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5月
国立がん研究センター中央病院 消化管内科/頭頸部・食道内科 科長 加藤 健

胃癌 肝胆膵癌 肺癌

局所進行または転移のある胃癌、肝胆膵癌および肺癌患者における化学療法関連食欲不振に対するOlanzapineの無作為化二重盲検プラセボ対照試験


Lakshmi Sandhya, et al.: J Clin Oncol. 41(14): 2617-2627, 2023

 食欲不振は新規に癌と診断された患者の40~60%に影響を与えており1)、経口摂取不足は間接的に化学療法耐性を悪化させ、癌の生存率を低下させる2,3)。消化管癌や肺癌の患者は、食欲不振を発症する傾向があり、化学療法中の食欲不振の発生率は、癌の種類と使用するレジメンに応じて、22~56%である4-6)。食欲不振と悪液質の治療に関する現在のガイドラインでは、食事カウンセリングが推奨されているが、食欲を刺激するための薬剤についての報告は限られており、特に化学療法を受けている患者の食欲不振を軽減する薬剤を開発する必要がある。

 Olanzapine(OLZ)は、ドパミンおよびセロトニン受容体に対する拮抗作用をもつ抗精神病薬で、H1、5HT2C、5HT2B、およびD2受容体に対する作用によって食欲が刺激されると考えられている7)。癌患者の間で、OLZは進行性疾患で食欲刺激剤として試されてきたが8-10)、新規に癌と診断された患者の化学療法関連の食欲不振に対するOLZの使用に関する報告はない。短期間(1~4日)のOLZ(1日あたり5または10mg)は、安全で効果的かつ安価な制吐薬として人気がある11)。しかし、食欲を刺激するにはOLZをより長期間使用する必要があり、これは精神領域の試験からの長期データに基づいて安全であると判断されている12,13)。著者らは、化学療法を受けている新たに癌と診断された患者の食欲不振と体重増加に対するOLZの影響を評価する試験をデザインした。

 本無作為化二重盲検並行群間プラセボ対照試験は、南インドの三次医療センターで実施された。食欲不振は、診断から6ヵ月以内の主観的な食欲不振と定義され、化学療法中に持続する場合は、化学療法関連の食欲不振とみなされた。

 適格基準は、新規に診断された18歳以上で、局所進行/転移のある胃癌、肝胆膵(HPB)癌、または肺癌の患者で、殺細胞性化学療法の最初のサイクルが計画されている、ECOG PS 0-3で経口摂取可能な患者とした。すべての患者に施設での制吐療法の推奨通りに短期間のOLZ(1~4日目に1日1回5mg)とステロイドを使用した。長期にステロイドまたは抗精神病薬を服用している患者は除外された。従来の殺細胞性薬を投与されている患者は適格で、低用量の治療、経口化学療法や分子標的薬のみの患者は除外した。

 患者は、2つの治療グループのいずれかに1:1で無作為に割り付けられた。患者は、治療の割り付けを知らされていない臨床医と栄養士によって評価された。

 介入群はOLZ 2.5mg、対照群はプラセボ錠剤が1日1回12週間投与された。高カロリー、高タンパク質、栄養豊富な健康的な食事の重要性を強調するために、個別の食事シートがすべての患者に提供された。介入は、化学療法の1サイクルの1日目から開始し、12週間(84日)の終わりまで継続した。化学療法は2~3週間に1回のサイクルで実施され、治療後評価は12週間目に計画された。

 患者は、ベースライン時、化学療法サイクルの各来院時、および試験の最後に評価された。ベースライン時に体重、身長、体脂肪率、中腕周囲長、および上腕三頭筋の皮下脂肪の厚さを測定した。さらに、主観的総合評価ツール(SGA)を使用して栄養状態(十分な栄養、中度の栄養失調、重度の栄養失調)を記録し、24時間の食事記録を使用してカロリーとタンパク質不足を計算した。食欲不振に関連する症状は、The Functional Assessment of Chronic Illness Therapy system of Quality-of-Life questionnaires Anorexia Cachexia subscale (FAACT ACS)とvisual analog scale(VAS)を使用して評価された。12週後には体重、人体測定、食欲スコア、FAACT ACS、quality of life(QOL)を再度測定した。さらに、研究中の全体的なQOLは、癌研究所QOLアンケートversion IIを使用し、5つのグループに分類され、評価された。

 治験薬と栄養に関するアドバイスを遵守しているかは自己記録による日誌で評価され、化学療法および治験薬に関連する毒性については化学療法の各来院時に評価された。治験薬に特に関連すると考えられる毒性は、眠気、頭痛、めまい、高血糖、自殺傾向、および便秘であった。

 本研究では、肺癌、胃癌、HPB癌の化学療法を受けている患者に対し、栄養アドバイスに加えてOlanzapineを使用することで、食欲不振を減らし、体重増加を促進することができると仮説を立てた。主要評価項目は、研究期間終了時に体重増加が5%超あった患者の割合とした6,10,14)。化学療法中に体重が増加する患者の割合は約10%と推定され、標本数は、検出力80%、タイプIエラー5%とすると、各群に62例が必要であった。ベースライン特性は、記述統計学を用いて示した。体重増加、食欲不振の改善、栄養改善、QOLの改善の割合は、カイ二乗検定またはFisherの正確確率検定を使用して2群間で比較された。

 試験期間中(2020年11月~2022年6月)、150例の患者がスクリーニングされ、124例が登録された(OLZ群63例、プラセボ群61例)。無作為に割り付けられた患者のうち、OLZ群58例とプラセボ群54例が、主要評価項目を評価するのに適格であった。ベースラインの臨床的特徴は、グループ間で類似していた。年齢の中央値は55歳で、3分の2が男性であった。胃癌55%、肺癌35%、HPB癌10%で、患者の84%はstage IVであった。臨床医の判断でPSの低下または栄養不足のために一部の患者がサイクル1において化学療法の用量を75%に減量した。

 栄養評価では、3分の1が低体重であり、ほとんどの患者は食欲不振があり、推奨される1日のカロリー摂取量の約50%しか満たすことができず、半数以上の患者が、診断前の体重から5%を超える体重減少があった。患者のほぼ4分の3は、平均以下のQOLであった。

 主要評価項目である体重増加と食欲の改善は、OLZ群の58例とプラセボ群の54例で評価可能であった。主要解析は評価可能な患者のみで行われた。

 12週間後に5%を超える体重増加を示した患者の割合は、OLZ群60%、プラセボ群9%、体重減少した患者の割合はOLZ群14%、プラセボ群59%であり、OLZ群のほうが平均体重の増加も大きかった。

 ベースラインから12週までにVASを使用して評価された食欲が改善した患者の割合は、OLZ群で有意に高かった(43% vs. 13%、p<0.001)。治療終了時に、FAACT ACSスコアが37を超えた15)のはOLZ群13例(22%)に対し、プラセボ群は2例(4%)であった(p=0.004)。

 SGAによって評価された栄養スコアは、プラセボ群9%と比較して、OLZ群では43%で改善され(p<0.0001)、重度の栄養失調であった患者の数はOLZ群7例(12%)、プラセボ群21例(39%)であった(p=0.001)。また、適切なカロリー摂取量の75%を達成できた患者の数は、OLZ群で30例(52%)、プラセボ群で10例(18%)(p<0.0001)であった。

 ベースラインと比較したQOLスコアの改善は、プラセボ群50%と比較して、OLZ群の70%の患者でみられた(p=0.003)。試験終了時には、OLZ群の患者はQOLスコアが低い割合がより低かった。

 ほとんどの毒性は非血液毒性であり、OLZ群とプラセボ群で同等(85% vs. 88%)であったが、grade 3以上の毒性の患者の割合は、OLZ群のほうが低かった(7例[12%]vs. 20例[37%]、p=0.002)。また、OLZ群の75%、プラセボ群の14%が第2サイクルの化学療法の用量を増加でき、化学療法耐性はOLZ群が優れていた。治験薬に起因する毒性は、OLZ群の23%、プラセボ群の15%にみられた。

 化学療法を開始する患者への低用量の継続的なOLZは、食欲増進と体重増加を引き起こす、安価で忍容性が高い治療であることが本試験で実証された。


日本語要約原稿作成:国立がん研究センター中央病院 薬剤部 陳 美樹



監訳者コメント:
Olanzapine 2.5mgの有効性と安全性

 本試験は低用量で持続的にOlanzapineを使用することが、癌患者の食欲改善効果を示すかどうか検証した試験である。Olanzapineの代表的な副作用として傾眠があるが、本試験では2例が傾眠を認めたのみで、症状が軽く、持続期間も短期間だったと報告されている。著者らはOlanzapineの服用時間を制吐療法で頻用される夜間(夕食後)には限定せずに使用し、2.5mgを用いたことで傾眠の頻度が低かったと考察している。本研究のプロトコールでは用意された有害事象評価シートに傾眠や眠気を記載する欄はなく、その他の副作用として収集されたと考えられる。また、有害事象評価はvisit毎に行われているため、Olanzapineの服用時間が一定していない本試験ではOlanzapine服用から評価時までの時間にばらつきがあり、Olanzapine関連有害事象を正確に把握できていたのかは疑問が残る。2.5mgの用量設定の根拠としては、Naingらの報告8)では2.5mgを開始用量とし3 + 3デザインで20mgまで観察し用量制限毒性(DLT)が認められなかった。また岡本らの報告9)は緩和ケアにコンサルトのあった951例中Olanzapineの処方があり看護記録から食欲の評価が可能な80例を対象に食欲改善割合をみた観察研究の投与量の平均値が2.28±0.87mgであったことから設定している。Olanzapineのインタビューフォームを参照しても統合失調症や双極性障害の開始用量は5mgであり2.5mgは用量調節のために設定された用量である。制吐療法における臨床試験においても、Olanzapineの用量設定は第I相から第III相試験が実施され5ないし10mgが開始用量とされている。食欲改善に関する第III相試験は本報告のみであり、用量探索試験も行われておらず2.5mgが適正な用量かを判断するには十分な議論が必要であろう。

  • 1) Molfino A, et al.: Clin Nutr. 40(6): 4037-4042, 2021 [PubMed]
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監訳・コメント:国立がん研究センター中央病院 薬剤部 橋本 浩伸

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