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1月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優

大腸癌

治療レジメンおよび治療ラインによるRAS/RAF野生型大腸癌における抗EGFR療法への耐性メカニズムの違い


Parseghian CM, et al.: J Clin Oncol. 41(3): 460-471, 2023

研究の背景
 切除不能進行再発大腸癌においては殺細胞性抗癌剤と分子標的薬の併用療法が治療の主軸となるが、治療の奏効期間および予後は必然的に薬剤への耐性に影響される。MAPKシグナル伝達経路の二次的変異が抗EGFR療法への耐性に関与するとされているが、治療中の抵抗性クローンの発生過程については十分に解明されておらず、患者内および患者間での不均一性も高い1,2)。血中循環腫瘍DNA(circulating tumor DNA:ctDNA)は、非侵襲的に抗EGFR療法への抵抗性にかかわる遺伝子異常を検出することが可能である。従来の治療抵抗性メカニズムの理論では、治療抵抗性のサブクローナル変異が増殖し、最終的に治療感受性細胞を上回り、治療抵抗性と病勢進行につながるという仮説が主流であり、感受性細胞の回復が抗EGFR療法のリチャレンジに有効であることが示されていた3,4)。しかし、抗EGFR療法のリチャレンジにおける治療効果は奏効率約30%であり、獲得耐性はわずか35~40%にしか認めず、獲得耐性のほかに抗EGFR療法からの別の逃避経路の存在が示唆される2,5,6)。近年ではそのような新たな逃避経路としてミスマッチ修復の一過性の欠失や上皮間葉転換(EMT)などにおける適応的変化といった複雑な生物学的プロセスが報告されている7)。このようなことが報告されてはいるものの、殺細胞性薬物療法の併用が抗EGFR療法の抵抗性メカニズムにどのように影響するかほとんど分かっていない。

 このような抗EGFR療法への耐性のプロセスを理解するため、3つの臨床試験においてctDNAに検出された獲得耐性およびサブクローナルな耐性変異の動態を解析し、さらにin vitroモデルで殺細胞性薬物療法と抗EGFR療法に対する交差耐性を評価した。

研究の方法
 3つの無作為化試験においてctDNAによりRAS/BRAF/EGFRが野生型であることが確認され抗EGFR療法が行われた大腸癌患者から、ベースライン時と病勢増悪時の血漿検体を採取した。1次治療でのFOLFOXへのPanitumumabの上乗せ効果を検証した203試験、3次治療でのbest supportive care(BSC)とPanitumumabとの比較である007試験、および3次治療でのPanitumumabとCetuximabとの比較である763試験において、それぞれペア血漿が評価可能である症例は147例、91例および331例であった。これらの患者で、腫瘍組織における既知の治療抵抗性遺伝子変異であるKRAS/NRAS/BRAFV600E/MAP2K1/EGFR ectodomain(ECD)の状態を調べた。またベースラインでの血漿サンプルにてこれらの変異が存在する症例を除外し、病勢増悪時にこれらの遺伝子に変異が出現した場合を獲得耐性と定義した。

結果
 1次治療の203試験では他の3次治療の2試験と比較して、病勢増悪の際に少なくとも1つの獲得変異を有する割合が有意に低かった(9.1% vs. 46%、p<0.001)。203試験において、抗EGFR併用群では9.1%、非併用群では5.7%の獲得耐性を認めた。3次治療においては007試験の抗EGFR療法施行群では39%、BSC群では0%、763試験では全体の47%に獲得変異を認めた。1次治療における奏効は、殺細胞性薬剤と抗EGFR療法の両者による影響の可能性があるため、本研究では1次治療と3次治療のライン間の比較ではなく、同治療ライン内での奏効別に検討が行われた。

 1次治療での奏効例と非奏効例における獲得耐性の出現頻度に有意差を認めなかったが、3次治療においてはPDの患者と比較しCR/PR/SDの患者ではわずかに獲得耐性変異の割合が増加した(49% vs. 35%、p=0.02)。同様に、PFSの期間が長い群と短い群(1次治療では10ヵ月を、3次治療では4ヵ月をカットオフとして定義)で耐性変異の出現率を比較したところ、1次治療では有意差を認めず、3次治療ではPFSが長い群において有意に耐性遺伝子の出現率が高いことが示された(53% vs. 38%、p=0.003)。

 なお、試験全体において治療前のベースラインでサブクローナルな耐性変異は抗EGFR療法が施行された患者の27%(129例)に認められた。ベースライン時に171個の変異が確認されたが、そのうち増悪時に増殖したのはわずか8%であり、サブクローナルのままであったものが44%、消失したものが49%であった。抗EGFR療法により既存のサブクローナルな耐性遺伝子変異が増殖することは稀であることが明らかとなった。

 RAS/EGFR/BRAF/MAP2K1の獲得耐性以外にパッセンジャー変異を調べたところ、抗EGFR療法を受けた患者では受けていない患者と比較し多くのパッセンジャー変異を認めた(1.4個vs. 0.4個、p<0.001)。また、抗EGFR療法により耐性変異を獲得した患者においては獲得しなかった患者と比較し、有意にパッセンジャー変異が多くみられた(平均2.1個vs. 0.9個、p<0.001)。さらに、これらの変異プロセスを探るために、3次治療の試験で抗EGFR療法を受けた患者のctDNAデータから変異シグネチャーを抽出し、COSMICで定義されたシグネチャーに整合させた。その結果、SBS17bおよびSBS10bとの相関が認められた。その他SBS89変異シグネチャーも同定された。これらの変異シグネチャーと関連する変異シグネチャーとしては、薬物療法後にみられるSBS25やBRCAと類似の相同組換え欠損と強く関連するSBS3などが挙げられる。

 薬物療法と併用した1次治療の際に獲得耐性変異の割合が低いことが明らかとなったことから、本研究では耐性メカニズムを明らかにするため、Cetuximab獲得耐性変異を有する細胞株と有さない細胞株を作製した。結果として耐性株ではEMTに関与する遺伝子の発現が増加し、長期の抗EGFR療法後の耐性はEMTに関与するというこれまでの知見と一致した。これらは、殺細胞性薬剤に対しても感受性が乏しいことが明らかとなった。逆に、Cetuximab感受性細胞株を殺細胞性薬剤に暴露し耐性が獲得された細胞株を調べたところ、Cetuximabへの感受性が低いことが示され、高度の交叉耐性が示唆された。

結論
 本研究により、3次治療で抗EGFR療法単剤の奏効が得られた患者と比較し、1次治療で殺細胞性薬物療法の併用療法が行われた患者では獲得耐性変異の頻度が低いことが明らかとなった。後方ラインでは、抗EGFR抗体薬単剤での使用が多いことや殺細胞性薬物療法による選択圧が低くなるといった状況から、ミスマッチ修復や相同組み換え修復機構のダウンレギュレーションに伴う獲得耐性変異の出現により一過性の耐性メカニズムを形成することが示唆された。一方で、1次治療における抗EGFR抗体薬および殺細胞性薬剤の併用療法では、両者に十分な耐性を有する一連のトランスクリプトーム機構による耐性メカニズムが示唆されるが、これらをctDNAのように非侵襲的にモニタリングすることは難しいため抗EGFR療法のリチャレンジの研究においても重要な検討課題となることが考えられる。


日本語要約原稿作成:国立がん研究センター東病院 消化管内科 青木 優



監訳者コメント:
大腸癌に対する抗EGFR療法の耐性メカニズムとして、遺伝子異常以外の耐性機序が、特に殺細胞性薬剤との併用でより関連する可能性が示唆された

 大腸癌に対する抗EGFR療法の耐性メカニズムとして、RAS変異をはじめとして、EGFR ECD変異やその他MAPKにかかわる遺伝子異常が獲得されること、そしてこれら獲得耐性遺伝子異常がctDNA解析で同定できることが、2010年代に多数報告されてきた。また、抗EGFR療法後に出現したRAS変異は抗EGFR療法中止後に減少/消失し、抗EGFR療法の感受性が回復する可能性が示唆されてきた。実際に、抗EGFR療法の再投与(リチャレンジ)を評価した臨床試験の探索的解析において、ベースラインのctDNAにおけるRAS変異が陰性であることが、抗EGFRリチャレンジ療法の有効性と関連していることが報告されている5)

 そこで、近年ctDNAにおけるRAS変異の抗EGFRリチャレンジ療法におけるバイオマーカーとしての有用性を前向きに評価する臨床試験がいくつか行われてきたが、結果に乖離が認められている。イタリアで行われたCHRONOS試験では、ctDNAでRAS/BRAF/EGFR変異がない大腸癌患者に対するPanitumumabリチャレンジ療法の有効性が評価され、30%の奏効割合が認められた6)。一方、本邦で行われたPURSUIT試験では、ctDNAでRAS変異がない大腸癌患者において、Panitumumab+Irinotecanのリチャレンジ療法の奏効割合は14%と、期待した奏効割合に到達しなかった8)。これら同様の臨床試験で結果が一致しなかった理由として、ctDNA検査では評価できない遺伝子異常以外の耐性機序の存在を示唆している。今回の論文は、このような遺伝子異常以外の耐性機序が、特に殺細胞性薬剤との併用でより関連する可能性を示唆するものであり、抗EGFRリチャレンジ療法の戦略を検討する材料となりうる。しかし、今回評価された遺伝子異常以外の耐性機序については、あくまで細胞株の解析結果であり、実際の腫瘍内においてどのような生物学的なプロセスが起こったのかは明らかではなく、臨床検体を用いた検証が望まれる。また、抗EGFRリチャレンジ療法の新たな未来を切り開くためには、遺伝子異常以外の耐性機序を克服する併用療法の開発が必要である。

  •  1) Misale S, et al.: Nature. 486(7404): 532-536, 2012 [PubMed] 
  •  2) Strickler JH, et al.: Cancer Discov. 8(2): 164-173, 2018 [PubMed]
  •  3) Siravegna G, et al.: Nat Med. 21(7): 827, 2015 [PubMed]
  •  4) Parseghian CM, et al.: Ann Oncol. 30(2): 243-249, 2019 [PubMed]
  •  5) Cremolini C, et al.: JAMA Oncol. 5(3): 343-350, 2019 [PubMed]
  •  6) Sartore-Bianchi A, et al.: Nat Med. 28(8): 1612-1618, 2022 [PubMed]
  •  7) Buck E, et al.: Mol Cancer Ther. 6(2): 532-541, 2007 [PubMed]
  •  8) Kagawa Y, et al.: J Clin Oncol. 40(16_suppl): 3518-3518, 2022 [JCO]

監訳・コメント:国立がん研究センター東病院 消化管内科 中村 能章

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