8月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優
胆道癌 膵癌
胆膵癌におけるリアルワールドゲノムプロファイリングからみた新規標的治療のための分子ランドスケープ
Umemoto K, et al.: J Natl Cancer Inst. May 18, 2022
[Online ahead of print]
研究の背景
進行胆膵癌においては、殺細胞性の化学療法として一次治療を中心に開発が進んでいるが、二次治療以降の標準治療においてはその効果が限定的であり、胆膵癌に対して予後改善が期待できる新規治療の開発が急務である。進行固形癌においては近年、臓器横断的な分子標的治療薬の開発が行われている。次世代シーケンシング(NGS)が実臨床で用いられるようになり、NGSをベースとした包括的ゲノムプロファイリング検査としてFoundationOne® CDxは米国で2017年にFDAにより承認され、日本でも2019年に固形癌に対して保険適用された。その後、NTRK1-3融合遺伝子およびMSI-Highを有する固形癌、gBRCA1/2遺伝子変異を有する膵癌、FGFR2融合遺伝子を有する胆道癌に対してそれぞれEntrectinib1)、Larotrectinib2)、Pembrolizumab3)、Olaparib4)、Pemigatinib5)が日本においても承認され、胆膵癌でもこれらの分子標的治療の有効性がいくつかの報告で示された6,7)。以上より、これらの治療薬の標的となる遺伝子異常の頻度および新たな治療標的となり得る遺伝子異常について胆膵癌で評価することは臨床的に大きな意義があると考え、ゲノムプロファイルのビッグデータを用いて解析する研究を考案した。
研究の方法
治療標的となる遺伝子異常の頻度および新規の治療標的として介入が期待できる遺伝子異常を検討するため、Foundation Medicine社が有する、進行胆膵癌において米国の日常診療で実施された包括的ゲノムプロファイリングデータの解析を行った。
進行膵癌16,913例および進行胆道癌3,031例における遺伝子異常の頻度を解析するとともに、40歳以上/以下、MSI-High/MSSもしくはTMB(High:≧10 Muts/Mb、Low:<10 Muts/Mb)の状態、その他ある特定の遺伝子異常の集団において層別化し解析を行った。臨床的背景またはゲノム的背景による遺伝子変化の頻度は、Yateの補正を用いたχ2検定で評価した。
すべての統計的検定は両側で行われ、P値が0.05未満を統計的に有意とした。
結果
●胆膵癌におけるゲノム異常の頻度
膵癌の遺伝子異常の解析では、KRAS(84.4%)、TP53(73.3%)、CDKN2A(51.2%)、CDKN2B(26.5%)、SMAD4(23.2%)のほか、治療標的となり得る遺伝子異常としてBRCA1(1.4%)、BRCA2(3.6%)、PIK3CA(3.3%)、KRAS G12C(1.6%)、ERBB2増幅(1.9%)、MDM2増幅(1.7%)、CCNE1増幅(2.9%)、BRAF融合(0.7%)に異常を認めた。
胆道癌の遺伝子異常の解析では、TP53(60.6%)、CDKN2A(33.5%)、KRAS(27.1%)、CDKN2B(20.6%)、SMAD4(16.9%)の遺伝子変異のほか、ERBB2、CCNE1、MDM2の遺伝子増幅を認めた。さらに、ERBB2増幅を有する胆道癌ではCDK12再配列がERBB2増幅のない胆道癌(12.8% vs. 1.5%)に比べ統計的に有意に多く観察された。
●MSI、TMBステータス別のKRAS、TP53、CDKN2A、SMAD4遺伝子変異の頻度
MSI-Highは膵癌および胆道癌のそれぞれ0.48%と1.2%に、TMB-Highは2.1%と5.7%に観察された。MSI-HighおよびTMB-Highの膵癌および胆道癌において、KRAS、TP53、CDKN2A、SMAD4変異およびその他の対処可能な遺伝子の頻度を検討した。膵癌では、KRAS遺伝子変異はMSI-HighとTMB-Highの腫瘍で統計的に有意に頻度が少なかった。胆道癌では、ERBB2遺伝子増幅はTMB-Lowの13.7%に対してTMB-Highでは23.3%に認められた(p<0.001)。また、CDK12遺伝子再構成についてはERBB2遺伝子増幅を伴う胆道癌に高頻度に認めた。
●KRAS遺伝子変異別のdruggable遺伝子異常
KRAS遺伝子変異は膵癌全体の84.4%に認め、G12D(42.8%)、G12V(30.9%)、G12R(15.5%)、Q61H(4.5%)、G12C(1.6%)が主な変異種類であった。KRAS遺伝子変異型ではdruggable遺伝子異常はATM(3.7%)とBRCA2(3.3%)にしか認めない一方で、KRAS遺伝子野生型では、BRCA2変異(3.6%)、BRAF変異(9.5%)、ERBB2増幅(4.3%)、FGFR2再配列(5.3%)、ATM変異(4.7%)、IDH1変異(4.7%)、MET増幅(2.3%)などの遺伝子異常の頻度が高いことが分かった。
胆道癌では、KRAS遺伝子変異を23.6%に認め、G12D(42.2%)、G12V(22.7%)、G13D(6.7%)、G12C(5.5%)、G12R(5.0%)が主な変異種類であった。KRAS遺伝子野生型の胆道癌ではKRAS遺伝子変異型と比較して、ERBB2遺伝子異常が統計的に有意に多く観察された(KRAS野生型17.0% vs. KRAS変異型5.2%、p<0.001)。
●AYA世代における胆膵癌のゲノム異常の頻度
40歳未満の患者では40歳以上の患者に比べて、膵癌ではFGFR2遺伝子再構成(4%)、胆道癌ではGATA6遺伝子増幅(11.1%)、BRAF遺伝子再構成(2.8%)およびFGFR2遺伝子再構成(5.6%)を高頻度に認めた。
本研究結果により、進行胆膵癌において、ある特定の遺伝子異常を認める集団においては、腫瘍における免疫回避にかかわるバイオマーカーや標的遺伝子、新規に開発が期待できる遺伝子異常を検出することができた。特に、KRAS遺伝子野生型膵癌やAYA世代の胆膵癌においては、積極的に包括的ゲノムプロファイリング検査を行っていくことが望ましいと結論づけられた。
日本語要約原稿作成:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 砂川 優
監訳者コメント:
胆膵癌における包括的ゲノムプロファイリング検査の大規模リアルワールドデータ
胆道癌、膵癌領域における多くの分子標的治療薬や免疫療法の開発は、オールカマーを対象に試みられたものの、残念ながらそのほとんどが失敗し、現在も薬物療法の中心を担っているのは殺細胞性の抗悪性腫瘍薬である。しかし近年、遺伝子異常に基づく治療薬としていくつかの薬物療法の有用性が示されてきた。本邦においては、2019年に保険適用となり日常臨床に導入されたFoundationOne® CDxがんゲノムプロファイルおよびOncoGuide™ NCCオンコパネルシステムの普及を契機に、二次薬物療法を中心に、この遺伝子異常に基づく治療選択が試みられている。この治療戦略には個々の症例に応じた、いわばテーラーメード医療を提供できる一方、治療標的となるそれぞれの遺伝子異常が検出される頻度は低く、胆膵癌における包括的ゲノムプロファイリングの全体像を明らかにしようとする検討は限られていた。今回の検討ではこのうち、米国においてFoundationOne® CDxがんゲノムプロファイルを用いて実施された包括的ゲノムプファイリングの大規模データが示された。
膵癌の遺伝子異常は比較的よく知られているように、Big 4と言われるKRAS、TP53、SMAD4、CDKN2A(およびCDKN2B)の頻度が高く、とくに頻度が高いKRASはG12D、G12V、G12Rといった変異が主であるため、他癌種で開発が進むG12Cを標的とする薬剤の対象となる患者の割合はそれ程高くなく(1.6%)、BRCA1/2、ERBB2増幅など、治療標的となり得る遺伝子異常はそれぞれ数%以下であった。ただし、KRAS遺伝子野生型や若年例ではその頻度が高まることが示された。
一方、胆道癌の遺伝子異常もTP53、CDKN2A、KRAS、SMAD4など、種類は膵癌と類似していたもののその頻度は異なり、ERBB2や若年例においてはGATA6遺伝子増幅、BRAF遺伝子再構成、FGFR2遺伝子再構成など多様な変異が比較的高頻度に検出された。
本研究は米国のデータを用いたものであり、今後、本邦でも同様の大規模データが解析されることにより、遺伝子異常の人種差の異同などにつき検討が進むと考えられる。また、胆道癌は原発部位(肝内胆管、肝外胆管、胆?、乳頭部)により認められる遺伝子異常の頻度が異なることが示されており、結果解釈の際には留意する必要がある。いずれにしても、最終的に重要なのは、これらの結果に基づき新規治療薬の開発が促進されることであり、そのための貴重な基礎的データベースとして活用されることを期待する。
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監訳・コメント:金沢大学 先進予防医学研究センター 寺島 健志
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