6月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優
食道癌
進行・転移性食道扁平上皮癌に対する二次治療としてのTislelizumabと化学療法との有効性・安全性の比較(RATIONALE-302):ランダム化第III相試験
Shen L, et al.: J Clin Oncol. April 20, 2022
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現在、進行・転移性食道扁平上皮癌に対する二次化学療法はTaxane系またはIrinotecan系の単剤療法が行われているが、これらの有効性は決して高くはない1-5)。
TislelizumabはPD-1と高い親和性を有するヒト化免疫グロブリンG4モノクローナル抗体であり、初期臨床試験において単剤または化学療法との併用療法で食道癌を含む固形癌患者に対し、他の抗PD-1抗体薬と類似の有効性・安全性が示されている6-9)。今回Tislelizumabの進行・転移性食道扁平上皮癌に対する二次化学療法としての有効性・安全性を検討するグローバル第III相ランダム化比較試験であるRATIONALE-302試験の結果が報告された。
対象はベルギー、中国、フランス、ドイツ、イタリア、日本、韓国、スペイン、台湾、英国、米国の11ヵ国で18歳以上の一次化学療法後に不応となった食道扁平上皮癌患者とした。被験者はTislelizumab群(Tislelizumab:200mg、3週毎)と化学療法群[Paclitaxel(135?175mg/m2、3週毎、または、80~100mg/m2、毎週、日本では100mg/m2、day 1, 8, 15, 22, 29, 36、7週毎)、Docetaxel(75mg/m2、3週毎、日本では70mg/m2、3週毎)、Irinotecan(125mg/m2、day 1, 8、3週毎)の3剤から主治医が選択]に1:1にランダムに割り付けられた。層別化因子は地域(日本を除くアジア、日本、欧州/北米)、ECOG PS、化学療法レジメンとした。
主要評価項目はintent-to-treat(ITT)集団における全生存期間(OS)とし、主な副次評価項目はPD-L1 Tumor Area Positivity(TAP)≧10%群におけるOSとした[PD-L1発現はVENTANA PD-L1(SP263)アッセイを用い、中央判定にてTAPスコアとして評価した。TAPは背景面積を分母とし、腫瘍+腫瘍関連免疫細胞面積を分子としたパーセンテージと定義した]。その他の副次評価項目は無増悪生存期間(PFS)、客観的奏効率(ORR)、奏効期間(DoR)、安全性、忍容性とした。
Tislelizumab群 の化学療法群に対するOSハザード比(HR)を0.75と仮定し、両群のOS中央値をそれぞれ8ヵ月、6ヵ月と仮定した。Tislelizumab群の優越性を検定するために片側有意水準0.025で検出力82%を得るには約400例のイベントが必要であり、必要症例数は約500例とした。
2018年1月から2020年3月までに512例を登録し、Tislelizumab群256例、化学療法群256例にランダムに割り付けITT集団に組み入れた。群間の背景因子は概ね均衡がとれていた。年齢中央値は62歳、79.7%がアジア人、84.4%が男性であった。487例(95.1%)の患者が登録時に遠隔転移を有していた。被検者PD-L1 TAP≧10は全体のうち157例(30.7%)であり、Tislelizumab群、化学療法群での割合はそれぞれ34.8%、26.6%であった。データカットオフ時、ランダム化割付からの追跡期間中央値はTislelizumab群で8.5ヵ月(0.2ヵ月~31.7ヵ月)、化学療法群で5.8ヵ月(0.0ヵ月~30.8ヵ月)であった。
最終解析ではTislelizumab群197例(77.0%)、化学療法群213例(83.2%)の死亡イベントが確認された。OS中央値はTislelizumab群、化学療法群でそれぞれ8.6ヵ月(95% CI: 7.5~10.4)、6.3ヵ月(95% CI: 5.3~7.0)、HR=0.70(95% CI: 0.57~0.85、片側p=0.0001)であり、Tislelizumab群で有意な生存期間の延長が認められた。なお、試験治療後にPD-1、PD-L1抗体薬による治療を受けた症例はTislelizumab群11例(4.3%)、化学療法群55例(21.5%)であった。Post hoc解析によりベースラインのPD-L1発現状況における治療群間の不均衡は、OS結果に対する治療効果の推定にほとんど影響を及ぼさないことが確認された。OSにおけるサブグループ解析ではベースラインのPD-L1発現状況、地域、人種などを含むすべてのサブグループにおいて、Tislelizumab群で良好であった。また、TAP≧10%群においてTislelizumab群で化学療法群に対して有意なOSの延長がみられた[10.3ヵ月(95% CI: 8.5~16.1)vs. 6.8ヵ月(95% CI: 4.1~8.3)、HR=0.54(95% CI: 0.36~0.79)、片側p=0.0006]。また、PFS中央値はTislelizumab群1.6ヵ月(95% CI: 1.4~2.7)に対して化学療法群2.1ヵ月(95% CI: 1.5~2.7)、HR=0.83(95% CI: 0.67~1.01)であった。PFSのKaplan-Meier曲線は約3ヵ月で分離し始め、推定PFS率はTislelizumab群、化学療法群においてそれぞれ6ヵ月時点で21.7%と14.9%、12ヵ月時点では12.7%と1.9%と推定された。
客観的奏効はTislelizumab群では52例[20.3%(95% CI: 15.6~25.8)]、化学療法群では25例[9.8%(95% CI: 6.4~14.1)]で認められ、完全奏効はTislelizumab群で5例(2.0%)、化学療法群で1例(0.4%)認められた。DoR中央値はTislelizumab群7.1ヵ月(95% CI: 4.1~11.3)に対して化学療法群4.0ヵ月(95% CI: 2.1?8.2)であった。ORRもTAP≧10%の患者においてTislelizumab群でより良好な結果であった。
有害事象の発生はTislelizumab群で少なく、Tislelizumab群で多くみられたものは、AST増加(11.4%)、貧血(11.0%)、甲状腺機能低下症(10.2%)であった。一方で化学療法群では白血球数減少(40.8%)、好中球数減少(39.2%)、貧血(34.6%)が多くみられた。また、grade 3以上の有害事象発生、重篤な有害事象(SAE)の発生、有害事象による治療中止のいずれも、化学療法群に比べTislelizumab群で少なかった。両群で死亡の主な原因は病勢進行であった(Tislelizumab群59.8%、化学療法群66.0%)。有害事象に起因する死亡はTislelizumab群5例(2.0%)、化学療法群7例(2.9%)であった。
以上のように、一次治療後に病勢進行した進行・転移性食道扁平上皮癌患者においてTislelizumabは化学療法と比較し、OSを有意に改善し、また、安全性も許容範囲内であった。PD-L1 TAP≧10%群でもTislelizumabが統計学的に有意な生存ベネフィットを示した。
日本語要約原稿作成:埼玉県立がんセンター 消化器内科 松島 知広
監訳者コメント:
食道扁平上皮癌に対するICIのベストチョイスは?
食道扁平上皮癌(ESCC)における免疫チェックポイント阻害剤(ICI)の開発はめざましく、本邦ではNivolumab、Pembrolizumabが既に臨床導入されている。また、海外ではCamrelizumab、Sintilimab、ToripalimabなどのICIによるPhase IIIのポジティブデータが続々と報告されており、進行中の臨床試験も含め活性化している分野である。
さて、Tislelizumabはどうか?本試験がスタートした2018年1月の時点ではESCCに対する承認されたICIは存在しなかったが、先行品は治験が終了もしくは解析結果待ちの状況であった。Tislelizumabの特徴として、前臨床試験において、マクロファージ上のFcγRへの結合は、マクロファージが媒介する抗体依存性エフェクターT細胞の障害を活性化することでPD-1抗体の抗腫瘍活性を低下させることが示されており、Tislelizumabは、このマクロファージ上のFcγRへの結合を抑制することでPD-1抗体の高い抗腫瘍活性を維持することが期待されている。
本試験の結果はどうか?他のICIと同様、OSおよびPFSで有意に化学療法群に対する優越性を示しており、安全性も許容範囲であることから、文句のないデータである。Limitationとして、PD-L1で層別化されていないため、Tislelizumab群でPD-L1発現の割合がやや高かったことが挙げられるが、結果の解釈に大きな影響はない。
さて、Tislelizumabの今後である。本邦では既に二次治療としてNivolumab、Pembrolizumabが臨床導入されており、結果公表が後になったTislelizumabについては、このデータによる本邦での承認申請が行われるという話は聞こえていない。一方で、ESCCに対するICIレジメンは一次治療の併用療法へと移行しつつあり、本邦では既に化学療法+PembrolizumabまたはNivolumab、Ipilimumab+Nivolumabと3つの選択肢が提示できる状況になっている。先日のESMO-GI 2022において、化学療法±Tislelizumabの第III相試験(RATIONALE-306)の結果が報告され、一次治療においてもTislelizumabの有用性が示されている。
ICIによる臨床試験、どれもポジティブなのは有り難いことだが、一方で、作用機序による使い分けについては明確なものはなく、既存のバイオマーカーについてもPD-L1発現のみにとどまっている。今後、ICIについては術前化学療法や化学放射線療法との併用も検討されており、作用機序だけでなく治療戦略という観点からICI治療開発を行っていく必要があるだろう。
- 1) Assersohn L, et al.: Ann Oncol. 15(1): 64-69, 2004 [PubMed] この論文は無料です
- 2) Ford HER, et al.: Lancet Oncol. 15(1): 78-86, 2014 [PubMed] この論文は無料です
- 3) Kato K, et al.: Lancet Oncol. 20(11): 1506-1517, 2019 [PubMed]
- 4) Kojima T, et al.: J Clin Oncol. 38(35): 4138-4148, 2020 [PubMed] この論文は無料です
- 5) Huang J, et al.: Lancet Oncol. 21(6): 832-842, 2020 [PubMed]
- 6) Zhang T, et al.: Cancer Immunol Immunother. 67(7): 1079-1090, 2018 [PubMed] この論文は無料です
- 7) Desai J, et al.: J Immunother Cancer. 8(1): e000453, 2020 [PubMed] この論文は無料です
- 8) Xu J, et al.: Clin Cancer Res. 26(17): 4542-4550, 2020 [PubMed] この論文は無料です
- 9) Shen L, et al.: J Immunother Cancer. 8(1): e000437, 2020 [PubMed] この論文は無料です
監訳・コメント:埼玉県立がんセンター 消化器内科 原 浩樹
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