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7月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 教授 砂川 優

大腸癌

HER2陽性切除不能大腸癌に対するTrastuzumab Deruxtecan(DS-8201)の多施設共同非盲検第II相試験(DESTINY-CRC01)


Siena S, et al.: Lancet Oncol. 22(6): 779-789, 2021

 大腸癌の約2~3%にヒト上皮細胞増殖因子受容体2(human epidermal growth factor receptor 2:HER2)の増幅が認められるが、乳癌や胃癌のようなHER2標的治療薬は現在のところ大腸癌に対して承認されていない。さらに、HER2陽性大腸癌はしばしば抗EGFR抗体薬に抵抗性であり、HER2陰性大腸癌に比べて予後不良であることが多い。そのため、HER2陽性大腸癌に対する標的治療薬の承認が必要とされている1,2)

 Trastuzumab Deruxtecan(DS-8201)は、HER2に対するヒト化モノクローナル抗体とトポイソメラーゼI阻害作用を有するペイロードを切断可能なリンカーを介して結合させた抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate:ADC)である。このリンカーは血漿中では安定化しているが、腫瘍細胞の細胞膜上に発現するHER2に結合して細胞内に取り込まれると腫瘍内のライソゾーム酵素によって選択的に切断され、トポイソメラーゼI阻害作用を有するペイロードが放出される3,4)。Trastuzumab Deruxtecanは、DESTINY-Gastric01試験5)およびDESTINY-Breast01試験6)の結果に基づいて、米国と日本では化学療法歴のあるHER2陽性切除不能胃癌と乳癌に対して、英国と欧州では化学療法歴のあるHER2陽性切除不能乳癌に対して承認されている。

 HER2発現またはHER2変異型固形癌に対するTrastuzumab Deruxtecanの第I相試験の結果では、切除不能大腸癌における奏効割合は5.0%であったが、HER2 IHC 3+の切除不能大腸癌においては奏効割合11.1%、病勢制御割合100%であった7)

 DESTINY-CRC01試験の目的は、2レジメン以上の前治療歴を有するHER2陽性切除不能大腸癌に対するTrastuzumab Deruxtecanの有効性と安全性をHER2発現レベルによって解析して評価することである。

 DESTINY-CRC01試験は、イタリア、日本、スペイン、英国、米国の25施設で非盲検第II相試験として実施された。対象は、フッ化ピリミジン、Irinotecan、Oxaliplatin、抗EGFR抗体薬、抗VEGF抗体薬を含む2レジメン以上の前治療歴(Trastuzumab Deruxtecan以外のHER2標的治療薬も許容)を有する切除不能再発大腸腺癌、RASおよびBRAF V600E野生型、18歳以上(日本は20歳以上)、ECOG PS 0~1の症例である。間質性肺疾患や肺臓炎の合併またはステロイド治療歴を有する症例は除外された。

 中央判定で腫瘍組織のHER2発現レベルを評価して、コホートA(HER2陽性:IHC3+、または、IHC2+かつISH陽性)、コホートB(IHC2+かつISH陰性)、コホートC(IHC1+)のいずれかに割り付けされた。Trastuzumab Deruxtecan 6.4mg/kgを3週毎に静脈内投与され、病勢増悪、許容できない有害事象、同意撤回、死亡のいずれかが発生するまで継続された。

 主要評価項目は、中央判定によるコホートAの奏効割合で、副次評価項目は、中央判定によるコホートBおよびCの奏効割合、奏効期間、病勢制御割合、主治医判定による奏効割合、無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)である。探索的評価項目として、腫瘍径和の最良変化割合が設定された。安全性評価項目は、治療関連有害事象と重篤な有害事象である。

 2018年2月23日から2019年7月3日までに、78例(コホートA:53例、コホートB:7例、コホートC:18例)が登録された。3つのコホートの患者背景は同様で、前治療レジメン数の中央値は4つであった。データカットオフ時点で30例(38%)はTrastuzumab Deruxtecanを継続していた。

 コホートAの観察期間中央値は27.1週で、中央判定による奏効割合は45.3%(53例中24例)、2%(1例)で完全奏効、43%(23例)で部分奏効が得られた。主治医判定による奏効割合も45.3%で、病勢制御割合は83.0%であった。サブグループ解析では、HER2 IHC3+群のほうがHER2 IHC2+かつISH陽性群より奏効割合が高かった(57.5% vs. 7.7%)。前治療でHER2標的治療あり群vs.なし群では奏効割合が同様であった(43.8% vs. 45.9%)。

 コホートAの6ヵ月無増悪生存割合は53.0%で、PFS中央値は6.9ヵ月であった。また、前治療でHER2標的治療のある16例のPFS中央値は4.3ヵ月、HER2標的治療のない37例のPFS中央値は6.9ヵ月であり、HER2 IHC3+の40例のPFS中央値は未到達、HER2 IHC2+かつISH陽性の13例のPFS中央値は4.1ヵ月であった。コホートAの6ヵ月生存割合は76.6%で、OS中央値は未到達であった。

 コホートBとコホートCでは奏効例がみられず、ともにPFS中央値は1.4ヵ月、OS中央値は未到達であった。

 全症例で治療関連有害事象が認められたが、そのほとんどはgradeが低かった。10%以上で発生したgrade 3以上の有害事象は、好中球数減少22%(78例中17例)、貧血14%(78例中11例)であった。独立委員会によって薬剤関連と判定された間質性肺疾患または肺臓炎は6%(78例中5例)に認められ、grade 2が2例、grade 3が1例、grade 5が2例で治療関連死亡と判定された。発症日の中央値は77日目であった。全例でコルチコステロイドの投与が行われ、2例は回復、1例は回復なく原病増悪で死亡、2例は間質性肺疾患または肺臓炎で死亡した。

 Trastuzumab Deruxtecanは、2レジメン以上の前治療歴を有するHER2陽性切除不能大腸癌に対して有望かつ持続的な効果を示した。また、安全性プロファイルは既報と同様であり、間質性肺疾患または肺臓炎に対しては注意深いモニタリングや迅速な介入が必要である。


日本語要約原稿作成:四国がんセンター 消化器内科 梶原 猛史



監訳者コメント:
HER2陽性切除不能大腸癌に対しTrastuzumab Deruxtecanは有効

 近年、切除不能大腸癌の治療選択のバイオマーカーは増えてきている。RAS野生型には抗EGFR抗体、マイクロサテライト不安定性(MSI)Highには抗PD-1抗体およびCTLA-4抗体、BRAF V600E変異にはEncorafenib+Cetuximab±Binimetinibの有効性が示されて承認されている。続いて期待されているバイオマーカーはHER2である。

 HER2高発現の切除不能転移性大腸癌に関して、HERACLES試験ではTrastuzumab+Lapatinib併用療法の、MyPathway試験ではTrastuzumab+Pertuzumab併用療法の有用性が示されている。これらの治療はNational Comprehensive Cancer Network(NCCN)ガイドラインでHER2増幅/KRAS野生型大腸癌に対して推奨されているが、大腸癌に対して承認されている治療は本邦では存在しない。大腸癌の3次治療以降の治療薬としてはRegorafenibやTrifluridine/Tipiracilが承認されているが、その奏効割合は数%、PFSは1.9~2.0ヵ月であり、今回の試験のコホートAにおける奏効率45.3%、PFS 6.9ヵ月は良好なデータであり、Trastuzumab DeruxtecanはHER2高発現の大腸癌に対して有望な薬剤と考えられる。

 Trastuzumab Deruxtecanは乳癌ではHER2低発現においても抗腫瘍効果を示したが、HER2低発現のコホート(コホートBのIHC2+かつISH陰性、コホートCのIHC1+)では奏効がみられず、乳癌との違いがあると考えられる。

 Trastuzumab Deruxtecanの注目すべき副作用として間質性肺疾患または肺臓炎があるが、明らかなリスク因子は同定されていない。現在、6.4mg/kg、3週毎(本試験で用いられた用量)と5.4mg/kg、3週毎(乳癌で承認されている用量)の2用量の有効性と安全性を比較検討するDESTINY-CRC02試験が進行中でありその結果が待たれる。

 切除不能大腸癌においてHER2を標的とする治療法の有用性は間違いなく、早期に実臨床で使用できるようになることが望まれる。

監訳・コメント:四国がんセンター 消化器内科/がんゲノム医療センター 仁科 智裕

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