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4月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優

大腸癌

KRAS codonによる切除不能大腸癌に対するTrifluridine/Tipiracilの効果予測


van de Haar J, et al.: Nat Med. 29(3): 605-614, 2023

背景
 Trifluridine/Tipiracil(FTD/TPI)はヌクレオシドアナログであるFTDとチミジンリン酸化酵素阻害薬であるTPIの合剤であり、複数の治療歴を有する切除不能大腸癌に対して標準治療となっている1-3)。一部の患者では長期の持続効果が得られるが、一般的には全生存期間(OS)延長は限定的であり、患者選択が必要と考えられる2,4-8)。大腸癌においては分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の選択に際してゲノムバイオマーカーの有無を検索するプレシジョンメディシンが広く行われており、RAS/RAF変異の検索は抗EGFR抗体薬の耐性予測に有用である9-11)KRAS変異は44%の大腸癌患者に認め、その多くがcodon 12(KRAS G12:28%)、codon 13(KRAS G13:8%)である12)KRAS G12変異例やKRAS G13変異例は診療ガイドラインでは同一の集団として扱われているが、生化学的には異なる性質を有しており、組織特異的、治療特異的な変異パターンを有している13-15)。著者らは患者の全ゲノム体細胞プロファイルを利用しFTD/TPIの有効性・治療抵抗性を予測するバイオマーカーの特定を試みた。そして、得られた結果をリアルワールドデータと、RECOURSE試験の登録症例において検証した。

方法/結果
全ゲノム解析によるバイオマーカー候補の同定

 まず、Hartwig Medical Foundationデータベースを利用して、オランダの13施設でFTD/TPIを施行された37例の切除不能大腸癌症例を解析するリアルワールドディスカバリーコホートを設定し、全ゲノム解析を行った。少なくとも5症例で認めた10種類のゲノムドライバーがOSのバイオマーカー候補として検討され、多重仮説検定の結果、KRAS G12変異が最もOS不良と相関していた(p=0.0016、Benjamini-Hochberg false discovery rate[FDR]=0.016)。KRAS G12変異を有する症例は20例で、他のcodonのKRAS変異を有する症例が4例であった。これらの結果から得られる仮説を基に、KRAS G12変異が切除不能大腸癌におけるFTD/TPIの治療効果の決定因子になることが期待された。

リアルワールドデータによる解析
 次にイタリアと英国の36施設でFTD/TPI治療を施行された960例の切除不能大腸癌症例からなるリアルワールドデータコホートを設定した。このコホートには385例のRAS/RAF野生型症例と、343例のKRAS G12変異例、86例のKRAS G13変異例、53例のG12/G13変異以外のKRAS変異症例、32例のBRAF変異症例、61例のNRAS変異症例が含まれていた。RAS/RAFのcodon別のFTD/TPI治療のOSは明らかに異なっており(p<0.001)、KRAS G12変異例のOSは全体集団(調整後HR=1.24、p=0.016)だけでなく、他のRAS/RAF変異例(調整後HR=1.28、p=0.027)、さらに、KRAS G13変異例(調整後HR=1.61、p=0.0061)と比較しても不良であった。また、PFSに関しても同様の結果が得られた。以上から、KRAS G12変異例のFTD/TPI治療における予後は不良であり、KRAS G12KRAS G13変異における明確なOSの差はKRAS変異をcodon別に考慮する根拠となり得た。

RECOURSE試験のデータを用いた解析
 さらに、大規模なプラセボコントロール試験であるRECOURSE試験のデータを用いて検証を行った。RECOURSE試験は複数の治療歴を有する切除不能大腸癌800例を対象にFTD/TPIとプラセボを2:1で比較検証した第III相試験である。約半数がKRAS野生型(n=393)で、残り半数がKRAS変異型(n=407)であった。KRAS変異の有無でOS・PFSに差はなかったが、codon別の解析は行われていなかった。Codon別の解析は407例のKRAS変異例のうち、367例(90%)で可能であり、279例(76%)でKRAS G12変異、60例(16%)でKRAS G13変異、21例(5.7%)でKRAS G12/G13重複変異、7例(1.9%)で他の変異が報告された。

 プラセボ群においてKRAS G12変異例とKRAS野生型症例は同程度のOSであり、KRAS G13変異例はKRAS G12変異例と比較してOSは有意に不良であった(HR=2.20、p=0.0060)。また、KRAS G13変異例はKRAS野生型症例と比較してOSが短い傾向にあった(HR=1.95、p=0.017)が、調整後に有意差は認めなかった(HR=1.79、p=0.065)。この結果から切除不能大腸癌の後方治療においてKRAS G12変異は予後と関連がないことが示唆された。

 次にKRAS G12変異がFTD/TPIの効果予測因子となっていたかを検討した。KRAS G12変異例(n=279)においてプラセボ群と比較してFTD/TPI群でOS延長を認めなかった(HR=0.96、p=0.78)。全体集団(n=800)においては、KRAS G12変異がFTD/TPIのOS延長の減衰と有意に相関していた(調整後p=0.015)。KRAS変異例に限定した解析でも(n=407)、KRAS G12変異では有意にOSが不良であった(調整後p=0.0037)。以上から、RECOURSE試験におけるKRAS G12変異例では、FTD/TPIは明らかなOS延長を示すことができなかった。

 さらにKRAS G13変異に関してFTD/TPIの治療効果を検討した。KRAS G12変異とは対照的に、KRAS G13変異例においてはFTD/TPI群で明らかなOS延長が示された(HR=0.34、p=0.0018)。調整後も有意差が示され、FTD/TPI群のOSはプラセボ群の3倍であった(8.7ヵ月vs. 2.9ヵ月、HR=0.21、p<0.001)。また、FTD/TPIはKRAS G12変異例よりもKRAS G13変異例でOSが良好であった(調整後p=0.0023)。このようにKRAS G13変異例においてはFTD/TPIによって明らかなOS延長が示された。

In vitroの検討
 最後に著者らは細胞株と患者由来のオルガノイド(PDOs)を用いてこれらの知見を再現した。KRAS G12変異のノックインによって、SW48とColo320の2つの大腸癌細胞株におけるFTD(FTD/TPIの殺細胞性部分)に対する反応性は著明に減少した。KRAS G12変異を有するPDOsも一貫してFTDへの感受性低下を示した。そして、細胞株とPDOsにおいてKRAS G12変異があることでFTD由来のDNA障害(γH2AX)の抑制につながることが示された。次にFTD/TPIに類似しているがDNAよりもRNA障害を引き起こす5-FUに対する感受性を検討したところ、in vitroの全てのモデルにおいて、KRAS G12変異によって有意な感受性低下は示されなかった。またKRAS野生型PDOsの増殖率はKRAS G12変異PDOsよりも低く、KRAS野生型モデルのFTD/TPIに対する高い感受性は高い増殖能によって説明されるわけではないことが考えられた。以上より、KRAS G12変異によるFTDの耐性はin vitroでモデル化され、FTDのDNA障害が制限されることで特徴づけられた。

まとめ
 KRAS G12変異例は予後良好であるがFTD/TPIによるOS延長は乏しい。一方でKRAS G13変異例は予後不良であるがFTD/TPIによるOS延長が期待される。このように、日常診療で汎用されているKRAS変異解析によってFTD/TPIの有効性が乏しいKRAS G12変異例を特定でき、不必要な毒性の回避や、医療資源使用の合理化に繋がる可能性がある。本研究は切除不能大腸癌に対する化学療法における初のゲノムベースのプレシジョンメディシンの報告である。


日本語要約原稿作成:愛知県がんセンター 薬物療法部 松原 裕樹



監訳者コメント:
殺細胞性抗癌薬であるFTD/TPIの効果に特定のKRAS変異が影響すると結論付けるにはまだ早い

 本研究は、FTD/TPIの抵抗性にKRAS G12変異が関与することを、探索コホート・リアルワールドデータ・RECOURSE試験の症例解析から示している。FTD/TPIについては、吉野らも同様の解析をRECOURSE、TERRA、J003試験のデータを用い行っている16)。その結果、(本論文と同じデータを使用しているため当然のことながら)RECOURSE試験ではKRAS G12変異ではFTD/TPIの効果が減弱していたが、TERRA、J003試験ではKRAS G12変異の存在下でもFTD/TPIの効果を認め、メタ解析と多変量解析の結果、FTD/TPIはKRAS G12KRAS G13変異の有無にかかわらず奏効すると結論付けている。吉野らの論文は本論文では引用されていない。吉野らのメタ解析では症例の大多数がRECOURSE試験である一方、本論文ではリアルワールドデータがついている点が異なるが、他の臨床グループによる臨床的有効性の追試が必須と言える。また、KRAS G12KRAS G13以外の変異やNRAS変異、BRAF変異の意義についてはRECOURSE試験のデータでは十分検討できておらず、より遺伝子変異の情報が付随している症例を用いた検討が有用である。KRASの変異コドンによる機能の違いについては、いまだ不明な点が多い。本研究のin vitro解析でも、KRAS G12変異細胞株ではDNA損傷が誘導されず、KRAS G13変異では誘導されることが示されているが、なぜKRAS G12変異ではDNA損傷が誘導されないのか明確な機序は示されていない。このため、変異部位の違いが感受性に与える影響の詳細なメカニズムの解明が待たれる。全体として、基礎データ、臨床データともKRAS G12変異がFTD/TPIの耐性にかかわると結論付けるには不十分であり、実臨床に応用するにはまだ早いと考えられる。

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監訳・コメント:愛知県がんセンター がん標的治療TR分野 衣斐 寛倫

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