3月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優
大腸癌
転移性大腸癌に対するPanitumumab+化学療法における生存期間のバイオマーカーとしてのベースラインのctDNA遺伝子変化(PARADIGM試験のバイオマーカー解析)
Kohei Shitara, et al.: Nat Med. February 12, 2024 [Online ahead of print]
RAS遺伝子野生型の転移性大腸癌の標準1次治療は、抗EGFR抗体薬(Panitumumab、Cetuximab)もしくは抗VEGF抗体薬(Bevacizumab)併用化学療法とされている1)。
日本国内で実施されたPARADIGM試験では、RAS遺伝子野生型大腸癌の1次治療として、原発巣が左側(下行結腸、S状結腸、直腸S状部、直腸)および全体集団のいずれにおいてもmFOLFOX+抗EGFR抗体薬(Panitumumab)療法がmFOLFOX+抗VEGF抗体薬(Bevacizumab)療法と比較して主要評価項目である全生存期間(OS)を有意に延長することが明らかであると示された2)。一方、原発巣が右側の集団では抗EGFR抗体薬と抗VEGF抗体薬の有効性は同等であった2)。
転移性大腸癌における抗EGFR抗体薬の治療効果の違いは、BRAF V600E遺伝子変異やMSI-Hなどの抗EGFR抗体薬への耐性に関連する腫瘍遺伝子および分子プロファイリングに起因している3-5)。個々の複数の分子マーカーを検査することで、転移性大腸癌に対するより正確な治療選択に繋がる可能性がある6)。
抗EGFR抗体薬の恩恵を受ける可能性が最も高い患者の分子マーカーを特定するために、過去の研究では抗EGFR抗体薬耐性に関連する広範囲な遺伝子パネル検査の確立に取り組んできた。それらの研究において、腫瘍生検サンプルを使用した遺伝子パネル検査が検出した遺伝子変異が、原発巣の占拠部位と同様に抗EGFR抗体薬の効果予測となることが実証された7)。
リキッドバイオプシーによるがん細胞から放出された血中循環腫瘍DNA(ctDNA)の解析は、腫瘍生検に代わる低侵襲の代替手段であり、抗EGFR抗体薬の恩恵を受ける可能性のある患者をより適切に特定できる可能性がある8,9)。
本研究では、PARADIGM試験の参加患者から採取されたリキッドバイオプシー検体を用いてctDNAを解析し、mFOLFOX+Panitumumab療法とmFOLFOX+Bevacizumab療法の治療効果との関連を示すバイオマーカー研究を行った。
PARADIGM試験に参加した患者802例のうち、ctDNA評価が可能であった733例(91.4%)を対象としてctDNAを解析した。ctDNAは90の遺伝子変異、26の増幅、3の再構成について遺伝子パネル検査を用いて測定・解析され、その中で事前に抗EGFR抗体薬耐性との関連があるとされる遺伝子異常(BRAF V600E、KRAS、NRAS、PTEN、EGFR ECD、HER2およびMET増幅、RET、NTRK1、ALK融合)を有さない患者は530例(72.3%)であった。少なくとも一つ以上の遺伝子異常を有する患者は203例(27.7%)であった。原発巣占居部位が左側のほうが右側と比較して遺伝子異常陰性率が高かった(左側79.4%[440/554]vs. 右側50.3%[85/169])。
全体集団におけるOSは、mFOLFOX+Panitumumab療法(Panitumumab群)でMST 35.6ヵ月、mFOLFOX+Bevacizumab療法(Bevacizumab群)でMST 31.6ヵ月であった(HR=0.87、95% CI: 0.73-1.02)。左側かつ遺伝子異常を有さない集団において、Panitumumab群でMST 42.1ヵ月、Bevacizumab群でMST 35.5ヵ月であり(HR=0.76、95% CI: 0.61-0.95)、Panitumumab群で有意なOSの延長を認めた。また、右側かつ遺伝子異常を有さない集団において、Panitumumab群でMST 38.9ヵ月、Bevacizumab群でMST 30.9ヵ月であり(HR=0.82、95% CI: 0.50-1.35)、Panitumumab群で良好な傾向であった。遺伝子異常を有さない集団全体では、Panitumumab群でMST 40.7ヵ月、Bevacizumab群でMST 34.4ヵ月であり(HR=0.76、95% CI: 0.62-0.92、p=0.037)、Panitumumab群で有意なOSの延長を認めた。
一方、何らかの遺伝子異常を有する集団においては、左側・右側・全体集団のいずれの集団でもPanitumumab群のMSTはBevacizumab群と同等かもしくは劣っていた。
遺伝子異常を有さない集団における無増悪生存期間(PFS)中央値は、原発巣占居部位にかかわらず同等であったが、何らかの遺伝子異常を有する集団においては、右側、集団全体でPanitumumab群のPFSがBevacizumab群と比較して有意に短いことが示された。
奏効割合については、遺伝子異常を有さない集団で右側では差が小さいものの(+5.4%)、左側、右側、集団全体でPanitumumab群がBevacizumab群よりも高い奏効割合を示した。何らかの遺伝子異常を有する集団においては、いずれの集団でもPanitumumab群がBevacizumab群よりも奏効割合が低い傾向にあった。
奏効の深さ(DOR)に関して、遺伝子異常を有さない集団では、左側・右側・全体集団のすべての集団で有意にDORがPanitumumab群で高く、何らかの遺伝子異常を有する集団では、左側および集団全体では同等、右側ではPanitumumab群でBevacizumab群と比較して有意にDORが低かった。
根治切除率についても、遺伝子異常を有さない集団においては左側および集団全体で有意に根治切除率が高く、何らかの遺伝子異常を有する集団においてはいずれも同等であった。
現在臨床で使用されているバイオマーカーであるRAS/BRAF遺伝子、MSI statusについても解析され、ctDNA測定可能患者733例のうち598例(81.6%)がRAS/BRAF遺伝子野生型かつMSS/MSI-Lであり、そのうち497例(67.8%)が左側原発、96例(13.1%)が右側原発であった。全体の135例(18.4%)にRAS/BRAF遺伝子変異が認められ、20例(2.7%)がMSI-Hであった。
RAS/BRAF遺伝子野生型・MSS/MSI-Lの集団におけるPanitumumab群とBevacizumab群のMSTの比較では、左側(40.6ヵ月vs. 34.8ヵ月、HR=0.79、95% CI: 0.64-0.97)、右側(37.9ヵ月vs. 30.9ヵ月、HR=0.94、95% CI: 0.60-1.48)、全体集団(39.0ヵ月vs. 34.1ヵ月、HR=0.79、95% CI: 0.66-0.96)といずれの集団においてもPanitumumab群で良好な結果であった。
PFS中央値、奏効率、DOR、治癒切除率に関しても、RAS/BRAF遺伝子野生型・MSS/MSI-Lの集団では原発占居部位によらずPanitumumab群で良好な結果であった。
以上より、転移性大腸癌に対する1次治療の分子標的薬選択において、ctDNA解析による抗EGFR抗体薬抵抗性関連遺伝子異常の特定は、原発部位による治療選択よりも適切に抗EGFR抗体薬が有効である患者を選択できる可能性があることが示された。
日本語要約原稿作成:久留米大学病院 がん集学治療センター 長主 祥子
監訳者コメント:
ctDNA遺伝子異常は転移性大腸癌における抗EGFR抗体薬の治療効果を予測できるか?
本研究はRAS野生型を対象にしたPARADIGM試験に付随したバイオマーカー解析であり、2023年のASCO-GIで“Negative hyperselection of patients with RAS wild-type metastatic colorectal cancer for panitumumab: A biomarker study of the phase III PARADIGM trial”のタイトルで国立がん研究センター東病院の設樂氏によって発表された10)。RAS遺伝子以外にも、ROS1、ALK、NTRK融合遺伝子やHER2遺伝子増幅などは抗EGFR抗体薬の効果が乏しいことが既に報告されている11,12)。本研究では事前に規定していた抗EGFR抗体薬耐性と関連があるとされる遺伝子異常(BRAF V600E、KRAS、NRAS、PTEN、EGFR ECD、HER2とMET増幅、RETとNTRK1とALK融合)を解析し、予後との関連を原発部位と比較して検証していることに意義がある。これらの遺伝子異常が左側で約20%、右側で約50%に認められたことは非常に興味深い。結果として、左側でも遺伝子異常を認めた場合は抗EGFR抗体薬の効果は乏しい反面、右側で遺伝子異常を認めない場合は抗EGFR抗体薬の効果が期待できることが明らかになった。原発部位における分子標的薬の治療効果の違いはこのような遺伝子異常と関連していることが示唆される。治療前に抗EGFR抗体薬耐性の関連遺伝子をctDNAでhyperselectionすることで、原発部位にかかわらず抗EGFR抗体薬の効果を期待できる可能性が高いと考えられるため、今後はこれらのバイオマーカー検査の速やかな臨床導入が待たれる。
- 1) Morris VK, et al.: J Clin Oncol. 41(3): 678-700, 2023 [PubMed]
- 2) Watanabe J, et al.: JAMA. 329(15): 1271-1282, 2023 [PubMed]
- 3) Dienstmann R, et al.: Nat Rev Cancer. 17(2): 79-92, 2017 [PubMed]
- 4) Yamauchi M, et al.: Gut. 61(6): 847-854, 2012 [PubMed]
- 5) Lee MS, et al.: J Natl Compr Canc Netw. 15(3): 411-419, 2017 [PubMed]
- 6) Sorscher S: J Clin Oncol. 37(25): 2291, 2019 [PubMed]
- 7) Kind AJ, et al.: J Clin Oncol. 40(16_suppl): abstr 3536, 2022
- 8) Grasselli J, et al.: Ann Oncol. 28(6): 1294-1301, 2017 [PubMed]
- 9) Vidal J, et al.: Ann Oncol. 28(6): 1325-1332, 2017 [PubMed]
- 10) Shitara K, et al.: J Clin Oncol. 41(4_suppl): abstr 11, 2023
- 11) Pietrantonio F, et al.: J Natl Cancer Inst. 109(12): djx089, 2017 [PubMed]
- 12) Sartore-Bianchi A, et al.: Oncologist. 24(10): 1395-1402, 2019 [PubMed]
監訳・コメント:久留米大学病院 がん集学治療センター 三輪 啓介
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