7月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 教授 砂川 優
胆管癌
FGFR2細胞外ドメインのフレーム欠失は、FGFR2阻害薬の治療標的になり得る胆管癌のドライバー変異である
Cleary JM, et al.: Cancer Discov. April 29, 2021 [Online ahead of print]
従来、胆道癌は発生部位に応じて分類されているが、殺細胞性化学療法の治療開発においては一括りとして扱われてきた。近年の次世代シークエンシング(Next-Generation Sequencing: NGS)を用いた大規模な研究の結果から胆管癌の遺伝子プロファイルの解明が進み、発生部位によりドライバー遺伝子変異に違いがあることが明らかとなっている1,2)。例えば、胆?癌ではEGFR、ERBB2やERBB3などErbBファミリーに属する遺伝子に異常が多くみられ、肝外胆管癌ではPRKACAとPRKACBのfusion(融合遺伝子)、さらにELF3やARID1Bの遺伝子変異の頻度が高い1,2)。肝内胆管癌においてはIDH1、EPHA2、BAP1、FGFR1、そしてFGFR2の遺伝子異常が特徴的である。このように同定された遺伝子の中で、FGFR2 3,4)だけでなく、ERBB2 5,6)、BAP1 7)、IDH1 8)などは遺伝子異常に対する分子標的薬が既に存在しており、胆道癌における遺伝子異常に基づいた治療開発は大変有望視されている。特にIDH1遺伝子変異に対してはIDH1阻害薬であるIvosidenibがプラセボに対し無増悪生存期間(PFS)を有意に延長させる(2.7ヵ月vs. 1.4ヵ月、HR=0.37、p<0.0001)結果を第III相試験において示し、今後の日本での治療開発が期待されている8)。
FGFR2遺伝子異常はそのほとんどを肝内胆管癌に認めるが、肝吸虫を原因とした肝内胆管癌ではあまりみられないこと、遺伝子異常の多くがfusionもしくはrearrangement(遺伝子再構成)であることが、これまでの研究から明らかとなっている2)。FGFR2 fusionもしくはrearrangementを有する胆道癌に対しては、FGFR2阻害薬であるPemigatinibが、第II相試験であるFIGHT-202において客観的奏効率35.5%(38/107、95%信頼区間[CI]: 26.5-45.4)、PFS 6.9ヵ月(95% CI: 6.2-9.6)と良好な結果を示した3)。これを受けて日本でもFoundationOneはコンパニオン診断として2021年3月より保険償還されている。
一方、肝内胆管癌の一部の症例にはFGFR2点突然変異や細胞外ドメインのインフレーム欠失変異(Extracellular domain In-frame Deletion: EID)もみられることも知られており、早期臨床試験の結果やケースシリーズの報告からFGFR2点突然変異に対し、Futibatinib(TAS-120)が有用である可能性が示唆されている9-11)。
本論文は、肝内胆管癌を中心とした固形癌の一部に認められるFGFR2 EIDが、in silico解析から病的変異であることを明らかにしている。さらに、この変異に対してFGFR阻害薬であるDebio 1347およびFutibatinibが有効であることをin vitroおよびin vivo、さらに同変異を有する肝内胆管癌患者のケースシリーズの結果から示している。
まず著者らは胆道癌患者335例(うち肝内胆管癌178例)について、NGSを用いた遺伝子パネル検査OncoPanel assayを行い、胆道癌患者における遺伝子異常について検討している。FGFR2の遺伝子異常が肝内胆管癌のみ認められること、またFGFR2の遺伝子異常とBRAF V600E、KRAS、NRAS変異それぞれが相互排他的に存在することが再確認された。今回検討された肝内胆管癌178例中、FGFR2 fusionを21例(12%)に、そのほかFGFR2細胞外ドメインの点突然変異を4例に、FGFR2 EIDを5例に認めた。さらに、国際的な遺伝子パネル検査のレジストリGENIEを検索し、FGFR2 EIDを有する症例が肝内胆管癌だけでなく、他癌種(原発不明癌、乳癌、婦人科癌など)を含めて13例と少数ながら存在することがわかった。これら計18例のFGFR2 EIDの多くがExon 5(7例)およびExon 7(11例)に生じていた。また18例に14個の異なる変異を認めたが、うち11個がin silico解析から病的変異であることが明らかとなった。今回の検討対象である18例中、4例に認めたFGFR2 p.H167_N173delは蛋白質の立体構造に影響を与え、リガンドであるFGFの刺激がなくてもFGFR2の活性化をひき起こす、もしくはリガンドとの親和性増強により2量体形成をしやすくさせる、いずれかのメカニズムで腫瘍活性を有し、細胞形質転換を起こすと考えられた。マウスの線維芽細胞である3T3にFGFR2 p.H167_N173del変異を導入し、コロニー形成アッセイおよびマウスの皮下腫瘍モデルを用いて検討し、増殖能と腫瘍形成能が高まることが示された。この細胞株でイムノブロット解析を行うとFGFR2の下流にあるERKおよびAKTのリン酸化の亢進が認められ、FGFR阻害薬であるDebio 1347、またはFutibatinibを投与することで、ERKおよびAKTのリン酸化が消失したことから、FGFR2 EIDを有する腫瘍に対してDebio 1347とFutibatinibが抗腫瘍効果を有する可能性が示された。
この結果をもとに、著者らはFGFR2 EIDを有する肝内胆管癌患者3例をDebio 1347で治療し、それぞれの患者が長期的な奏効を得たことを述べている。最大腫瘍縮小率(Deepness of Response: DpR)は、それぞれ51%、50%、36%である。奏効期間(duration of response)は1例目が13ヵ月であり、他2例はそれぞれ24ヵ月、7ヵ月を超える治療後も効果が継続しており未だ到達していない。FGFR2 fusionに対するFGFR阻害薬の治療効果と比較しても見劣りしない良好な結果であり、FGFR2 EIDはFGFR阻害薬の治療対象として今後検討されうる対象群であると考えられる。
さらに著者らは、Debio 1347に対して不応となった1例目の患者における耐性メカニズムについて検討している。Debio 1347に対して病勢進行を認めた際に、増大を示した転移巣より腫瘍組織を採取し、そのNGSを行うとFGFR2 p.L618F変異を認めた。この変異はFGFR2 kinase domainに生じており、これまでの報告から可逆的FGFR阻害薬への耐性獲得変異としてFGFR2 kinase domainに変異が出現すること、さらに不可逆的FGFR2阻害薬であるFutibatinibの効果は期待できることが示されている10,11)。本論文では、FGFR2 EIDの変異を導入したマウス線維芽細胞3T3にFGFR2 p.L618F変異を加えて導入し、Debio 1347とFutibatinibそれぞれを投与した際の、FGFR2下流のリン酸化をイムノブロット解析で、また細胞増殖能をMTT解析で評価している。その結果、Debio 1347に対しては抵抗性を示す一方で、Futibatinibの抗腫瘍効果は維持されていることが示された。この基礎研究のデータを裏打ちするように、この患者にFutibatinibを投与すると非常に良好な腫瘍縮小(DpR: 61%)を示し、17ヵ月間と長期的奏効が得られた。加えて、Futibatinibに対して腫瘍増大を示した際に採取した腫瘍組織からはBRAF class 2変異(BRAF p.L597Q)を認めており、Futibatinibに対する抵抗性メカニズムであることが示唆された。
以上のように本論文では、肝内胆管癌を中心とした一部の腫瘍にみられるFGFR2 EIDが病的変異であり、FGFR阻害薬であるDebio 1347およびFutibatinibの効果が期待できることが示された。さらにDebio 1347に対して出現した耐性獲得変異であるFGFR2 p.L618Fに対してFutibatinibが有効である可能性を明らかにした。加えて、Futibatinibへの抵抗性メカニズムとしてBRAF p.L597Q変異が出現することを初めて述べている。
日本語要約原稿作成:近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 稲垣 千晶
監訳者コメント:
肝内胆管癌への遺伝子パネル検査は必須である
Pemigatinibは第II相試験であるFIGHT-202で良好な治療成績を示し「がん化学療法後に増悪したFGFR2融合遺伝子陽性の治癒切除不能な胆道癌」に対して2021年3月に承認された。消化器癌を対象とした治療でチロシンキナーゼ阻害薬がこれほどシャープに効果を示すことはなかなかなく、FGFR2融合遺伝子のもつoncogenic driverとしてのポテンシャルを示すものである。実際のところFGFR2遺伝子の融合は肝内胆管癌に限られ、その頻度は?15%と報告されているが、この予後不良な疾患に対する新たな薬物の登場は朗報である。
FGFR2遺伝子異常は融合、再構成だけではない。本論文ではFGFR2の細胞外ドメインの点突然変異やインフレーム欠失変異(EID)も病的意義をもち、Debio 1347、またはFutibatinibといったFGFR阻害薬の治療標的となりうることを示した。また可逆的FGFR阻害薬(Debio 1347)に対する耐性機序としてFGFR2 kinase domainに獲得変異が出現すること、さらにそれが不可逆的FGFR2阻害薬(Futibatinib)で克服しうることが示された。さらにその耐性機序としてBRAF p.L597Q変異が出現することも新たに示された。さながらEGFR mutationもしくはALK fusionの非小細胞肺癌(NSCLC)の治療開発を見ているようである。実際、上述の薬剤に加え、現在さまざまなFGFR阻害薬が開発中である。Pemigatinibについては、FGFR2融合遺伝子、遺伝子再構成を有する胆管癌患者を対象に、ファーストラインとしての有効性を評価する第III相FIGHT-302試験が実施されている。
ESMOが2020年に発表したnext-generation sequencing(NGS)のガイドラインで示されるとおり、進行性の非扁平上皮NSCLC、前立腺癌、卵巣癌と並んで、胆道癌はNGSを日常的に使用することが推奨される悪性腫瘍である。胆道癌、特に肝内胆管癌の患者に遺伝子パネル検査を行うことは、今日においては必要不可欠である。
- 1) Nakamura H, et al.: Nat Genet. 47(9): 1003-1010, 2015 [PubMed]
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監訳・コメント:近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 川上 尚人
GI cancer-net
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