3月
国立がん研究センター中央病院 消化管内科 医長 加藤 健
食道癌は西欧諸国において急速に増加している癌のひとつである。食道癌患者の5年全生存率は、全体では10〜15%と不良であるが、根治切除術を受けた患者では40%となる1,2)。また、近年のhigh volume centerへの治療の集約化や集学的治療の発達などにより、食道癌術後の生存率は改善してきている1-5)。これまでの胃癌や大腸癌における無作為化比較試験によって、低侵襲手術が出血量や合併症の減少、在院日数の短縮、術後の早期回復などに寄与することが証明されてきた6-8)。食道癌においても、オランダで行われたTIME trialによって、胸腔鏡と腹腔鏡による低侵襲食道切除術が、開胸手術と比べて肺合併症を低減させることが示された9)。近年では(欧米における)食道切除術は腹部と胸部の2領域の操作で行われることが最も多いが、腹腔鏡と胸腔鏡のどちらがより低侵襲性に寄与するかは明らかとなっていない。「ハイブリッド低侵襲食道切除術」は腹腔鏡を用いる経腹的アプローチと開胸手術を組み合わせた術式であり、肺合併症低減や手技の再現が容易になるなどの利点があると考えられている10)。今回フランスの13施設において、ハイブリッド低侵襲食道切除が開腹・開胸手術と比較して術後再発率を損なうことなく術中・術後合併症を低減するのではないかとの仮説に基づき、多施設共同非盲検無作為化比較第III相試験(MIRO試験)が行われた。
本試験は、腹部操作と右開胸操作による食道切除術(Ivor-Lewis手術)を予定している、年齢18〜75歳、PS 0〜2、治療前臨床病期I-III(T1-3、N0-2、M0)の治癒切除可能な中部・下部食道癌またはSiewert I型食道胃接合部癌症例を対象に無作為化を行い、腹腔鏡を用いて胃管作製を行った後に開胸手術を行う「ハイブリッド群」と、開腹手術で胃管作製を行った後に開胸手術を行う「開腹開胸群」を比較するデザインであり、両群とも胸部操作は右開胸で行った。組織型は扁平上皮癌と腺癌が対象で、術前放射線療法、化学療法、化学放射線療法施行の有無は問わなかった。PaO2<60mmHgまたはPaCO2>45mmHg、FEV1.0<1,000mLの呼吸機能低下、肝硬変、心筋梗塞などの心血管疾患、6ヵ月以内の15%以上の体重減少、他悪性腫瘍の併存のある症例や、頸部食道癌、Siewert II型またはIII型食道胃接合部癌および腹腔鏡手術の適応外症例および上腹部手術既往のある症例等は除外された。
無作為化は中央で行われ、各施設で審査腹腔鏡を行い根治切除不能因子がないことを確認後、術中に割付が行われた。ハイブリッド群、開腹開胸群いずれも右開胸による2領域リンパ節郭清を伴う食道切除術を行い、胸腔内で端側による食道胃管吻合を行った。吻合方法(手縫い、器械吻合)は術者の裁量によって選択した。全ての参加施設に食道癌手術と腹腔鏡下胃授動術を25例以上経験した外科医が在籍しており、腹腔鏡手術ビデオの各施設への送付などで手技の標準化を図った。
試験の主評価項目は術中および術後30日以内のClavien-Dindo grade II以上の重篤な合併症発生率で、副次評価項目は術後30日以内死亡、術中および術後30日以内の全合併症、術後30日以内の重篤な肺合併症、無病生存率、全生存率であった。
2009年10月から2012年4月までに219の適格症例が登録され、このうち12例が除外(根治切除適応外7例、肝硬変4例、手術時腹腔鏡利用不可1例)となったため、207例がハイブリッド群(103例)と開腹開胸群(104例)に無作為化された。2例(各群1例)で大動脈浸潤や腹膜播種などにより非切除となった。
両群間で患者背景や臨床的因子に有意差はなく、術前療法を行った患者の割合は、ハイブリッド群75%、開腹開胸群72%と同様に高かった。ハイブリッド群に割り付けられた3例は術中に開腹手術へ移行した。このうち1例は進行病変のため非切除となり、1例は皮下気腫のため、1例は患者の生理的ストレスのため術者判断で開腹移行となった。
110症例で計312件の重篤な有害事象が報告された。主要評価項目解析にて、術後30日以内の重篤な術中術後合併症発生率が、開腹開胸群(64%)に比べハイブリッド群(36%)で有意に低かった(オッズ比[OR]0.31、95%信頼区間[CI]0.18〜0.55、p<0.001)。年齢、性別、ASAリスクスコア、術前治療の有無、腫瘍主座、組織型、切除断端評価、病理学的深達度、リンパ節転移などで補正後に解析したところ、ハイブリッド群は開腹開胸群に比べ、術中術後の重篤な合併症発生リスクが77%低いことが明らかとなった(調整OR: 0.23、95% CI: 0.12〜0.44、p<0.001)。副次評価項目解析にて、術後30日以内死亡、術中・術後全合併症などに有意な差を認めなかったが、ハイブリッド群(18%)は開腹開胸群(30%)に比べ有意に術後30日以内の重篤な肺合併症が少なかった。また、ハイブリッド群は開腹開胸群に比べ、術後30日以内の重篤な肺合併症の発生リスクが50%低いことが明らかとなった(OR: 0.50、95% CI: 0.26〜0.96)。その他、手術時間、在院日数などは2群間で同等であった。
病理学的データ解析では、腫瘍の組織型、分化度、病理学的深達度、郭清リンパ節個数、転移リンパ節個数、切除断端陽性率に関して両群間で有意な差を認めなかった。
無作為化された207例のうち92例(44%)が経過観察期間内に死亡した。経過観察期間中央値は48.8ヵ月(95% CI: 46.9〜52.2)であった。ハイブリッド群103例の全生存期間中央値は52.2ヵ月(95% CI: 47.7〜55.2)、開腹開胸群104例の全生存期間中央値は47.6ヵ月(95% CI: 44.2〜49.1)であった。3年全生存率は、ハイブリッド群が67%(95% CI: 57〜75)、開腹開胸群は55%(95% CI: 45〜64)で、5年全生存率はそれぞれ60%(95% CI: 50〜69)、40%(95% CI: 21〜58)であり、いずれもハイブリッド群で良好であったが、有意差は認めなかった(死亡のハザード比[HR]:0.67、95% CI: 0.44〜1.01)。また、3年無病生存率はハイブリッド群57%(95% CI: 47〜66)、開腹開胸群48%(95% CI: 38〜57)で、5年無病生存率はそれぞれ53%(95% CI: 43〜62)、43%(95% CI: 33〜52)であり、ハイブリッド群で良好であったが、有意差は認めなかった(初回腫瘍再発、二次癌、死亡のHR: 0.76、95% CI: 0.52〜1.11)。
本試験によって、中部・下部食道癌およびSiewert I型食道胃接合部癌に対してIvor-Lewis手術を施行する際、ハイブリッド低侵襲食道切除術が開腹開胸手術と比較して、術中および術後の重篤な合併症、特に呼吸器合併症の発症率を低くすることが示された。また、ハイブリッド低侵襲食道切除術は開腹開胸手術と同等の全生存率および無病生存率を示しており、生存アウトカムへの悪影響もみられなかった。
日本語要約原稿作成:浜松医科大学 外科学第二講座 菊池 寛利
監訳者コメント:
腹腔鏡下胃管作製術は開胸食道癌手術の術後合併症を軽減できるか?
近年、胸腔鏡下食道切除術は急速に普及が進み、現在本邦での食道癌手術の約半数が胸腔鏡下手術で行われている。一方再建術については、従来の開腹胃管作製、用手補助下(HALS)腹腔鏡下胃管作製、完全腹腔鏡下胃管作製などさまざまな術式が採用されている。このMIRO Trialは、開胸+開腹胃管作製術vs.開胸+腹腔鏡下胃管作製術の多施設無作為化比較試験(RCT)で、術後短期成績をprimary endpointとして行われた。結果として術後合併症、とくに呼吸器合併症は開腹手術群に比べて腹腔鏡下手術群で有意に減少しており、開胸手術における腹腔鏡下胃管作製術の有用性が示された試験となっている。
興味深いことに同様の結果は、本邦のJCOG0502試験に登録された開胸手術と胸腔鏡手術例の検討によっても示されている11)。すなわち胸部操作が開胸手術であった場合、腹部操作は腹腔鏡下手術を行ったほうが有意に術後無気肺の軽減が得られた。一方、胸腔鏡下手術を行った場合は、腹部操作はどちらでも呼吸器合併症の頻度は変わらないという結果であった。
現在JCOGではcStage I-III食道癌に対して、開胸手術と胸腔鏡下手術を比較するRCT(JCOG1409試験:MONET Trial)を遂行中である。この試験は開胸手術に対して胸腔鏡下手術が全生存期間で劣っていないことを検証するものであり、術後長期成績をprimary endpointとした世界初の試験となる。開胸手術と胸腔鏡下手術の術後短期・長期成績の比較だけでなく、サブ解析により再建アプローチ法の比較検討も可能になると考えられ、その結果が期待される。
MIRO Trialは、2015年のASCO-GI Symposiumのoral presentationで初めてその結果が発表された。会場で若きフランス人外科医Dr. Christophe Marietteの素晴らしいpresentationに圧倒されたのを鮮明に記憶している。残念ながらその後Dr. Marietteは急逝されてしまったが、本論文では筆頭著者として名前を残しており、故人の遺志の強さと周囲の故人に対する敬意が感じられる論文である。心からご冥福をお祈りしたい。
- 1) Mariette C, et al.: Lancet Oncol. 12(3): 296-305, 2011 [PubMed]
- 2) Mariette C, et al.: J Clin Oncol. 32(23): 2416-2422, 2014 [PubMed]
- 3) Birkmeyer JD, et al.: N Engl J Med. 346(15): 1128-1137, 2002 [PubMed]
- 4) Pasquer A, et al.: Ann Surg. 264(5): 823-830, 2016 [PubMed]
- 5) van Hagen P, et al.: N Engl J Med. 366(22): 2074-2084, 2012 [PubMed]
- 6) van der Pas MH, et al.: Lancet Oncol. 14(3): 210-218, 2013 [PubMed]
- 7) Lacy AM, et al.: Lancet. 359(9325): 2224-2229, 2002 [PubMed]
- 8) Kim W, et al.: Ann Surg. 263(1): 28-35, 2016 [PubMed]
- 9) Biere SS, et al.: Lancet. 379(9829): 1887-1892, 2012 [PubMed]
- 10) Briez N, et al.: Br J Surg. 99(11): 1547-1553, 2012 [PubMed]
- 11) Nozaki I, et al.: Surg Endosc. 32(2): 651-659, 2018 [PubMed]
監訳・コメント:浜松医科大学 外科学第二講座 竹内 裕也
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