4月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優
大腸癌
CALGB/SWOG 80405における切除不能進行・再発大腸癌患者ではHER2遺伝子発現レベルが予後/効果予測因子となりうる
Francesca Battaglin, et al.: J Clin Oncol. March 8, 2024 [Online ahead of print]
ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)の遺伝子増幅は、大腸癌の2~3%、RAS野生型に限ると5%の症例で検出される。大腸癌の予後予測バイオマーカーとしてのHER2遺伝子の意義は議論が分かれている。一方、HER2は大腸癌におけるドライバー遺伝子であり治療標的となることが既に分かっており1-3)、NCCNガイドラインでは抗HER2療法の適応を判断するために、診断時にHER2増幅検査を行うことを推奨している4)。また、HER2遺伝子増幅は抗EGFR抗体薬への抵抗性に関与する因子と考えられているが、決定的なエビデンスはないため、さらなる研究が必要とされている5,6)。
近年、次世代シーケンサー(NGS)技術の進歩により、新たな分子プロファイリングデータを利用する機会が増え、新たな予後/効果予測因子を探索する研究が可能になった7)。HER2の遺伝子増幅と遺伝子発現の違いを明らかにすることで、HER2遺伝子のもつバイオマーカーとしての意義について新たなエビデンスを示すことができる可能性がある。本研究では、CALGB/SWOG 80405試験に登録された大腸癌患者において、HER2遺伝子発現の予後/効果予測因子としての有用性を明らかにすることを目指した。
CALGB/SWOG 80405は、切除不能進行・再発大腸癌の一次治療例を対象に、FOLFOXまたはFOLFIRIとの併用下でCetuximab、Bevacizumab、Cetuximab+Bevacizumabの効果を比較検証した無作為化第III相試験である8)。試験開始後、KRAS変異型では抗EGFR抗体薬の効果が乏しいこと、また抗EGFR抗体薬と抗VEGF抗体薬の併用は有効でないというエビデンスが報告されたため、登録はKRAS野生型のみに限定され、Cetuximab+Bevacizumab併用群の登録も中止となった。
本バイオマーカー研究の対象者は、CALGB/SWOG 80405に参加した患者のうち、NanoStringによる遺伝子発現データが解析されている925例である。このうち505例はFoundationOne CDxによるNGSデータも解析されていた。
本研究ではHER2遺伝子発現の予後/効果予測因子としての意義について、遺伝子発現レベルを全体集団の中央値で二分化する方法と、連続変数として評価する方法の2パターンで解析した。中央値で二分化する方法では、HER2遺伝子発現が中央値よりも高い患者と低い患者の治療アウトカムについて、全生存期間(OS)と無増悪生存期間(PFS)はログランク検定を、客観的奏効割合(ORR)はカイ二乗検定を用いて比較した。一方、HER2遺伝子発現レベルを連続変数として評価する際には、中央値をノットとした線形スプライン法を用いてモデル化した。計3パターンのモデル化を行い、モデル1は調整因子なし、モデル2は臨床学的因子で調整、モデル3はさらに分子生物学的因子(BRAF、RAS、MSIステータス)も加えて調整した。HER2遺伝子発現レベルの第一四分位(Q1)、第二四分位(Q2)、第三四分位(Q3)における治療群間の効果の差を推定した。OSとPFSに関する多変量解析にはCOX回帰を、ORRに関する多変量解析にはロジスティック回帰を用いた。また、NGSデータとNanoStringデータの両方を有する患者集団、RAS/BRAF野生型かつnon-MSI highの患者集団、CetuximabまたはBevacizumabのみ1剤を併用した患者集団においても同様のモデルを適用し、感度分析を行った。p値の有意水準は0.05(interaction testでは0.1)と設定した。
HER2遺伝子発現の中央値(467)で二分化した場合の患者背景は、HER2高発現群と低発現群で概ね同様であったが、BRAF変異の頻度はHER2低発現群のほうが多かった(16.9% vs. 7.5%、p=0.0001)。NGSデータのある505例のうち、16例(3%)でHER2遺伝子増幅を認め、これらはすべてMSSの症例であった。HER2遺伝子増幅の有無はHER2遺伝子発現レベルと有意に相関していた(遺伝子増幅があると遺伝子発現レベルが高い)。また、HER2遺伝子変異は10例に認めており、HER2遺伝子増幅が併存する症例はいなかった。
HER2遺伝子発現の中央値で二分化した場合、HER2高発現群ではHER2低発現群よりも有意にOS(中央値:32ヵ月vs. 25.3ヵ月、p=0.033)、PFS(中央値:11.6ヵ月vs. 10ヵ月、p=0.012)、ORR(63.6% vs. 55.3%、p=0.010)が良好であった。また、HER2高発現群ではCetuximabを投与された患者のほうがBevacizumabを投与された患者よりもOSが有意に長かった(中央値:35ヵ月vs. 33.6ヵ月、p=0.02)。一方、HER2低発現群ではCetuximabを投与された患者のほうがBevacizumabを投与された患者よりもPFSが有意に短かった(中央値:9.2ヵ月vs. 11ヵ月、p=0 .020)。ORRは治療群間で有意差を認めなかった。
なお、HER2遺伝子増幅はOS、PFS、ORRいずれにおいても有意な予後/効果予測因子ではなかった(OS中央値:28.9ヵ月vs. 30.3ヵ月、p=0.43;PFS中央値:13.5ヵ月vs. 10.9ヵ月、p=0.91;ORR:75.1% vs. 59.1%、p=0.20;interaction test:OSにおいてp=0.58、PFSにおいてp=0.76)。
HER2遺伝子発現を連続変数として扱った場合、HER2遺伝子発現レベルとOS/PFSの関係は非線形であった。すなわち、HER2遺伝発現レベルが中央値より下の範囲までは遺伝子発現が増加するごとに生存期間の増加を示したが、中央値より上の範囲になるとHER2遺伝子発現が増加しても生存期間は増加せずプラトーに達していた。HER2遺伝子発現レベルが中央値より下の範囲では、遺伝子発現が100増加するごとのOSの調整ハザード比(モデル3)は0.83(p=0.0007)、PFSの調整ハザード比(モデル3)は0.82(p=0.0002)、ORRの調整オッズ比(モデル2)は1.27(p=0.016)であった。一方、HER2遺伝子発現レベルが中央値よりも上の範囲では、この関連は弱まり、遺伝子発現が増加してもOS、PFS、ORRのさらなる改善は認めなかった。また、HER2遺伝子発現の低い患者ではCetuximabでの治療はBevacizumabでの治療よりもPFS(モデル3でのQ1におけるハザード比:1.38、p=0.0027)とOS(モデル2でのQ1における調整ハザード比:1.28、p=0.03)が悪かった。ORRに関しては、いずれのモデルにおいても、いずれの四分位時点でも、Cetuximab vs. Bevacizumabの効果の差に統計学的有意性は示されなかった。モデル3でのinteraction testでは、OS(p=0.017)、PFS(p=0.048)、ORR(p=0.001)のいずれに関してもHER2遺伝子発現と治療(Cetuximab vs. Bevacizumab)の間に有意な交互作用が示された。
HER2の遺伝子増幅と遺伝子発現の両方のデータを有する患者集団における感度分析では、HER2遺伝子発現は、HER2遺伝子増幅の状態とは独立して、OSとPFSの両方に関連する予後/効果予測因子であり、これは複数の共変量で調整した後でも同様であった。HER2遺伝子発現レベルが中央値未満かつHER2遺伝子増幅を認めない患者において、HER2遺伝子発現が高いほどOSおよびPFSが良好であった(モデル3でのOSのp値:0.016、PFSのp値:0.027)。また、同様の患者において、Cetuximabでの治療はBevacizumabでの治療よりもOS(モデル2でのQ1におけるp値:0.04)およびPFS(モデル3でのQ1におけるp値:0.005)が悪かった。HER2遺伝子増幅の有無にかかわらず、HER2遺伝子発現が中央値より高い場合は、HER2遺伝子発現とOS/PFSとの間に有意な関連は認めなかった。また、RAS/BRAF野生型かつnon-MSI highの患者集団における二次感度分析、CetuximabまたはBevacizumabのみ1剤を併用した患者集団における三次感度分析でも、同様のパターンが示された。
以上のように、切除不能進行・再発大腸癌に対するCetuximabまたはBevacizumab併用の一次治療において、HER2遺伝子発現が予後予測因子かつ効果予測因子として有用である可能性が示された。本研究結果から、HER2遺伝子発現レベルの低い患者に対してはCetuximabよりもBevacizumabを一次治療で併用するのがよいかもしれない。
日本語要約原稿作成:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 小川 和起
監訳者コメント:
HER2遺伝子発現は切除不能進行・再発大腸癌の一次治療において予後予測/効果予測バイオマーカーとなる可能性が示された
切除不能進行・再発大腸癌においてHER2タンパク高発現や遺伝子増幅は抗HER2療法の治療標的としてvalidateされているものの、それらのprognostic valueについてはこれまで一貫した結果が得られていなかった。本研究はCALGB/SWOG 80405試験のバイオマーカー研究であり、HER2遺伝子発現が切除不能進行・再発大腸癌の一次治療において有意なprognostic markerであり、かつ併用抗体薬(抗EGFR抗体薬または抗VEGF抗体薬)を選択する際に有用なpredictive markerとなる可能性を初めて示した重要な報告である。
連続変数である遺伝子発現をバイオマーカーとして解析する際、中央値で二分化する方法(dichotomizing)はシンプルであり、結果を解釈しやすいメリットがある一方で、連続変数のもつ情報が制限されることや、中央値をcut offとすることの妥当性が不明であるというデメリットを伴う。本研究では従来のdichotomizingでの手法に加えて、スプライン法を解析モデルに組み込むことで、HER2遺伝子発現を連続変数のまま、より厳密にprognostic valueを求めたことが特記すべき点である。その結果、HER2遺伝子発現レベルが中央値付近までは遺伝子発現が増加するほど予後が良くなるが、中央値を超えると遺伝子発現レベルによって予後がほとんど左右されない、という非線形性を示すprognostic markerの特徴が明らかになった。また、predictive valueについては、中央値で二分化した解析ではHER2高発現群での治療効果はCetuximab>Bevacizumabで、HER2低発現群では逆にBevacizumab>Cetuximabであった。しかし、この解析法におけるinteraction testの結果は本論文で示されていなかったため、中央値をcut offとした場合のpredictive valueの妥当性は不明である点には留意する必要がある。一方、HER2遺伝子発現を連続変数として扱った解析では、いくつかのモデルでHER2遺伝子発現と治療法(Cetuximab/Bevacizumab)の間に有意な交互作用が示されたが、詳細をみると、第一四分位(Q1)でのみBevacizumab>Cetuximabの結果となっており、第二四分位(Q2)や第三四分位(Q3)ではCetuximabとBevacizumabの効果に有意な差を認めていない。したがって、HER2遺伝子発現レベルが極端に低い症例ではBevacizumabを選択したほうがよい可能性があるが、適切なcut offは不明である。
本研究結果からは、HER2遺伝子発現のprognostic markerとしての特徴が明らかとなった。一方、predictive markerとして有用なcut offは不明であり、一次治療選択の際のバイオマーカーとしてHER2遺伝子発現を臨床導入することはまだできない。しかしながら、HER2低発現の患者集団ではRAS野生型であっても抗EGFR抗体薬ではなく抗VEGF抗体薬を選択したほうがよい可能性が示唆されたことは重要な結果であり、今後のvalidation studyが待たれる。
- 1) Sartore-Bianchi A, et al.: ESMO Open. 5(5): e000911, 2020 [PubMed]
- 2) Tosi F, et al.: Clin Colorectal Cancer. 19(4): 256-262.e2, 2020 [PubMed]
- 3) Siena S, et al.: Ann Oncol. 29(5): 1108-1119, 2018 [PubMed]
- 4) NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology: Colon Cancer, Version 3.2023
- 5) Sartore-Bianchi A, et al.: Oncologist. 24(10): 1395-1402, 2019 [PubMed]
- 6) Raghav K, et al.: JCO Precis Oncol. 3: 1-13, 2019 [PubMed]
- 7) Randon G, et al.: Clin Cancer Res. 29(20): 4021-4023, 2023 [PubMed]
- 8) Venook AP, et al.: JAMA. 317(23): 2392-2401, 2017 [PubMed]
監訳・コメント:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 新井 裕之
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