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6月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 准教授 砂川 優

固形癌

JSCO-ESMO-ASCO-JSMO-TOSの国際エキスパートコンセンサスによるマイクロサテライト不安定性あるいはNTRK融合遺伝子を有する固形癌における臓器横断的治療に関する提言


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Yoshino T, et al.: Ann Oncol. 31(7): 861-872, 2020

 近年、がんゲノム医療の臨床実装が進み、従来の臓器別の治療戦略から、疾患の臓器特性を超えた特定のバイオマーカーに基づく臓器横断的(tumor-agnostic)な治療開発が進んでいる。2015年KEYNOTE-016試験にて、抗PD-1抗体薬Pembrolizumabのミスマッチ修復欠損(deficient mismatch repair: dMMR)大腸癌患者に対する効果が確認された1)。その後、同試験を含む5つの試験結果から、2017年5月に米国FDAは、進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability-high: MSI-high)あるいはdMMRを有する固形癌に対し、Pembrolizumabを世界で初めて臓器横断的に承認した。本邦においても2018年12月に、進行・再発のMSI-highを有する固形癌に対し、同薬剤が薬事承認された。さらに、2018年11月に米国FDAは、NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発固形癌に対し、TRK阻害薬のLarotrectinibを承認し2)、本邦においても2019年6月にEntrectinibが世界に先駆けて承認され3)、いよいよ本格的に臓器横断的ながんゲノム医療が幕開けとなった。

 しかしこのような臓器横断的ながんゲノム医療を日常診療に導入するに当たり、上記MSI/MMR/NTRKに関し、どのような検査をいつの時点で実施するべきか、またこれらのバイオマーカーに基づく治療を一連の治療過程においてどの時点で行うべきかについては明確な基準が定まっていない。そこで2019年10月に日本癌治療学会(JSCO)が日本臨床腫瘍学会(JSMO)、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、台湾臨床腫瘍学会(TOS)を代表する19人の専門家で構成された臓器横断的治療に関する専門家会議を主催し、同会議で「MSI-highあるいはNTRK融合遺伝子を有する固形癌における臓器横断的治療に関する提言」が議論され、その結果が公表された。

 本専門家会議では主にMSI-highあるいはdMMRを有する固形癌、NTRK融合遺伝子を有する固形癌に対する臓器横断的治療を対象に、事前に作成されたクリニカルクエスチョン(CQ)に対し、IDSA-US Public Health Service Grading Systemに基づいたシステマティックレビューを元にエビデンスレベル(LoE)(I-Vの5レベル)、および推奨グレード(GoR)(A-Eの5グレード)が付与された回答が準備され、各専門家がその回答に対するvotingを行い、各CQに対する回答のLoEおよびGoRに関する合意度(LoA)(A-Eの5レベル)が決定された。以下にその概要を示す。

MSI-highあるいはdMMRを有する固形癌

CQ1.全ての固形癌症例にMSI/MMR検査を施行するべきか。
1-1 MSI-high/dMMRが高頻度で検出される進行固形癌患者ではMSI/MMR検査を施行すべき(LoE:III、GoR:A、LoA:A=100%)。
1-2 MSI-high/dMMRが低頻度でしか検出されない進行固形癌患者でもMSI/MMR検査を考慮すべき(LoE:III、GoR:B、LoA:A=100%)。
1-3 リンチ症候群が臨床的に疑われなければ、局所治療で根治可能な固形癌(大腸癌を除く)では臨床研究以外でMSI/MMR検査を考慮すべきではない(LoE:V、GoR:D、LoA:A=100%)。
※大腸癌では特にstage II症例においては、MSI/dMMRは予後良好因子であり、MSI/dMMRであれば5-FUによる術後化学療法が不要であることが知られており、術後化学療法の判断のためにMSI/dMMR検査を行うことが望ましいとされている。

CQ2.MSI/MMR検査の最適な施行時期はいつか。
進行固形癌の治療前あるいは標準治療施行中にMSI/MMR検査を施行すべき(LoE:V、GoR:A、LoA:A=100%)。

CQ3.MSI/MMR statusの判定にどの検査が推奨されるか。
3-1 Immunohistochemistry(IHC)法が強く推奨される(LoE:III、GoR:A、LoA:A=100%)。
3-2 PCR法が初回からまたはIHC法で判定不能な場合に推奨される(LoE:III、GoR:B、LoA:A=75%,B=25%)。
3-3 分析妥当性が確立されたnext-generation sequencing(NGS)法が初回からまたはIHC法で判定不能な場合に推奨される(LoE:III、GoR:B、LoA:A=75%,B=25%)。
※ただし、本邦では2020年6月現在、IHC用抗体の種類や染色条件による違いや判定法が十分に確立されていないことから、体外診断薬として承認されたIHC用抗体薬はなく、PCR法の「MSI検査キット(FALCO)」がPembrolizumabのコンパニオン診断薬として薬事承認されている。

CQ4.MSI/MMR検査に適した検体はどれか。
ホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed paraffin-embedded:FFPE)検体が検査に適している(LoE:V、GoR:A、LoA:A=100%)。
※MLH1/MSH6タンパク発現はCisplatin含有治療により、MSH6タンパク発現は術前放射線療法で消失することが報告されており、検査用の検体は治療前のものを使用することが望ましい。

CQ5.MSI-high/dMMRを有する固形癌患者にどの治療が推奨されるか。
PD-1/PD-L1阻害薬が強く推奨される(LoE:III、GoR:A、LoA:A=100%)。

CQ6.MSI-high/dMMRを有する固形癌患者の治療アルゴリズムにおいて免疫療法はどの時点で使用されるべきか。
MSI-high/dMMRを有する固形癌患者に対し、免疫療法は他に十分な治療選択肢が存在しない場合に推奨される(LoE:III、GoR:A、LoA:A=100%)。
※近年、大腸癌を筆頭にMSI-high/dMMRを有する固形癌患者に対するupfrontでの免疫療法の有用性に関する報告も出てきている。

NTRK融合遺伝子を有する固形癌

CQ1.全ての固形癌症例にNTRK融合遺伝子検査を施行するべきか。
1-1 actionable遺伝子異常あるいはドライバー遺伝子異常が検出されていない進行固形癌患者ではNTRK融合遺伝子検査を施行すべき(LoE:V、GoR:B、LoA:A=100%)。
1-2 NTRK融合遺伝子が高頻度で検出される進行固形癌患者ではNTRK融合遺伝子検査(特にETV6-NTRK3)を施行すべき(LoE:V、GoR:A、LoA:A=100%)。
1-3 上記以外の進行固形癌患者でもNTRK融合遺伝子検査を考慮すべき(LoE:V、GoR:A、LoA:A=100%)。
1-4 NTRK融合遺伝子を高頻度で有する局所進行固形癌患者では外科切除前に術前化学療法を考慮する際はNTRK融合遺伝子検査を施行すべき(LoE:V、GoR:B、LoA:A=100%)。

CQ2.NTRK融合遺伝子検査の最適な施行時期はいつか。
進行固形癌の治療前あるいは標準治療施行中にNTRK融合遺伝子検査を施行すべき(LoE:V、GoR:B、LoA:A=100%)。

CQ3.NTRK融合遺伝子検査の検出にどの検査が推奨されるか。
3-1 IHC法は推奨されない(LoE:V、GoR:B、LoA:A=100%)。
3-2 NTRK融合遺伝子を高頻度で有する固形癌患者ではETV6-NTRK3融合遺伝子に対するfluorescence in situ hybridization(FISH)法が推奨されるが、ETV6-NTRK3融合遺伝子以外にはFISH法は推奨されない(LoE:V、GoR:B、LoA:A=100%)。
3-3 NTRK融合遺伝子を高頻度で有する固形癌患者ではETV6-NTRK3融合遺伝子に対するreverse transcriptase(RT)-PCR法が推奨される(LoE:V、GoR:B、LoA:A=100%)。
3-4 NTRK融合遺伝子検査の検出にNGS法が推奨される(LoE:V、GoR:C、LoA:A=100%)。
※本邦では2020年6月現在、「FoundationOne® CDxがんゲノムプロファイル」がEntrectinibのコンパニオン診断薬として薬事承認されている。同検査ではNTRK1融合遺伝子、NTRK2融合遺伝子とETV6-NTRK3融合遺伝子が検出可能である。

CQ4.NTRK融合遺伝子検査に適した検体はどれか。
新鮮な検体および適切に固定・保存されたアーカイブ検体が適している(LoE:V、GoR:B、LoA:A=100%)。

CQ5.NTRK融合遺伝子を有する固形癌患者にどの治療が推奨されるか。
TRK阻害薬が強く推奨される(LoE:III、GoR:A、LoA:A=100%)。

CQ6.NTRK融合遺伝子を有する固形癌患者の治療アルゴリズムにおいてTRK阻害薬はどの時点で使用されるべきか。
NTRK融合遺伝子を有する固形癌患者に対し、TRK阻害薬は他に十分な治療選択肢が存在しない場合に推奨される(LoE:III、GoR:A、LoA:A=100%)。
※初回治療例におけるTRK阻害薬の有効性も認められているが、標準治療がある固形癌患者に対しては、現時点ではTRK阻害薬との比較試験は存在しない。

 MSI-high/dMMRおよびNTRK融合遺伝子の有病率に関しては、217,086症例(成人212,704症例、小児4,382症例)を対象にした解析の結果、MSI-high/dMMRは成人全体の1.65%(子宮体癌が15.09%で最大)、小児全体の0.23%(腎腫瘍が0.84%で最大)、NTRK融合遺伝子は成人全体の0.20%(唾液腺腫瘍が2.49%で最大)、小児全体の1.10%(軟部組織肉腫が4.7%で最大)といずれも低かった。なお別の臓器横断的治療バイオマーカーとして期待されているhigh tumor mutation burden(TMB)の有病率に関しては、成人全体の6.32%(皮膚癌が54.60%で最大)、小児全体の0.91%(グリオーマが2.25%で最大)とMSI-high/dMMRおよびNTRK融合遺伝子よりも高い結果であった。NGSが癌患者の治療決定における診断ツールとして活用されるようになり、今後はALKBRAF、BRCAness、FGFRHER2HER3、homologous recombination deficiency(HRD)、KRASRETROS1、TMB-highなどの新たな臓器横断的治療バイオマーカーの開発が進み、癌の分子生物学に焦点を当てた薬剤開発の新時代が到来した。


日本語要約原稿作成:慶應義塾大学医学部腫瘍センター ゲノム医療ユニット 林 秀幸



監訳者コメント:
がん治療の「ステージ」が生まれ変わりそうだ

 本論文では、国際的なエキスパートによる臓器横断的な治療に関する提言が決定され概要の詳細が示された。ついに本格的な、「MSI-oma」や「NTRK-oma」時代が到来したといえる。思い起こすと筆者がオンコロジーを志した20年前にImatinib(Gleevec)、Trastuzumab(Herceptin)、Rituximab(Rituxan)が登場し、分子生物学の進歩により分子標的薬が、がん治療の主流になるとして「Gleevec-oma」、「HER2-oma」などという言葉が一瞬出て、すぐに言われなくなったことを懐かしく思うとともに感慨深い。

 がん治療におけるゴールドスタンダードは臓器に特異的な「病理診断」であり、治療を決定づけるのはTNMによる「腫瘍量」が決め手になる。がん治療の予後因子、予測因子の多くはPerformance Statusや貧血、CRP、ALPやLDHなどの「腫瘍量」により悪化するものが中心であった。この「腫瘍量」の客観的な評価としてTNMに遺伝情報を追記したステージングとして「TNM-G分類」の提案がされ続けていたが、未だにステージは「腫瘍量」中心であった。しかし臓器横断的治療時代の到来により、いよいよ本格的に臓器横断的「TNM-G分類」時代といえる。

 とはいえ、恩恵が得られる患者は限定的であることを忘れてはならない。そして保険診療のコストが膨大になるというマイナス面も忘れてはならない。さらなる研究、コストダウンと適正な運用が必須であり、がん治療医は冷静に対応し適切な診断・治療がますます重要である。

監訳・コメント:慶應義塾大学医学部消化器内科 浜本 康夫

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