10月
愛知県がんセンター 薬物療法部 医長 谷口 浩也
胃癌
血中循環腫瘍DNA解析は、進行胃癌におけるFGFR2増幅の検出やFGFR阻害薬の有効性に関連する共存遺伝子異常の検出に有用である
Tomoko Jogo, et al.: Clin Cancer Res. 27(20): 5619-5627, 2021
進行胃癌患者の予後は近年全身療法の開発が進歩しているにもかかわらず依然として悪く、生存期間中央値は約1年程度である。これまでさまざまな分子標的治療も試みられてきたが、全生存期間(OS)をなかなか向上させることができない理由の一つに、胃癌の腫瘍内不均一性がある1-9)。
線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)は、膜貫通型の受容体チロシンキナーゼであり、FGF/FGFRのシグナル伝達はFGFR遺伝子の変化によって異常に活性化される10)。胃癌患者の約5%にはFGFR2増幅が認められ11)、予後不良に関連することが報告されている12-14)。前臨床研究では、胃癌における高度FGFR2増幅はFGFR阻害薬に対する効果と関連することが示されている15-17)。しかしながら、FGFR2 polysomyやFGFR2増幅の進行胃癌患者を対象としたAZD4547(選択的FGFR阻害薬)の有効性および安全性をPaclitaxelと比較検討した無作為化第II相試験(SHINE study)では、AZD4547の無増悪生存期間(PFS)の有効性は認められなかった18)。この試験では、対象となるFGFR2のステータスは腫瘍組織検体で確認された。
血中循環腫瘍DNA(ctDNA: circulating tumor DNA)解析は、全身の腫瘍細胞のゲノム変化を検出することができるため、腫瘍内不均一に関連した治療抵抗性メカニズムを評価できる可能性がある19,20)。ctDNA解析は、原発巣と遠隔転移巣の間で空間的不均一を示すようなFGFR2増幅を同定する上でも有用であることが示されている21)。実際、SHINE studyのトランスレーショナルリサーチでは、腫瘍組織解析だけでなく、ctDNA解析でも高度のFGFR2増幅が確認された患者では、AZD4547が奏効していた15)。以上の結果から、ctDNA解析はFGFR2増幅を有する進行胃癌の治療方針を検討する上で有用である可能性が考えられる。
本研究では、進行胃癌において、FGFR2増幅および治療抵抗性を示すような他の遺伝子異常を検出し治療を検討する上での、腫瘍組織解析と比較したctDNA解析の有用性を評価した。本研究の結果は、腫瘍組織解析では検出されずctDNA解析で同定されたFGFR2増幅を有する進行胃癌患者に対して、FGFR阻害薬が有効であることを示し、同時にFGFR阻害薬の治療抵抗性のメカニズムの検討においてもctDNA解析が有用であることを明らかにした。
進行胃癌におけるctDNA解析でのFGFR2増幅の検出能を評価するために、まずSCRUM-Japan GI-SCREENのプロジェクトの一つであるGOZILA試験(リキッドバイオプシー研究)から得られた進行胃癌のctDNA解析結果と、GI-SCREEN試験やその他の一般に公開されている腫瘍組織のデータベース(The Cancer Genome Atlas[TCGA]やMemorial Sloan Kettering Cancer Center[MSKCC])の解析結果を比較した。2018年1月から2020年1月までの間にGOZILA試験に登録された、進行胃癌患者365例のうち28例(7.7%)において、FGFR2増幅が確認された。これは、GI-SCREENやその他のデータベースの検出率よりも有意に高かった(GI-SCREEN: 3.4%、p=0.00080;TCGA: 4.4%、p=0.049;MSKCC: 2.6%、p=0.0027)。これらの結果から、ctDNA解析は従来の腫瘍組織解析では検出できないFGFR2増幅を同定できる可能性が考えられた。GOZILA試験において、FGFR2増幅進行胃癌では、非増幅胃癌と比較して、同時にPIK3CA、MYC、CDK6、CCND1、BRAF、CDK4増幅や、ARID1A、BRCA2、RHOA変異が有意に検出された。また、FGFR2増幅とともに、ERBB2、MET、EGFRの同時増幅を、それぞれ1例(3.6%)、3例(10.7%)、6例(21.4%)に認めた。以上の結果より、FGFR2増幅進行胃癌が非増幅胃癌とは異なるゲノムプロファイルを有する可能性が示唆された。
続いて、ctDNA解析が腫瘍組織解析では検出できないFGFR2増幅を同定できるかさらに検討するため、44例の進行再発胃癌患者を対象に、全身化学療法導入前の同時期に採取した(中央値2日、四分位範囲1~4日)ペアの腫瘍組織と血漿サンプルを用いて、FGFR2増幅を測定した。44例中、腫瘍組織とctDNAの両方でFGFR2増幅が検出された患者(tissue+ctDNA+)は6例、ctDNAのみで検出された患者(tissue?ctDNA+)は6例であった。一方腫瘍組織のみでFGFR2増幅が検出された患者は認めなかった。tissue+ctDNA+とtissue?ctDNA+の両群における、ctDNAのFGFR2増幅のコピー数(pCN: plasma copy number)に有意差は認めなかった(p=0.18)。tissue?ctDNA+の患者はtissue+ctDNA+の患者と比較し、有意にOSが短かった(中央値12.0ヵ月vs. 14.6ヵ月、HR=10.1、95% CI: 1.1-90.8、p=0.014)。両群の臨床病理学的背景(性別、ECOG PS、腫瘍部位、組織型、HER2ステータス、転移臓器数、転移部位)に、有意差は認めなかった。さらに、tissue?ctDNA+とtissue+ctDNA+の患者における、最大変異アレル頻度(VAF: variant allelic frequency)の中央値はそれぞれ12.8、10.6であり、両群に有意差は認めなかった(p=0.52)。以上よりctDNA解析は、腫瘍組織解析では検出されなかったFGFR2増幅を同定することができ、そのような症例は腫瘍内不均一性により予後不良を呈する可能性が示唆された。
さらにctDNAにFGFR2増幅を有する症例に対してFGFR阻害薬が有効かどうかを検証した。
症例1は54歳男性、複数のリンパ節転移を有する再発胃癌で、手術検体の次世代シーケンサー(NGS: next generation sequencer)による解析では、TP53変異のみが確認されていた。1次治療としてS-1+Cisplatin、2次治療としてnab-Paclitaxel+Ramucirumab(nab-PTX+RAM)、3次治療としてNivolumab、4次治療としてIrinotecanを投与された。Nivolumab投与後にGOZILA試験に登録され、Guardant360を用いたctDNA解析によりFGFR2増幅(pCN 24.2)が確認された。そのため5次治療として、選択的FGFR阻害薬の治験薬投与を受けたところ、標的病変である頸部および腋窩リンパ節において73.6%の腫瘍縮小を認めた。
症例2は57歳男性で、リンパ節転移と腹膜播種を有する切除不能進行胃癌であった。治療前の原発巣生検検体では、PIK3CA変異のみを認めていた。1次治療としてS-1+Oxaliplatin(SOX)、2次治療としてPaclitaxel、3次治療としてIrinotecanが投与された。病勢増悪後GOZILA試験にてFGFR2増幅(pCN 6.0)を認め、4次治療として選択的FGFR阻害薬による治療を受け、肥厚した胃壁と腹膜播種の縮小を認め、腫瘍マーカーCA 19-9も減少した。前治療の化学療法中のFGFR2の変化を評価するため、治療中に採取していた腫瘍組織検体を用いて、IHCとFISHによる解析を行ったところ、SOX中止後に採取した腫瘍組織検体でFGFR2高発現およびFGFR2増幅(CN 32.9)を認めた。この結果より、FGFR2増幅が治療中に出現してきた可能性(時間的不均一性)、あるいは治療開始前から存在していたが単一の腫瘍組織生検では見逃された可能性(空間的不均一性)が考えられた。いずれにしても本症例において、ctDNA解析によりFGFR2増幅を同定することが可能であった。以上より、腫瘍内不均一性のために腫瘍組織検体では検出されなかったFGFR2増幅を有する患者が、FGFR阻害薬により利益を受ける可能性があることが示唆された。
一方で、FGFR2増幅を有する進行胃癌における同時多発的なゲノム変化は、FGFR阻害薬に対する治療抵抗性と関連する可能性がある。
症例3は64歳女性で、リンパ節転移と胸膜・腹膜播種を伴う切除不能進行胃癌であった。1次治療として5-FU/LV+Oxaliplatin、2次治療としてnab-PTX+RAMが投与された。病勢増悪後GOZILA試験にて、FGFR2増幅(pCN 14.6)を認めたが、MET増幅(pCN 3.0)も同時に検出された。3次治療として選択的FGFR阻害薬の投与を受けたが、初回評価のCTでリンパ節転移の増大に加え、胸水貯留や脳転移の出現を認めた。治療抵抗性のゲノムメカニズムを検討するため、病勢増悪後の血液検体を用いてGuardant360による解析を行ったところ、FGFR2増幅はpCN 14.6から7.3に減少していた一方で、MET増幅はpCN 3.0から15.7へと著しく増加していた。FGFR阻害薬治療前後の腫瘍組織検体を用いたNGS解析でも検証したところ、同様にFGFR2のCNが減少し、MET増幅が出現していた。これらの変化は、腫瘍組織検体のIHCによるタンパク発現解析でも同様に確認された。以上の結果から、MET増幅を同時に有する患者では、MET増幅クローンの増殖により、FGFR阻害薬の臨床的有用性が制限される可能性が示された。
本研究は、腫瘍内不均一性により、従来の腫瘍組織解析では見落とされる可能性のある進行胃癌のFGFR2増幅の検出において、ctDNA解析が有用であることを明らかとした。さらに本論文は、ctDNA解析でのみFGFR2増幅を検出した場合でも、FGFR阻害薬が有用であることを示した最初の報告である。一方で、FGFR2増幅を有する胃癌は、他の遺伝子増幅や変異が同時に共存するようなゲノムプロファイルを有することから、FGFR阻害薬に対する治療効果が制限される可能性があり、このようなゲノム変化を評価する上でもctDNA解析は有用であると考えられた。以上のようなctDNA解析の利点を生かし、現在Guardant360で検出されたFGFR遺伝子異常を有する固形癌患者を対象とした、選択的FGFR阻害薬であるFutibatinibの第II相バスケット試験(JapicCTI-194624)22)が実施中である。上記試験も含め、今後ctDNA解析の有用性についてのさらなる検討が期待される。
日本語要約原稿作成:宗像医師会病院 外科 城後 友望子
監訳者コメント:
進行胃癌においてctDNA CGPの有用性が示された研究報告
本邦において、血液中のctDNAを、次世代シークエンサーを用いて解析する包括的ゲノムプロファイリング(CGP)検査「FoundationOne Liquid CDxがんゲノムプロファイル」が2021年3月に承認、8月に保険償還されたことで、ctDNA検査ががんゲノム医療におけるCGPの一つの選択肢として臨床現場で用いられるようになった。腫瘍組織検査と比較したctDNA検査の有用性の一つとして、ctDNA検査は腫瘍組織検査では評価が困難ながんゲノム異常の不均一性を同定することができることが知られている23)。しかし、腫瘍組織では同定されずctDNAでのみ同定されたがんゲノム異常が、分子標的薬治療の標的となりうるかどうかはこれまで明らかではなかった。
本研究では、進行胃癌において同時期に採取された腫瘍組織と血液ctDNAの解析によって、進行胃癌にFGFR2増幅の空間的不均一性が存在することが示された。そして、その不均一性のため、腫瘍組織のCGPで同定されなかったFGFR2増幅がctDNAのCGPで同定され、FGFR阻害薬による治療効果に繋がった2症例が報告されている。これらは、不均一に存在し腫瘍組織では同定できないがんゲノム異常をctDNA検査で同定することで、有効ながんゲノム医療に結びつく可能性を示唆する重要な症例報告である。しかし、別の症例として、FGFR阻害薬による治療に伴い、MET増幅クローンが増殖して治療抵抗性を示した1例が報告されており、この症例におけるMET増幅の変化もctDNA CGPで評価可能であった。この症例報告は、FGFR2増幅の存在の不均一性のみならず、他のがんゲノム異常の共存という不均一性もctDNA CGPで適切に評価することが、FGFR2増幅胃癌に対する真の個別化医療に必要であることを示している。今後、ctDNA CGPによるがんゲノム異常の不均一性の評価が、がんゲノム医療の対象を広げ、そして治療抵抗性の克服に繋がるエビデンスが増えていくことに期待したい。
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監訳・コメント:国立がん研究センター東病院 消化管内科 中村 能章
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