9月
国立がん研究センター東病院 消化管内科 医長 谷口 浩也
胃癌
腫瘍分子プロファイリングに基づく転移性胃癌患者の標的治療:VIKTORYアンブレラ試験
Lee J, et al.: Cancer Discov. July 17, 2019 [Epub ahead of print]
胃癌は2018年のがん関連死亡の第三位の原因であり、世界で783,000人が胃癌により亡くなっている。転移性胃癌の予後は依然として非常に悪く、化学療法による全生存期間(OS)の中央値は12ヵ月未満である1,2)。さらに、胃癌は分子的および組織学的な不均一性が著しく3-5)、近年の分子解析の進歩により同じ組織学的診断の胃癌にもかかわらず、異なる遺伝子変異を伴う患者がいることが明らかになっている3,4,6)。これまでの研究で、この腫瘍の分子学的不均一性が特に分子標的薬を用いた臨床試験の結果に影響を与えている可能性が示唆されており7,8)、各患者に合わせた治療を提供するために腫瘍の分子特性に基づいた治療群を割り当てる包括的臨床試験が開発された9,10)。今回、最適な分子標的と最適なバイオマーカーを特定するために、腫瘍分子プロファイリングに基づいた転移性胃癌の2次治療の包括的試験を設計した。特定の腫瘍タイプの患者が、1つまたは複数の候補薬に関連する腫瘍分子バイオマーカーに基づいて割り当てられるアンブレラ試験デザインを利用した11)。
VIKTORY試験の主な目標は特定のバイオマーカー試験へ割り当てるための新規の分子サブセットを特定することとした。また、バイオマーカー別のプラットフォーム試験が生存率の点で転移性胃癌患者に利益をもたらすかどうかを調査した。さらに、ベースラインと治療後のサンプル間のPD-L1スコアとctDNAの変化を調査した。対象は組織学的に転移もしくは再発の胃腺癌、PS 0もしくは1、測定可能病変をもつ症例とした。プラットフォーム試験はそれぞれ独立した第II相試験(2件には用量設定第I相試験を含む)であり、いずれも主要評価項目は奏効割合(ORR)、副次評価項目は無増悪生存期間(PFS)およびOSとした。ctDNAの測定にはGuardant360を使用した。
2014年3月から2018年7月に772例の転移性胃癌患者がVIKTORY試験に参加した。ターゲットシークエンシングは715例(92.6%)で問題なく行われた。ほぼ全て(96.2%)の試料は胃癌原発巣の検体から採取された。56.4%では転移性胃癌の診断を受けた際にシークエンシングが行われ、43.6%では1次治療中もしくは1次治療後進行が認められた際に行われた。75.9%が低分化腺癌であった。全ての患者は細胞障害性化学療法(85%超はFluoropyrimidine/Platinumレジメン)を受けていた。715例のうち460例(64.3%)が2次治療適格と判断され、143例(20.6%)はプラットフォーム試験へ割り当てられ、残りの317例は標準的治療を受けた。
事前に定義されたバイオマーカーとその有病率は以下の通りであった。バイオマーカーA1:RAS変異・増幅12.2%、KRAS変異8.7%、HRAS変異0.8%、NRAS変異2.7%。バイオマーカーA2:高または低MEKシグネチャー45.8%。バイオマーカーB:TP53変異44.9%。バイオマーカーC:PIK3CA変異/増幅7.6%。バイオマーカーD:MET増幅3.5%。バイオマーカーE:IHC 3+によるMET過剰発現8.8%。バイオマーカーF:上記バイオマーカーAからEのいずれでもない。バイオマーカーG:RICTOR増幅0.7%、TSC2欠損0.9%。また、事前定義されたバイオマーカーに加えて、胃癌で他の既知の分子ターゲットとしてFGFR2増幅(4.2%)、EGFR増幅(2.4%)、MDM2増幅(1.1%)、AKT1増幅(0.3%)、FGFR1増幅(1.4%)、CCNE1増幅(2.0%)をそれぞれ同定した。全体で、MMR欠損は3.5%、EBV陽性は4.0%であった。また、プラットフォーム治療としては、Capivasertib(AKT阻害剤)、Savolitinib(MET阻害剤)、Selumetinib(MEK阻害剤)、Adavosertib(WEE1阻害剤)、およびVistusertib(TORC阻害剤)を単剤、もしくは化学療法と併用し、以下の治療群に分けた。Arm 1:Selumetinib+Docetaxel(バイオマーカーA1/A2)、Arm 2:Adavosertib+Paclitaxel(バイオマーカーB)、Arm 3:Capivasertib+Paclitaxel(バイオマーカーC)、Arm 4-1:Savolitinib単剤療法(バイオマーカーD)、Arm 4-2:Savolitinib+Docetaxel(バイオマーカーD)、Arm 5:Savolitinib+Docetaxel(バイオマーカーE)、Arm 6:Vistusertib+Paclitaxel(バイオマーカーF)、Arm 7:Capivasertib+Paclitaxel(バイオマーカーF)、Arm 8:AZD6738+Paclitaxel(バイオマーカーF)、Arm 9:Vistusertib+Paclitaxel(バイオマーカーG、RICTOR増幅)、Arm 10:Vistusertib+Paclitaxel(バイオマーカーG、TSC2欠損)。
カットオフは2018年10月1日とした。2次治療PaclitaxelのORRが20%であると仮定すると、Arm 4-1(Savolitinib単剤療法)を除くArm 1〜10の組み合わせで50%以上のORRが得られた場合、プラットフォーム治療は有効とした。各プラットフォーム治療のORRはArm 1(Selumetinib+Docetaxel)で28.0%であり、バイオマーカーA1であるKRAS遺伝子に関しては、KRAS変異型(36.4%)とKRAS野生型(21.4%)のORRに有意差はなかった(p=0.538)。バイオマーカーB(TP53変異)−Arm 2(Adavosertib+Paclitaxel)では、25例中6例のPR(奏効率:24.0%)があり、これらのうち3例は6ヵ月以上効果が持続した。バイオマーカーC(PIK3CA変異・増幅)−Arm 3(Capivasertib+Paclitaxel)では、24例中8例が奏効し(奏効率:33.3%)、そのうち4例で6ヵ月以上効果が持続した。バイオマーカーD−Arm 4-1(Savolitinib単剤療法)は奏効率50%(20例中10例)であり、そのうち1例はCR後に腫瘍を切除し、1年以上無増悪生存で経過している。
治療効果と相関するゲノム変異を特定するために、RECIST v1.1により腫瘍量の最大変化を比較した。MET増幅において、腫瘍量が最も減少した。さらに、PIK3CAヘリカルドメインE542K患者は、PIK3CAの他の点突然変異(E545G、E545K、G364R、H1047R、C420R、およびE453K)と比較して、より(50%以上)腫瘍量が減少した。TP53変異の中で、R273C、R175H、R342X、およびY220Cは、Adavosertib+Paclitaxel療法において高い腫瘍の減少率を示した。KRAS G13EおよびG12D突然変異、KRAS増幅、およびKRAS突然変異を伴わないMEK-Hは、Selumetinib+Docetaxelにおいて最も腫瘍量が減少した。バイオマーカーD(MET増幅)群に焦点を絞ったゲノム解析により、高いMETコピー数(組織NGSによるMET遺伝子コピー数が10以上)の胃癌患者がSavolitinibに対して高い反応率を示すことが分かった。Savolitinibに対する5例のレスポンダーはPD-L1陽性であった(CPSスコア3〜80)。バイオマーカーC(PIK3CA突然変異)群におけるCapivasertib+Paclitaxel療法では、PR 7例中の4例(57.1%)にE542K突然変異があった。さらに、PIK3CA E542K変異群のORRは50%であり、非E542K群(18.8%)よりも高かった(p=0.063)。
OSについては、プラットフォーム治療を受けた患者(105例)は、従来の2次治療を受けた患者(266例:Taxol/Ramucirumab 99例;Taxaneベース105例;Irinotecanベース62例)と比較して、OSが良好(OS中央値9.8ヵ月vs. 6.9ヵ月、p<0.001)であり、PFSも延長した(PFS中央値5.7ヵ月vs. 3.8ヵ月、p<0.0001)。プラットフォーム治療を受けた群では、年齢、性別などの予後因子で補正後の多変量解析でも統計的に有意にOSが延長していた(p<0.0001、ハザード比=0.58)。PFSにおける多変量Cox回帰分析でも同様に、バイオマーカー陽性は独立した予後因子であった。
ベースラインおよび病勢進行までのCT評価の際に、血漿を回収し、リキッドバイオプシーによる解析を行った。MET増幅については、組織検査とctDNA(Guardant360で測定)の一致率は89.5%であり、特異度100%、感度83.3%(検出可能なctDNAのない患者を除外すると100%)であった。血漿でのMETコピー数の増加はSavolitinibの長期PFSと優位に相関していた(p=0.0126)。Savolitinib療法を受けた患者では、著明にMET増幅レベルが低下しており、6例中2例では病勢進行に伴いMET増幅を認めた。これらは非特異的な耐性獲得機序を示唆している。Arm 4-1(MET増幅−Savolitinib単剤療法)で最も高い治療効果が観察され、レスポンダーはより高いMETコピー数(10例中7例でMETコピー数>10)であり血漿METコピー数がPFSの期間と強く相関していた。また、Arm 3の解析において、PIK3CA遺伝子型により薬剤感受性が異なることが示唆され、Capivasertib+Paclitaxelは、PIK3CA E542K変異を伴うMSS胃癌で最も高い抗腫瘍活性を示した。
今回の研究ではスクリーニング後、約7人に1人(14.7%)の進行胃癌患者がバイオマーカー別のプラットフォーム治療を受けることができ、かつ予後が改善することが示された。並行して行われる試験治療が増えれば、よりバイオマーカー別の治療を受ける患者の割合を増やすことができると考えられる。VIKTORYは胃癌における最初の最大規模のプラットフォーム研究であり、腫瘍プロファイリングの実現可能性および、臨床的有用性の両方を裏付ける結果となった。
日本語要約原稿作成:愛知県がんセンター 薬物療法部 中澤 泰子
監訳者コメント:
進行・再発胃癌においてゲノム医療が期待されるか
本研究は、進行・再発胃癌において、韓国で行われた世界初の大規模なアンブレラ型臨床試験である。進行・再発胃腺癌に対して、二次治療において、遺伝子プロファイルに基づき、分子標的薬の試験治療(10アーム)に各患者が割り付けられた。全体で772例の進行胃癌患者が本研究に参加し、そのうちの14.7%で試験治療が行われている。期待されていた奏効率は50%で設定されていたが、残念ながら全体としては20〜40%前後の奏効率にとどまっていた。それでもPFS、OSに関しては、多変量解析を行っても、conventionalな化学療法を行われた症例よりも良好な治療成績であった。本研究の結果から遺伝子プロファイルに基づき、分子標的薬による治療を行うことに一定の効果が期待される。
一方で、元来、進行胃癌では分子標的治療薬の開発の難しさが言及されることが多く、分子標的薬を用いた数多くの第III相試験がnegative試験として報告されてきた。本研究で試験治療に割り当てられた症例は14.7%であったが、そのうちMET遺伝子関連の症例が全体の4%に含まれており、それほど低い頻度ではないうえ、有効性も高かった(MET増幅−Savolitinib単剤療法で最も高い治療効果)。それらの症例を除いた、治療開発が進んでいない遺伝子プロファイルの症例においても同様の治療成績なのかどうかなどは興味深い。
現在、本邦においては、ゲノム医療元年といわれているように、まさにゲノム医療が始まったばかりであり、その発展に期待したい。
- 1) Cunningham D, et al.: N Engl J Med. 358(1): 36-46, 2008 [PubMed]
- 2) Kang YK, et al.: Ann Oncol. 20(4): 666-673, 2009 [PubMed]
- 3) Cristescu R, et al.: Nat Med. 21(5): 449-456, 2015 [PubMed]
- 4) Cancer Genome Atlas Research Network: Nature. 513(7517): 202-209, 2014 [PubMed]
- 5) Pectasides E, et al.: Cancer Discov. 8(1): 37-48, 2018 [PubMed]
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- 8) Lordick F, et al.: Lancet Oncol. 14(6): 490-499, 2013 [PubMed]
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- 11) Biankin AV, et al.: Nature. 526(7573): 361-370, 2015 [PubMed]
監訳・コメント:愛知県がんセンター 薬物療法部 成田 有季哉
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