘍部のうち、MSSが93.2%、MSI-Iが4.6%、MSI-Hが2.2%であった。50種類以上の異なるがん種が含まれていたが、なかでも乳癌(2,371例)と肺癌(1,952例)が併せて28.7%を占めていた。15,045例のがん患者のうち、標準的なLS関連がんであるCRC/ECは9%で1,351例のみであったが、MSI-Hである患者群の中では62%がLS関連がん患者であった。がん種別にみると小腸癌でMSI-Hを占める割合が最も高く、その次にEC、CRCと続いた。
LS患者の占める割合はMSI-Hの16.3%(53/326)、MSI-Iの1.9%(13/699)、MSSの0.3%(37/14,020)で、それぞれの割合の差は有意であった(p<0.001)。MSI-H/IのがんであるLS患者66例のうち、@50%で中皮腫、メラノーマ、軟部組織肉腫、副腎皮質腫瘍、前立腺癌、膵癌、小腸癌、神経膠腫、卵巣胚細胞腫瘍といったCRC/EC以外のがんを患っており、ACRC/EC以外のがんではCRC/ECよりもMSIsensor scoreが低くかつMSI-Iが高割合であり、B22.7%で複数回がんに罹患していた。
また、MSI-H/Iのがん患者のうち、LS患者の割合が高いのは尿路上皮癌(37.5%)、CRC(19%)および胃癌(15.4%)であった。膵癌では、MSI-H/Iの割合はわずか4.1%であったが、MSI-H/I膵癌患者のうちLS患者は14.7%であり、MSI-H膵癌に絞るとそのうち83.3%がLS患者であった。副腎皮質腫瘍患者のうち43.2%がMSI-H/Iで、さらにそのうち10.5%がLS患者であった。MSI-H/I乳癌およびMSI-H/I卵巣癌ではLSはみられなかった。
LS患者の腫瘍部においてMMR蛋白が欠損していることを確認するために、MSI-H/IがんのLS患者で組織が使用可能な症例ではIHC染色が行われた。1例のみ結果が一致しなかったのはIHC染色の擬陽性と思われた。
MSI-H/IのCRCあるいはECであるLS患者では、遺伝子検査を行うための臨床判断基準を100%満たした。一方CRC/EC以外のMSI-H/IがんのLS患者では、遺伝子検査を行うための臨床判断基準を満たしているものはわずか54.5%であった。
LS患者の多くはMSI-H/Iがんであったが、36%はMSSがんであり、これらは主にCRC/EC以外のがんであった。
さらに、LS患者のtumor mutational signatureをMSI status別に評価した。MSI-H/IがんのLS患者の87.9%において腫瘍部でMMR-D mutational signatureを示したが、MSSがんのLS患者の大部分(89.2%)は腫瘍部でMMR-D mutational signatureを示さなかった。
著者らの研究で50種以上におよぶ15,045例の腫瘍にMSI statusを判定したことで、MSI-Hがん患者のうち16%がLSであり、MSI-H/IがんのLS患者では50%がLSとの関連が弱いとされていたがんに罹患し、45%がLSの遺伝学的検査を行うための臨床判断基準を満たしていなかった。これらの結果は、MSI-H/MMR-Dのがん患者すべてにLSの診断のための生殖細胞変異検査をするべきであることを示している。
日本語要約原稿作成:浜松医科大学 内科学第一 杉山 智洋
監訳者コメント:
遺伝医療を意識してがん種横断的なMSI検査を治療に生かす
2018年12月、本邦において免疫チェックポイント阻害薬Pembrolizumabが「がん化学療法後に増悪した進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)を有する固形癌(標準的な治療が困難な場合に限る)」に追加適応となり、本治療薬の適応判定に用いるコンパニオン診断薬としてMSI検査が保険収載された。MSI-Hを有する患者に治療の選択肢が増えるのは朗報である。一方、今回のLathamらの報告では「がん種に関わらずMSI-H/MMR-Dのがん患者すべてにLSの診断のための生殖細胞変異検査をするべきであろう」と結論付けられており、コンパニオン診断薬としてのMSI検査時代に認識しておくべき重要なメッセージが発信されたと感じている。さらにこの論文は、がん診療、臨床検査、遺伝医療それぞれの視点からそれぞれいくつかのことが読み取れるかもしれない。
がん診療の視点では、MSI検査によりMSI-Hが認められた場合、Pembrolizumabが有効である点と併せてリンチ症候群(LS)である可能性が生じるという点を、本論文で報告されたMSI statusごとのLSの頻度などをもとに、適切でわかりやすい検査前の説明ができることが大切であると思われる。また、MSI-Hであった場合、LS関連がん(大腸癌や子宮内膜癌など)以外の多種多様ながん患者でもLSの可能性が生じるため、がん診療に関わるどの診療科からでもLSの遺伝医療につながる・つなげる場面が生じうるという認識が必要であると考える。
臨床検査の視点では、LSのスクリーニング目的でこれまでに行われているMSI検査のマイクロサテライトマーカーセット(ベセスダマーカー:1塩基繰り返し配列であるBAT25、BAT26および2塩基繰り返し配列であるD2S123、D5S346、D17S250)と、Pembrolizumabの適応判定のためのMSI検査のマイクロサテライトマーカーセット(1塩基繰り返し配列であるBAT25、BAT26、NR21、NR24、MONO27)が異なったり、今回の論文のような、次世代シーケンシング(NGS)によりMSI statusを推測する方法(MSI-NGS)が代替的に用いられたり、腫瘍のMMR蛋白の免疫組織化学(IHC)でMMR機能欠損を評価する方法が用いられたりと、MMR機能の欠損の有無を判定する方法が複数あり、それぞれの特性を理解することが検査結果解釈の助けになると思われる。
遺伝医療の視点では、アムステルダム基準IIや改定ベセスダ基準による一次スクリーニング、MSI検査やMMR蛋白のIHCによる二次スクリーニング、MMR遺伝子の生殖細胞変異検索でLSの確定診断、といった流れから、コンパニオン診断としてのMSI検査が広がることで一次スクリーニングの実施なくMSI-Hを有するがん患者が遺伝カウンセリングに来談する場面が増えると思われる。また、今回の報告で、MSI-H/Iがんを有するLS患者の45%でLSの遺伝学的検査を行うための臨床判断基準を満たしていなかったことから、LSに特徴的な臨床像が存在していなくてもMSI-Hを有するがん患者には、遺伝子診療部などLSの遺伝に関して共に考える場を提供できるシステム作りが大切であろう。
今回の論文は、コンパニオン診断、がん治療、遺伝医療がシームレスに行われるための大きな助けになると信じている。
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監訳・コメント:浜松医科大学 臨床検査医学 岩泉 守哉
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