10月
国立がん研究センター東病院 消化管内科 医長 谷口 浩也
進行癌
血漿を用いたがん種遺伝子パネル検査によるマイクロサテライト不安定性検出についての検証
Willis J, et al.: Clin Cancer Res. August 4, 2019 [Epub ahead of print]
マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability: MSI)はNCCNガイドラインで、9つのがん種のバイオマーカーに推奨されている1-9)。Pembrolizumabが高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High: MSI-H)を有する固形がん種の適応で承認されたように10)、MSIは抗PD-1/PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を予測するための重要なバイオマーカーである11,12)。MSIはDNAミスマッチ修復機構の機能低下を示し、これによりゲノム全体で突然変異の頻度が劇的に増加する。多くの固形がん種でMSIが一定の割合で発生することが示されており13)、またMSIは大腸がん種の予後因子でもあり診療ガイドラインで検査が推奨されている3,14)。
MSI検査として、一般的に腫瘍組織検体でのPCRやIHC解析が行われているが、次世代シーケンシング(NGS)が腫瘍のMSIステータスを正確に特徴づけられることが報告され15,16)、一回のNGS検査で標的がん種遺伝子変異とMSIステータスの同定が可能となった。しかし、NCCNガイドラインで推奨されFDAで承認されているにもかかわらず、MSIの検査率は低く、2005年に承認された大腸がん種17,18)でさえMSI検査率は50%未満に留まっている19)。この要因としては、腫瘍組織生検の侵襲性や検査選択肢の多様化が挙げられる。
血液循環腫瘍DNA(circulating tumor DNA: ctDNA)解析のための末梢血採取は腫瘍組織生検よりも迅速であり20)、かつ低侵襲ながん種遺伝子パネル検査を可能とする。本研究は、ctDNAベースのがん種遺伝子パネル検査に、MSI検査を追加することで、ctDNAベースのがん種遺伝子パネル検査の有用性を高めることが目的である。
Guardant360は74遺伝子を対象としたctDNAベースのがん種遺伝子パネルで、長さ7以上の反復配列から成る99ヵ所の推定マイクロサテライト領域を含んでいた。そこには、5つのベセスダパネルのうちの3つの領域(BAT-25、BAT-26、NR-21)が含まれていたが、残りの2つのベセスダサイト(NR-24およびMONO-27)は、領域をマッピングできる可能性が極めて低いため除外した。99ヵ所のマイクロサテライト領域について、健常者サンプルおよびマイクロサテライト安定(MSS)サンプルと比較検討したところ、効果的なキャプチャー、シーケンシング、マッピングができず不正確な解析しかできない領域および、MSSサンプル内でも変動があり過度のアーチファクトシグナルが入る領域が除外された。通常の腫瘍組織のMSI検査で利用されるベセスダパネル17,21)や一部のctDNAパネル22)に含まれるBAT-25、BAT-26、NR-21も、他の候補と比べてパフォーマンスが低く、最終的なマーカーセットから除外された。最終的に90のマイクロサテライト領域がマーカーセットとして選択され(89ヵ所のモノヌクレオチド、1ヵ所のトリヌクレオチド反復配列を含む)、不安定な領域の数が6を超える場合MSI-Hとした。
臨床的妥当性を検証する試験にはGuardant Health CLIAラボで臨床試験の一部として収集および処理された検体を使用した。医療記録から腫瘍組織検体のMSI検査がされている40種類のがん種を含む1,145症例の血液検体をMSI 検査アルゴリズムにかけ、MSIステータスと比較することで妥当性を評価した。評価可能な949サンプルのうち、腫瘍組織でMSI-Hと報告された症例の87%(陽性一致率71/82、95%信頼区間[CI]:77%-93%)、MSS/MSI-Lと報告された症例の99.5%(陰性一致率863/867、95% CI: 98.7%-99.8%)を正しく同定でき、結果として98.4%(934/949、95% CI: 97.3%-99.1%)の正確度、陽性的中率は95%(71/75、95% CI: 86%-98%)であった。腫瘍フラクションが低い症例ではMSI-Hが同定された症例がいなかった一方、腫瘍フラクションが1%以上のサンプルでは、陽性一致率は93%(54/58、95% CI: 82%-98%)まで上昇した。
多くの研究で、様々ながん種の腫瘍組織のMSIステータスが評価されているが13,23,24)、ctDNAによるMSIステータスの網羅的な解析は報告されていない。そのため、Guardant Healthで保管された進行がん種患者の28,459サンプルにMSI検査アルゴリズムを適用した。その結果、16のがん種の278サンプルがctDNA解析でMSI-Hと同定され(アリル頻度:中央値6.55%[範囲0.09%-89%])、腫瘍組織のMSIステータスと同様に全体の約1%の頻度であった13,23,24)。同様に、がん種毎のMSI-H有病率も腫瘍組織ベースで解析された結果と類似していた。MSI-Hと同定された症例のうち半数以上(143/278)は、MSI検査が一般的には行われないがん種であった。ctDNA解析を全ての固形がんで使用することおよび免疫療法がMSI-H腫瘍に承認されたことを考慮し、このパネルのマイクロサテライト領域は、全ての固形がんのMSIステータスが評価できるように選択されたが、サンプルおよび領域レベルのMSIスコア分布の解析では、がん種横断的に一貫したパフォーマンスを示した。また、腫瘍組織での報告と同様に13)、MSSのサンプルと比較して、MSI-HサンプルではIndelとSNVの数が有意に増加していた。
MSIステータスの最も有用な意義は、免疫療法の対象となる患者の選択であるが、免疫療法への反応を予測するctDNAによるMSIステータスの解析は報告がない。そこで、標準化学療法の終了後、Pembrolizumab(n=15)もしくはNivolumab(n=1)で治療したctDNAでMSI-Hを示した転移性胃がん患者16人の臨床転帰を評価した。ctDNAと腫瘍組織のPCRでのMSI-Hの評価は100%一致した。RECIST 1.1で完全奏効3例、部分奏効7例、病勢安定3例で、客観的奏効割合63%(95% CI: 36%-84%)、病勢制御割合81%(95% CI: 54%-95%)であり、腫瘍組織で同定されたMSI-H患者の既報の治療効果と同程度であった25)。
今回の研究ではがん遺伝子変異とともにMSIステータスを正確に評価するctDNAベースのがん遺伝子パネルを開発・検証した。その結果、単一の末梢血採取からの高感度で特異性の高い、全固形がんのガイドラインを網羅するゲノムプロファイリング検査が可能になった。腫瘍組織との比較、がん種毎の有病率、免疫療法で治療されたctDNAによるMSI-H症例の臨床経過の検証により、このアプローチの臨床的正確さと妥当性が裏付けられた。末梢血採取からのがん遺伝子変異とMSIステータスの同時評価は、腫瘍組織ベースの検査で検査結果が得られなかった症例を含む全ての進行がん患者が、分子標的療法および免疫療法を受ける機会を増やす可能性がある。
日本語要約原稿作成:国立がん研究センター東病院 トランスレーショナルリサーチ支援室 洞澤 智至
監訳者コメント:
Circulating tumor DNA解析による固形がんのMSIの評価
MSI-Hは固形がんにおける免疫チェックポイント阻害薬の有効性を予測する強力なバイオマーカーであるが、どのようながん種にどのようなタイミングでMSI検査を行うかについて十分なコンセンサスは得られておらず、本論文でも触れられているように、必要な患者全てにMSI検査が行われているとは言えない。本邦においては、進行固形がん患者に適切にMSI検査が行われるべく、「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的診療のガイドライン」の整備が進められている。
近年、がんの個別化医療を目的としたがん遺伝子パネル検査によるゲノムプロファイリングが普及し始めている。本邦で承認されたがん遺伝子パネル検査のうち、FoundationOne CDxはMSI判定も付随しており、今後はPCRベースのMSI検査だけではなく、がん遺伝子パネル検査でMSIが同定される患者が増えてくることが予想される。しかし、現状のMSI検査は腫瘍組織を用いるため、結果が出るまでの時間(turnaround time: TAT)が長いことや、腫瘍組織が十分に採取できなかった症例ではMSIの評価が困難であるといった欠点がある。近年開発が進んでいるctDNA解析は腫瘍組織解析の欠点を克服できる可能性がある。
本研究はctDNAベースのがん遺伝子パネル検査で様々ながん種の固形がんのMSIを網羅的に評価した初めての研究である。非常に高い腫瘍組織との一致率を示しており、ctDNAベースのがん遺伝子パネル検査でも高い性能でMSIを評価できることが示された。短いTATといったctDNA解析の利点を考えると、免疫チェックポイント阻害薬の適応を判定する上で、ctDNAベースのMSI評価は臨床的に非常に有用な可能性がある。しかし、本研究で示されているように、腫瘍フラクションが低い症例ではMSIの検出性能が落ちる可能性がある点には注意が必要である。なお、本邦でSCRUM-Japan GI-SCREENの基盤を用いて、進行消化器がん患者を対象にGuardant360によるスクリーニング研究(GOZILA試験)が行われており、本研究の臨床的妥当性で使用されたサンプル・データの3分の1以上がGOZILA試験から提供されている。Guardant Healthは本研究の結果をもって、MSI評価も含んだGuardant360パネルのFDA申請を進めている。
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監訳・コメント:国立がん研究センター東病院 消化管内科 中村 能章
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