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3月
国立がん研究センター中央病院 消化管内科 医長 加藤 健

消化器癌

進行消化器癌における血中循環腫瘍DNAシーケンシングの臨床的有用性:SCRUM-Japan、GI-SCREENとGOZILA Studiesの比較


Yoshiaki Nakamura, et al.: Nat Med. 26(12): 1859-1864, 2020

 がんゲノム医療の実現のため、がんのゲノム異常に基づいて治療薬の効果を検証する治験が世界中で行われている。がんゲノム異常の同定には腫瘍組織の解析が用いられるのが一般的であるが、検体準備から結果到着までに時間を要し、腫瘍組織採取が容易でない場合もある。さらに組織サンプルからは、単一の空間的および時間的ポイントのみの情報しか得られず、腫瘍の進化および腫瘍内の不均一性を検出できないといった欠点もある。一方、血液や尿といった低侵襲性の液性検体を利用するリキッドバイオプシーの技術は近年目覚ましい進歩を遂げており、上記欠点を克服する手段として注目されている1,2)

 国立がん研究センター東病院は、2015年2月より国内の主要ながん専門病院や大学病院および製薬企業と共同して進行がん患者のゲノムスクリーニングを行い、治療薬を届ける全国がんゲノムスクリーニングプロジェクト「SCRUM-Japan(スクラム・ジャパン)」を立ち上げた。その中で、「GI-SCREEN-Japan」は進行消化器癌患者の腫瘍組織を用いて遺伝子パネル検査(Oncomine comprehensive assay)を行ってきた3)。また、2018年1月より、GI-SCREEN-Japanの基盤を活用し、Guardant360Rのプラットフォームで進行消化器癌症例の血中循環腫瘍DNA(ctDNA:circulating tumor DNA)からがんゲノム情報を解析するスクリーニングプロジェクト「GOZILA Study」を、米国Guardant Health社との共同研究として開始した。

 本研究は、進行消化器癌に対する治験のがん遺伝子スクリーニング検査として、腫瘍組織を用いた検査とリキッドバイオプシーを用いた検査の有用性を比較することを目的とし、2015年2月から2019年4月まで(4年2ヵ月)にGI-SCREEN-Japan(腫瘍組織検査)に登録された5,743例と、2018年1月から2019年8月まで(1年7ヵ月)にGOZILA Study(リキッドバイオプシー)に登録された1,787例を比較した。

 GI-SCREEN-Japan(腫瘍組織検査)とGOZILA Study(リキッドバイオプシー)との比較結果は以下の通りである。①プロジェクト登録後~検体到着までの期間(中央値14日vs. 4日、p<0.0001)および、検体到着後~解析結果が患者に返却されるまでの期間(中央値19日vs. 7日、p<0.0001)はいずれもGOZILA Studyのほうが短期間であった。②ゲノム異常に適合した薬剤の治験に登録された症例の割合はGOZILA Studyのほうが高かった(4.1% vs. 9.5%、p<0.0001)。③治療標的となるゲノム異常が同定された症例の割合(54% vs. 57%)、治験治療で腫瘍が縮小した症例の割合(16.7% vs. 20.0%、p=0.69)、治験治療で病勢が進行するまでの期間(中央値2.8ヵ月vs. 2.4ヵ月、p=0.70)には有意差を認めなかった。

 さらに、本研究ではGOZILA Studyのリキッドバイオプシーで同定されたゲノム異常のプロファイリングを行った。大腸癌(CRC)、胃食道腺癌(GEA)、食道扁平上皮癌(ESCC)、膵癌(PDAC)、胆管癌(CCA)症例の変異プロファイルを評価した。ctDNA検出率(ctDNAが検出された症例の割合)は全体として91.4%(1,438/1,573)で、ESCC[99.1%(107/108)]とCRC[96.0%(628/654)]で高く、PDAC[83.4%(304/363)]とGEA[85.8%(223/260)]が低い結果であった。

 次に、「ctDNAで検出された各遺伝子変異のクローン性=variant allele frequency (VAF)/各症例内の最大の体細胞変異のVAF」として推定し、クローン性≧0.3をクローナル、クローン性<0.3をサブクローナルと定義した。ctDNA変異のクローン性分布はすべての腫瘍タイプで二峰性を示した一方で、サブクローン性変異対クローン性変異の比率は腫瘍の種類によって異なり、クローン性変異比率が最も高いのはPDACで、サブクローン性変異比率が最も高いのはCRCであった。TP53の変異は癌種によらず高いクローン性を示し、CRCではAPCPIK3CA、ESCCではCDKN2APIK3CAおよびNFE2L2、PDACではKRASGNAS、CCAではAPCCTNNB1の変異が高いクローン性を示した。これらの遺伝子における変異はがんにおいて重要な役割をもつという既報と矛盾しない結果であると考えた4-9)。その他の高いクローン性を示す変異としてはCCAにおけるIDH1やCRCにおけるBRAFなどが挙げられるが、これらは、それぞれIvosidenib10)、Encorafenib/Binimetinib/Cetuximab11)等の標的治療アプローチの有効性を示唆すると考えられる。

 また、消化器癌で重要なKRASNRASBRAF変異を、ctDNAと腫瘍組織の変異プロファイリングを両方行った症例で比較すると高い一致率を示した(84.9~100%)。特に、クローナルな変異をもつ遺伝子においては100%近い一致率を示した(97.0~100%)。

 本研究の結果は、ゲノム異常に応じた治療法選択を行う場合に、リキッドバイオプシーを用いることにより、高い精度を維持しながらゲノム情報解読までの期間を短縮することにより、より多くの症例でベネフィットが得られる可能性を示している。また、リキッドバイオプシーにより、従来の組織での変異プロファイリングでは検出できなかった新たなドライバー遺伝子異常の同定にも期待できると考えられる。


日本語要約原稿作成:広島大学大学院医系科学研究科 消化器・代謝内科学 大野 敦司



監訳者コメント:
進行消化器癌の治療選択を目的としたCGP検査において腫瘍組織検体と血液検体どちらを用いるのが適切か?

 本論文は、進行消化器癌患者の治療選択を目的としたがんゲノムスクリーニングにおけるリキッドバイオプシー(血液検体を用いたがん遺伝子解析)の臨床的有用性を示している。本邦でも2021年3月に血液検体を用いた包括的ゲノムプロファリング(CGP)検査が承認され、その有用性や組織検体を用いたCGP検査との使い分けに注目が集まっており、その疑問に重要な示唆を与える論文である。

 治療選択に用いるバイオマーカー検査において、解析成功率や検査所用時間(Turn Around Time)は最も重要な要素の一つであるが、本論文はともにリキッドバイオプシーに優位性があることを明確にしている。また、本邦でCGPを行えるのが標準治療終了後である現状を考えると治験への到達状況や効果が注目されるが、前者はリキッドパイオプシーに優位性があり、後者は同等であることを明らかにしている。これらの結果から、進行消化器癌に対するCGP検査はリキッドバイオプシーが望ましいことが示唆される。

 一方、リキッドバイオプシーの解析成功率は癌種、遺伝子異常の種類、腫瘍の局在、大きさ、個数などで異なるとする報告12-17)や、CHIP(正常細胞内のクローン造血由来の遺伝子変異)の存在18,19)といった結果解釈の注意点も指摘されており、CGP検査を用いて有効な治療に繋げていくためには十分な経験を積んでいく必要があると思われる。今後、侵襲度の観点から繰り返し検査が行いやすいというリキッドバイオプシー最大の利点が生かせるようになると本検査の意義はさらに高まると思われ、このような活用法が実現することを期待したい。

監訳・コメント:広島大学病院 がん治療センター 岡本 渉

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