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10月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優

直腸癌

PROSPECT試験:局所進行直腸癌に対する術前治療としての単独化学療法(FOLFOX療法)と化学放射線療法の非盲検多施設共同無作為化比較第II/III相試験


Doborah Schrag, et al.: N Engl J Med. 389(4): 322-334, 2023

 局所進行直腸癌に対して、骨盤内化学放射線療法が骨盤内再発リスクを減少させ、有意に予後を改善することが示され、北米では1990年以降標準治療とされてきた1,2)。また、2004年には術前のFluorouracil併用の骨盤内化学放射線療法の術後療法に対する優越性が報告された3)。しかし、化学放射線療法にはQOLや身体機能の低下につながる毒性が伴う懸念がある。2004年以降、stage IIIの結腸癌に対するFOLFOXレジメンによる術後補助化学療法が確立され4)、さらにFOLFOX療法を放射線療法前に投与することで高い奏効率と関連することが報告されてきた5,6)。今回、括約筋温存手術を受ける局所進行直腸癌に対して、術前化学放射線療法に対する術前FOLFOX療法(原発巣の縮小が20%未満であった場合、またはFOLFOXが副作用のために中止された場合にのみ、選択的に化学放射線療法を施行する)の無病生存期間(DFS)における非劣性を検証する無作為化比較第II/III相試験(PROSPECT試験)の結果が報告された。

 本試験には、カナダ、スイス、米国の264施設が参加した。対象は、18歳以上、治療歴のない臨床病期T2N(+)、T3N(-)、T3N(+)のいずれかの局所進行直腸癌で、括約筋温存手術の適応となる患者を適格とした。深達度T4、4個以上のリンパ節腫大、もしくは画像評価で切除断端が3mm以内と見込まれるような進行例は除外された。患者は、化学療法単独群(FOLFOX群)と化学放射線療法群に1:1で無作為に割り付けられた。割付調整因子は、ECOG PS(0/1 vs. 2)であった。FOLFOX群は2週間毎にmFOLFOX療法を6コース投与され、その後画像評価が行われた。FOLFOX療法を5コース以上完遂できなかった患者、および画像評価で原発巣の縮小が 20%未満であった患者には化学放射線療法が実施された。また、R0手術が実施できなかった患者には術後の化学放射線療法が推奨された。R0手術を受けた患者に対しては、術後補助療法(FOLFOX療法6コース)が推奨された。一方、術前化学放射線治療群の患者に対しては、50.4Gy/28frの骨盤内放射線療法と併せてFluorouracil持続(225mg/m2/BSA/day)または経口Capecitabine(1,650mg/m2/day、5 days/week)が投与された。術後補助化学療法はFOLFOX療法8コースが推奨された。

 本試験はseamless第II/III相試験であり、2016年に第II相部分の基準が達成され第III相試験へと進められた。また、想定よりも再発イベントおよび死亡イベントが少なかったため、2021年にDFSと局所再発のco-primary endpointsからDFS単独の主要評価項目へと改訂された。本試験は非劣性検証デザインであり、解析対象はper-protocol集団とされた。副次評価項目は全生存期間(OS)、局所再発割合、R0切除割合、病理学的完全奏効割合、有害事象(CTCAE ver4.0)であった。本試験の統計学的設定において、帰無仮説は「FOLFOX群が化学放射線療法群と比較して5年DFSが5%より大きく下回る(ハザード比[HR]の閾値1.29を上回る)」であった。プロトコール改訂前に中間解析が一度実施され、αエラーを4.9%に制御して検出力を維持するため、予定されていた残りの中間解析は中止された。よって、FOLFOX群のHRの90.2%信頼区間(CI)の上限が1.29を超えなかった場合に帰無仮説は棄却され、FOLFOX群の化学放射線療法群に対する非劣性が検証されるデザインであった。

 試験は2012年6月~2018年12月に263施設から1,194例が登録され、両群597例ずつに無作為化された。66例は治療が実施されず、1,128例(FOLFOX群585例、化学放射線療法群543例)がper-protocolの解析対象となった。観察期間中央値58ヵ月の時点で、FOLFOX群の化学放射線療法群に対するDFSにおける非劣性が示された(HR=0.92、90.2% CI: 0.74-1.14、p=0.005)。5年DFSはFOLFOX群で80.8%(95% CI: 77.9-83.7)、化学放射線療法群で78.6%(95% CI: 75.4-81.8)であった。また、全登録例1,194例を対象とした解析においても、FOLFOX群の化学放射線療法群に対する非劣性は同様であった(HR=0.91、90.2% CI: 0.73-1.13、p=0.004)。副次評価項目であるOSにおいて、FOLFOX群の5年OSは89.5%、化学放射線療法群で90.2%と同等であった(HR=1.04、95% CI: 0.74-1.44)。また、局所再発についてもFOLFOX群で9例(術後5年時点局所再発割合1.8%)、化学放射線療法群で7例(術後5年時点局所再発割合1.6%)と同程度であった(HR=1.18、95% CI: 0.44-3.16)。R0切除割合はFOLFOX群で90.4%、化学放射線療法群で91.2%であり、解析対象の中で手術が実施された患者において、FOLFOX群で21.9%(117/535)、化学放射線療法群で24.3%(124/510)に病理学的完全奏効を認めた。FOLFOX群で9.1%(53例)が術前化学放射線療法を実施され、1.4%(8例)が術後化学放射線療法を実施された。FOLFOX群では74.9%(438/585)、化学放射線療法群では77.9%(423/543)に術後補助化学療法が実施された。

 術前治療中の有害事象では、FOLFOX群が化学放射線療法群と比べてgrade 3以上の全有害事象発生割合が高かった(41.0% vs. 22.8%)。ただし、FOLFOX群の術前治療期間は化学放射線療法群より約2倍長かった(少なくとも12週間vs. 5.5週間)。末梢神経障害はFOLFOX群で頻度が高く重度であり、下痢は化学放射線療法群で頻度が高かった。FOLFOX群の術前治療中の最も頻繁なgrade 3以上の有害事象は好中球減少(20.3%)、疼痛(3.1%)、高血圧(2.9%)であった。一方、化学放射線療法群ではリンパ球減少(8.3%)、下痢(6.4%)、高血圧(1.7%)であった。術後補助化学療法を受けた患者において、FOLFOX群は化学放射線療法群よりもgrade 3以上の全有害事象発生割合が低かった(25.6% vs. 32.6%)。FOLFOX群の術後補助化学療法中の最も頻繁なgrade 3以上の有害事象は好中球減少(3.9%)、下痢(2.7%)、低Na血症(2.3%)であった。一方、化学放射線療法群では下痢(5.2%)、脱水(4.3%)、リンパ球減少(4.3%)であった。両群において予期せぬ有害事象の発生は認められなかった。

 以上の結果より、括約筋温存術の適応となる臨床病期T2N(+)、T3N(-)、T3N(+)の局所進行直腸癌に対して、術前FOLFOX療法(選択的化学放射線療法を併施)の術前化学放射線療法に対するDFSにおける非劣性が検証され、北米における標準治療の一つとなる可能性が示唆された。本試験では、術前FOLFOX療法を施行される患者のうち、89.6%の患者は放射線治療の介入を避けることができ、OSについても両群で同等であった。近年の局所進行直腸癌に対する治療開発は目覚ましく、非手術的治療を含めて治療選択肢は増加しており、腫瘍の特異性に基づいたオーダーメイド治療が進められている。再発リスクや副作用に応じて治療強度や手段を選択する必要があり、本試験で得られた知見により、局所進行直腸癌に対する術前治療の選択肢がさらに広げられる可能性が示唆された。


日本語要約原稿作成:国立がん研究センター東病院 消化管内科 橋本 直佳



監訳者コメント:
PROSPECT試験の日本の実臨床への影響

 過去の後方視的解析で、EUS、MRIでT3N0と診断された症例の22%にリンパ節転移が認められるなど術前病期診断の精度は十分でないと考えられてきた7)。そのため北米ではstage II/IIIの症例に対して、原則術前化学放射線治療が行われてきた。一方欧州のガイドラインではearlyの症例(cT3a/b cN0[上部直腸ではN1も]・MRF陰性・EMVI陰性の上中部直腸癌)とintermediateの症例(cT3a/b・肛門挙筋に浸潤なし・MRF陰性の下部直腸癌、cT3a/b・cN1-2[節外浸潤なし]・EMVIなしの上中部直腸癌)ではTME単独がまず検討され、すべてのstage II/III症例に術前化学放射線療法を行うのは過剰な治療になり得ると認識されていた8)。本邦の実臨床でも欧州と同様に術後局所再発リスクの高い症例(欧州のガイドラインにおけるlocally advancedまたはadvanced)に限定して術前化学放射線療法が行われてきた。

 本試験により括約筋温存術の適応となる臨床病期T2N(+)、T3N(-)、T3N(+)症例に術前FOLFOX療法の術前化学放射線療法に対するDFSにおける非劣性が検証され、北米でもstage II/IIIの症例に対する再発リスクに応じた術前化学放射線療法の実施が今後普及していくと考える。一方本試験の対象は本邦では、通常手術単独治療(TME)と術後の病理診断に基づく化学療法・化学放射線療法が行われる対象であり、本邦の実臨床に与えるインパクトはわずかである。術前に化学療法・化学放射線療法を行うtotal neoadjuvant therapy(TNT)を行う対象は本試験の対象より病勢進行が認められるlocally advancedまたはadvancedの症例であり、再発リスクに応じた治療開発の推進は引き続き必要である。

  • 1) Gastrointestinal Tumor Study Group: N Engl J Med. 312(23): 1465-1472, 1985 [PubMed]
  • 2) JAMA. 264(11): 1444-1450, 1990 [PubMed]
  • 3) Sauer R, et al.: N Engl J Med. 351(17): 1731-1740, 2004 [PubMed]
  • 4) André T, et al.: N Engl J Med. 350(23): 2343-2351, 2004 [PubMed]
  • 5) Chau I, et al.: J Clin Oncol. 24(4): 668-674, 2006 [PubMed]
  • 6) Fernández-Martos C, et al.: J Clin Oncol. 28(5): 859-865, 2010 [PubMed]
  • 7) Guillem JG, et al.: J Clin Oncol. 26(3): 368-373, 2008 [PubMed]
  • 8) Glynne-Jones R, et al.: Ann Oncol. 28(suppl_4): iv22-iv40, 2017 [PubMed]

監訳・コメント:国立がん研究センター東病院 消化管内科 坂東 英明

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