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10月
国立がん研究センター東病院 消化管内科 医長 谷口 浩也

大腸癌

切除不能進行・再発大腸癌に対する1次化学療法FOLFIRI+BevacizumabにおけるUGT1A1遺伝子多型によるIrinotecan漸増試験(PURE FIST試験)


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Hsiang-Lin Tsai, et al.: Eur J Cancer. 138: 19-29, 2020

 Irinotecanはカルボキシルエステラーゼにより活性代謝物であるSN-38(7-ethyl-10-hydroxycamptothecin)に代謝された後、UGT1A1による抱合で主に不活化される1)UGT1A1は多型酵素であり、プロモーター領域のTA繰り返し数は遺伝子転写効率および酵素活性と逆相関することが知られており、UGT1A1遺伝子型に基づくIrinotecan投与用量最適化が推奨されてきた。

 UGT1A1遺伝子多型は、骨髄抑制や重度の下痢などIrinotecanの毒性と相関することが報告されている2,3)。FOLFIRIの一般推奨用量はIrinotecan 180mg/m2だが、UGT1A1*1/*1およびUGT1A1*1/*28遺伝子型においては、より高用量が推奨される可能性も報告されている4,5)

 本試験は、切除不能進行・再発大腸癌患者に対する1次化学療法としてのFOLFIRI+Bevacizumab療法前にUGT1A1遺伝子解析を行い、その結果に基づいたIrinotecan漸増による有効性と安全性を評価する多施設共同無作為化非盲検試験である。患者は、1:1に無作為に2群(試験群:UGT1A1遺伝子解析+Irinotecan用量漸増、対照群:UGT1A1未解析+Irinotecan標準用量)に割り振られた。UGT1A1遺伝子解析は患者末梢血からダイレクトシーケンス法で分析することでUGT1A1プロモーター領域の遺伝子型を決定した。試験群はさらにUGT1A1遺伝子多型によって3群(UGT1A1 6TA/6TA遺伝子群、UGT1A1 6TA/7TA遺伝子群、UGT1A1 7TA/7TA遺伝子群)に分類された。

 対照群でのIrinotecan投与量は180mg/m2に設定された。一方、試験群でのIrinotecan投与量はUGT1A1 6TA/6TA遺伝子群:180mg/m2UGT1A1 6TA/7TA遺伝子群:180mg/m2UGT1A1 7TA/7TA遺伝子群:120mg/m2で開始後、grade 3以上の毒性発現がないことを確認し、2サイクル後に30mg/m2増量する。各群における最大用量は、UGT1A1 6TA/6TA遺伝子群:260mg/m2UGT1A1 6TA/7TA遺伝子群:240mg/m2UGT1A1 7TA/7TA遺伝子群:180mg/m2と設定された。主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)、副次評価項目は奏効割合(ORR)、病勢制御割合(DCR)、全生存期間(OS)、安全性、遠隔転移巣切除割合であった。

 2014年8月から2017年11月までの期間に259例の患者がスクリーニングされ236例の患者が無作為化された(intention-to-treat: ITT)。

 2018年2月の中間解析によって、試験は有効中止となった。Irinotecanの相対用量強度(RDI)中央値は試験群93.5±0.95%(95% CI: 91.6-95.4)、対照群68.8±1.89%(95% CI: 65.0-72.6)と試験群で1.36倍高い結果であった。累積用量は試験群2,203mg/m2、対照群1,620mg/m2であった。

 主要評価項目であるPFSは試験群で有意に優れていた[中央値:試験群14.0ヵ月、対照群10.0ヵ月、HR=0.539(95% CI: 0.398-0.730)、p<0.001]。副次評価項目であるOSも試験群で有意に優れていた[中央値:試験群30.0ヵ月、対照群22.0ヵ月、HR=0.693(95% CI: 0.503-0.955)、p=0.02]。また、ORRも試験群で有意に高い結果であった(試験群71.9%、対照群41.5%、p<0.001)。PFSはKRAS遺伝子変異に関係なく試験群で有意に良好であった(KRAS野生型の中央値:試験群14.0ヵ月、対照群11.0ヵ月、p=0.007、KRAS変異型の中央値:試験群13.0ヵ月、対照群9.0ヵ月、p=0.019)が、OSでは統計学的有意差はみられなかった(KRAS野生型の中央値:試験群30.0ヵ月、対照群25.0ヵ月、p=0.202、KRAS変異型の中央値:試験群27.0ヵ月、対照群19.0ヵ月、p=0.167)。

 安全性においては、Irinotecanに関連したgrade 3以上の有害事象頻度は両群間で同等であった(試験群23.4%、対照群23.6%、p=0.520)。最も頻度の高い重篤な有害事象は試験群で好中球減少症(7.5%)、対照群で貧血(9.4%)であった。

 本試験において、UGT1A1の遺伝子検査に基づくIrinotecan漸増は、(1)PFSおよびOS延長に有効であること、(2)ORRとDCRの向上に影響する要因であること、(3)KRAS遺伝子変異に関係なくPFSを延長させること、(4)Bevacizumab併用下でも、重篤な有害事象は有意に増加させないこと、が明らかとなった。

 またFIRE-3試験およびCALGB/SWOG 80405試験における対照群の有効性(中央値、FIRE-3試験:PFS 10.3ヵ月、OS 25.0ヵ月、CALGB/SWOG 80405試験:PFS 10.6ヵ月、OS 29.0ヵ月)と比較しても、本試験における試験群のPFSおよびOS中央値は良好な結果であり、UGT1A1遺伝子解析に基づいたIrinotecan漸増の有効性を示している。

 これまでUGT1A1*28遺伝子型では、用量依存的にIrinotecanの重篤な血液毒性などに関連していることが示されていたが6)、本試験では、UGT1A1*1遺伝子型でIrinotecanの用量を漸増することが治療効果の最大化に関連していることを示した。またアジア人は白人よりもUGT1A1*1アレルの頻度が高いことが知られており3,7)、アジア人にとってIrinotecan用量漸増の意義は重要である。

 本試験のlimitationとして、(1)原発部位によらず、選択した分子標的治療薬はBevacizumabのみであること、(2)23例(9.7%)の患者が追跡不能のため除外されたこと、(3)Pan-Asian adapted ESMO consensus guidelinesに従い、UGT1A1*6遺伝子解析は行っていないこと、(4)共変量のバランスを取るための層別無作為化を行っていないこと、(5)医師は盲検化されておらず、中央手術評価委員会およびQOL調査が行われていないこと、(6)フォローアップ期間が不十分であること、が挙げられる。


日本語要約原稿作成:国立がん研究センター東病院 薬剤部 奥中 真白



監訳者コメント:
1次治療FOLFIRI+Bevacizumab療法において、UGT1A1 genotypingに応じた高用量Irinotecanが有効な可能性

 Irinotecanの活性代謝物であるSN-38の不活化に関与するUGT1A1の遺伝子多型は、その頻度に人種差があることが知られている。UGT1A1*28はIrinotecanの毒性と相関するものの、欧米人と比較すると、日本人を含むアジア人ではその頻度が低い(約15~20%)ことが知られている。一方、UGT1A1*6もIrinotecanによる好中球減少症と関連することが知られているが、欧米人ではほとんど認められず、アジア人に多い(約25~39%)ことが報告されている。

 本試験では、SN-38の抱合能を十分に有するUGT1A1*1/*1またはUGT1A1*1/*28の症例では、定型的なIrinotecan 180mg/m2によるFOLFIRI+Bevacizumab療法よりも、Irinotecanの用量を180mg/m2→210mg/m2→240mg/m2(→UGT1A1*1/*1のみ260mg/m2)と漸増したほうが、ORR、PFS、OSともに良好であることが示された。これまで、UGT1A1*6/*6UGT1A1*28/*28UGT1A1*6/*28のハイリスク症例(アジア人では約10%)ではIrinotecan 1回量として180mg/m2を超える投与量は推奨されていなかった。一方、ハイリスク以外の症例(UGT1A1*1/*1UGT1A1*1/*28UGT1A1*1/*6)に対してFOLFIRI+Bevacizumab療法を行う際にIrinotecan投与量を180mg/m2よりも増量することの意義については十分な検討がされていなかった。

 本邦では、国際共同試験などではIrinotecan 180mg/m2でのFOLFIRIが実施されており、また国内第I相試験においても同量でのFOLFIRIの安全性が確認されているものの、日常診療においては大腸癌における承認用量であるIrinotecan 150mg/m2でのFOLFIRIが汎用されている。本試験は第II相試験であり、本試験の結果をもって日常診療を変えるには至らないが、同じアジアである台湾においてUGT1A1*1/*1またはUGT1A1*1/*28の症例では180mg/m2を超えるIrinotecan投与の安全性と有効性が示唆されたことは一定の意義があると考えられる。ゲノム医療全盛の今、Irinotecanのような既存の薬剤がもつポテンシャルを最大限に発揮させる治療戦略も重要であることを再認識させられる試験結果であった。

監訳・コメント:国立がん研究センター東病院 消化管内科 小谷 大輔

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