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12月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 准教授 砂川 優

大腸癌

大腸癌の分子特性に対するARID1A変異の影響


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Ryuma Tokunaga, et al.: Eur J Cancer. 140: 119-129, 2020

 大腸癌は本邦における2017年臓器別癌罹患数で1位、2018年臓器別癌死亡数で2位であり、2012年には世界で約70万人が大腸癌で死亡している。早期発見・根治切除という治療戦略が確立しているものの、切除不能進行・再発大腸癌に対する全身化学療法の治療成績はいまだ満足いくものではない。近年では、細胞傷害性抗癌剤・分子標的薬に加え、免疫チェックポイント阻害薬の研究・臨床試験が盛んに行われている1)。しかし効果を示さない症例も多く、有害事象や薬剤費の高騰も問題視されており、どのような症例に効果があるのかを明らかにするバイオマーカーの探索研究、precision medicineを目指した研究が進められている。実臨床では免疫チェックポイント阻害薬の効果予測因子として、マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability: MSI)、腫瘍遺伝子変異量(tumor mutational burden: TMB)、PD-L1発現量、等が報告され、有用なマーカーとして用いられている2-4)が、大腸癌においてその割合は低く、MSIを示す転移性大腸癌は4~5%程度にすぎない。また、MSIを示さない症例においても免疫チェックポイント阻害薬の有用性が報告されており、より正確な効果予測マーカーが必要とされている5)

 近年、ARID1A(AT-rich interaction domain 1A、別名BAF250a)変異が卵巣癌において免疫チェックポイント阻害薬の効果予測因子になりうるというin vitroin vivoの実験を用いた報告がなされた6)ARID1Aはクロマチンリモデリング因子であるSWI/SNFのサブユニットを構成しており、DNA損傷時にDNA修復タンパクを損傷部位に集めることで修復を促し、遺伝子の転写および発現の安定性を保っている7)。また、ARID1Aは多種類の癌にわたって比較的高い変異率がみられ、その機能欠失型変異は癌の活動度を促し、予後不良因子であると報告されている8)。しかし、大腸癌においてARID1A変異を伴う腫瘍がどのような分子学的・免疫学的・臨床病理学的特徴をもつか、ARID1A変異が免疫チェックポイント阻害薬の効果予測因子になりうるかを示した報告は認めない。

 本研究は大腸癌の分子特性に対するARID1A変異の影響を、多数の臨床検体を用いて検討したretrospectiveな橋渡し研究である。対象症例は2015年4月から2018年1月までにclinical laboratory improvement amendments(CLIA)認定であるCaris Life Sciences社(米国)で、592遺伝子パネルを用いて次世代シーケンシングを行った大腸癌5,726症例(探索群)、およびpublic database(‘DFCI, Cell Reports 2016’9)、‘MSK, Cancer cell 2018’10)、‘TCGA, PanCancer Atlas’:cBioportal website11)からダウンロード可能)から得られた大腸癌2,252症例(検証群)である。虫垂癌、腺癌以外の組織型、ARID1Aの変異を十分に検索できなかった症例は除外されている。ARID1A変異と臨床病理学的特徴、免疫関連分子学的特徴(MSI、TMB、PD-L1発現量、推定浸潤免疫細胞量)との関連、およびARID1A変異と関連する遺伝子群をDNA/RNAシーケンシング、および免疫組織化学検査を用いて解析した。

 ARID1A変異は全コホートの8~9%に認め、探索群・検証群において右側大腸癌および早期stageの大腸癌に有意に多かった。探索群において、ARID1A変異を伴う腫瘍は遺伝子的に不安定な特徴(MSI-high、TMB-high)をもち、PD-L1が高発現(PD-L1-high)であった。検証群においても同様の結果であり、さらにRNAシーケンシングを用いた解析から、細胞傷害性T細胞の浸潤が高頻度(CTL-high)であることが推測された。また、MSI-highを伴わないARID1A変異腫瘍においても、TMB-high、PD-L1-high、CTL-highの特徴を認めた。ARID1A変異と他遺伝子変異との関連を検索したところ、探索群・検証群において、ともにクロマチン修飾、DNA修復、WNTシグナル、EGFR経路に属する遺伝子との共変異を認めた。また、TCGAおよびGSE 59857 database(National Center for Biotechnology Information Gene Expression Omnibusからダウンロード可能)を用いたRNAシーケンシングによるパスウェイ解析においてもDNA修復経路と強い相関関係を認めた。さらにサブ解析を行ったところ、化学療法/放射線療法の効果予測因子であるATMATRMRE11ARAD50およびBRCA1の発現量がARID1A変異腫瘍において有意に抑制されているという結果であった。

 本研究において、ARID1A変異と右側大腸癌・stage早期の大腸癌との関連が示された。ARID1A変異は腫瘍の悪性度を促進させると報告されているが6)、MSI-high大腸癌と同様に腫瘍免疫の影響で進行度が抑制されている可能性を著者らは指摘している。また、ARID1A変異は免疫チェックポイント阻害薬の効果に対して望ましい分子学的特徴(MSI-high、TMB-high、PD-L1-high、CTL-high)をもち、化学療法/放射線療法の効果予測因子と報告されている遺伝子群の発現量に影響を与えることが示唆された。本研究はARID1Aにおける上記の結果を示した橋渡し研究であり、基礎的な研究によりARID1Aの分子学的特徴を考察しているものではない。しかし、今後のさらなる基礎および臨床研究による知見を積み重ねることによって、ARID1A変異が大腸癌における新規治療標的になりうることを示唆するものである。


日本語要約原稿作成:熊本大学大学院生命科学研究部 消化器外科学 徳永 竜馬



監訳者コメント:
ARID1A変異が大腸癌の新規治療標的になりうるか、今後の研究に期待

 ARID1Aは、遺伝子発現を制御しているSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体の重要な構成因子をコードしている遺伝子である。SWI/SNF複合体はヌクレオソームの構造を変化させ、DNA二重鎖へのDNA結合タンパク質の集積を制御することによりDNAの発現、修復を統御している。このARID1Aは多くの癌で不活性化変異していることが知られており、大腸癌における変異率は10%前後といわれている。これまでに、卵巣癌において、ARID1A欠損がMSI-highと関連しており、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果マーカーとなりうることが知られていたが、本研究は、大腸癌におけるARID1A変異の影響を解析した報告である。

 7,978例という大規模な大腸癌患者データを使用した解析では、大腸癌においてもARID1A変異腫瘍は、MSI-high、TMB-high、PD-L1-high、CTL-highの特徴を認め、免疫チェックポイント阻害薬との関連性が示唆された。さらに興味深いことに、MSI-highを伴わないARID1A変異腫瘍においても同様の傾向が認められており、免疫チェックポイント阻害薬の新たな適応となりうる患者群の同定に繋がりうる。大腸癌では免疫チェックポイント阻害薬の恩恵にあずかる患者が少ないことを考慮すると、今後の研究の進捗が期待される。

監訳・コメント:熊本大学大学院生命科学研究部 消化器外科学 宮本 裕士

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