10月
監修:国立がん研究センター中央病院 消化管内科/頭頸部・食道内科 科長 加藤 健
胃癌
HER2陽性進行胃癌におけるTrastuzumab Deruxtecan:無作為化第II相DESTINY-Gastric01試験の探索的バイオマーカー解析
Kohei Shitara, et al.: Nat Med. 30(7): 1933-1942, 2024
背景
Trastuzumab Deruxtecan(T-DXd)は抗HER2抗体の抗体薬物複合体(ADC)として、さまざまなHER2陽性固形癌に有効性を示す薬剤の一つである1)。HER2陽性胃または食道胃接合部癌患者における有効性を示した試験として、DESTINY-Gastric01試験がある。HER2がIHCスコア3+または2+/ISH陽性症例において、T-DXd群ではORR=51%、OS(中央値)12.5ヵ月と良好な成績を示した2)。しかしながら、HER2陽性胃癌は、乳癌などのHER2陽性固形癌と比較して、腫瘍内の不均一性が高いこと(空間的不均一性)3,4)や、他の抗HER2療法後にHER2発現の低下が報告されていること(時間的不均一性)5-7)から、より適切なバイオマーカーが必要となる。
方法
本研究は、DESTINY-Gastric01試験のバイオマーカー解析である。ベースライン時の腫瘍組織を用いて、IHCやISH、RNA sequencingなどを実施している。Liquidバイオプシーとしては、Guardant OMNIパネルを使用したctDNAアッセイを実行した。血清HER2 ECD値は、ADVIA Centaur HER2/neu assayを用いて測定した。
結果
ベースライン時のHER2 statusと治療効果
IHCスコアやRNA発現(カットオフ:中央値9.72)が高い、血漿HER2増幅ありまたはcopy number(カットオフ:18.2)増加、血清HER2ECD(カットオフ:14.4ng/mL)が高値、HER2機能獲得(GoF)変異のあることでORRが高く、OSも延長傾向を示した。
・HER2 IHC 3+ vs. IHC 2+/ISH+:ORR 58.2%(95% CI: 47.4-68.5%)vs. 28.6%(95% CI: 13.2-48.7%)、OS 12.9ヵ月(95% CI: 10.3-18.1ヵ月)vs. 10.1ヵ月(95% CI: 5.4-13.2ヵ月)
・HER2 mRNA高発現 vs. 低発現:ORR 81.2%(95% CI: 54.4-96.0%)vs. 23.5%(95% CI: 6.8-49.9%)、OS 21.2ヵ月(95% CI: 8.1-NAヵ月)vs. 8.6ヵ月(95% CI: 6.5-13.0ヵ月)
・血漿HER2増幅あり vs. 増幅なし:ORR 60.6%(95% CI: 48.3-72.0%)vs. 34.2%(95% CI: 19.6-51.4%)、OS 12.1ヵ月(95% CI: 9.1-16.6ヵ月)vs. 13.0ヵ月(95% CI: 7.7-17.6ヵ月)
・Copy number高値 vs. 低値:ORR 78.6%(95% CI: 63.2-89.7%)vs. 34.3%(95% CI: 23.2-46.9%)、OS 16.6ヵ月(95% CI: 12.5-NAヵ月)vs. 8.6ヵ月(95% CI: 7.6-13.0ヵ月)
・血清HER2ECD高値 vs. 低値:ORR 60.6%(95% CI: 47.8-72.4%)vs. 40.4%(95% CI: 27.0-54.9%)、OS 14.3ヵ月(95% CI: 10.8-21.2ヵ月)vs. 10.1ヵ月(95% CI: 7.6-12.1ヵ月)
・IHC 3+かつHER2 GoF変異を伴う患者のORR:87.5%
HER2-low(IHC 2+/ISH-、IHC 1+)コホートでも、同様にECD値や血漿copy numberがORRやOSと相関していた。
・HER2 IHC 2+/ISH- vs. IHC 1+:ORR 36.8%(95% CI: 16.3-61.6%)vs. 19.0%(95% CI: 5.4-41.9%)
・HER2 mRNA高発現 vs. 低発現:ORR 22.2%(95% CI: 2.8-60.0%)vs. 0%(95% CI: 0-70.8%)
・血漿HER2増幅あり vs. 増幅なし:ORR 40.0%(95% CI: 5.3-85.3%)vs. 23.3%(95% CI: 9.9-42.3%)
・血清HER2ECD高値 vs. 低値:ORR 36.7%(95% CI: 19.9-56.1%)vs. 0%(95% CI: 0-30.8%)
ctDNAでのHER2増幅と組織における発現状況
ctDNAとIHCでの発現に、高い一致率が認められており、陽性一致率が64%、陰性一致率が86%であった。HER2 copy numberやmRNA発現、血清HER2ECD値とは、IHCのHER2発現と相関を認めた。
Trastuzumab(Tmab)使用前後でのHER2発現とT-DXdの治療効果
Tmab使用前に採取した組織と使用中・使用後に採取した組織を用いたHER2発現の評価を行った2集団が本試験には含まれたが、両群ともT-DXdが有効であることが示された(48.8%、56.8%)。
ベースライン時の遺伝子変異パターンとORR
治療前ctDNA解析から、TP53・HER2・CCNE1、EGFR遺伝子の変異が高頻度で認められた(77%、52%、28%、28%)。MET・EGFR・FGFR2遺伝子増幅を有する症例で、ORRが低値となる傾向があった(MET増幅:ORR 25%、EGFR増幅:ORR 32.1%、FGFR2増幅:ORR 0%)。また、bTMB≦20でややORRが高値であった(55.1% vs. 41.9%)。さらに、KRAS/NRAS活性化変異を有する症例はORR 50.0%(野生型は51.6%)、PIK3CA GoF変異を有する症例はORR 33.3%(野生型は53.0%)であった。
治療終了時の遺伝子変異パターン
明らかな傾向などは認められなかったが、ctDNAでのHER2増幅を有する症例が45%から33%へ減少していた。
まとめ
HER2胃癌は前述の通り、HER2遺伝子発現に空間的・時間的heterogeneityが存在しており、適切なバイオマーカー探索は喫緊の課題である。IHCと治療効果との相関だけでなく、ctDNAでの遺伝子増幅やmRNAレベルなど多角的な観点からバイオマーカーの探索を行った研究である。
日本語要約原稿作成:関西医科大学 呼吸器腫瘍内科学講座 生駒 龍興
監訳者コメント:
Trastuzumab DeruxtecanのバイオマーカーはHER2だけでよいのか?
Trastuzumab Deruxtecan(T-DXd)はHER2陽性の切除不能胃癌に対して三次治療において高い有効性を示していたが、今回DESTINY-Gastric01試験のバイオマーカー解析が報告され、ベースラインのバイオマーカー解析においてHER2が2+の症例においてはHER2が3+の症例と比較し有効性が低下していた。これはリキッドバイオプシーでのHER2増幅、copy numberおよびECDも同様で治療前の各リキッドバイオプシーもT-DXdの効果予測に有用であった。またリキッドバイオプシーでHER2増幅がない症例でも奏効率が34.2%と良好な結果であった。探索的コホートのHER2低発現症例に関してもリキッドバイオプシーで効果予測につながっており、治療前のHER2に関するリキッドバイオプシーも効果予測に有用である可能性が示されているが、現状ではHER2 2+では効果が落ちるものの約30%の奏効率で他治療の成績よりは優れており、アーカイブの検体でHER2陽性であれば三次治療でT-DXdを使用して問題ないと考える。
Trastuzumabの耐性機序として、CCNE1・CDKN2A・TP53やMYCなどの遺伝子が知られている。特にCCNE1は本邦からの報告で、ERBB2との共増幅はHER2陽性の腫瘍の41%でみられ、この組み合わせが治療の予後不良の予測因子となることが示唆されている8)。今回の治療前解析では症例数が少ないものの、MET・EGFR・FGFR2遺伝子増幅およびPIK3CAの機能獲得変異を有する症例への効果は低下している傾向があった。今後これらTrastuzumabの耐性にも関連する遺伝子変化がT-DXdの効果に影響するのか、より多数の症例での検討などの研究が必要である。
また、治療後にctDNAでのHER2増幅を有する症例が45%から33%へ減少していたことと、3例にTOP1遺伝子の獲得性変異が認められたことが報告されている。TOP1遺伝子はDNAトポイソメラーゼIをコードしており、これらの後天性TOP1変異の存在は、TOP1の直接的変異がDeruxtecan耐性をもたらすことによりT-DXd耐性に寄与する可能性を示唆している。乳癌におけるT-DXdの第II相試験であるDAISY試験でもDNA損傷の修復にかかわるSLX4遺伝子が耐性に関連している可能性が示唆されており9)、今後Deruxtecanの耐性に関与する遺伝子変異がどのくらいの頻度で存在し、T-DXdの効果にどう関連するのかも研究が待たれるところである。今後T-DXdのような抗体薬物複合体において、抗体側の耐性および薬物側の耐性が効果にどのような影響をもたらすのかは重要な課題となってくると考えられる。
- 1) Ogitani Y, et al.: Clin Cancer Res. 22(20): 5097-5108, 2016 [PubMed]
- 2) Shitara K, et al.: N Engl J Med. 382(25): 2419-2430, 2020 [PubMed]
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- 8) Yamaguchi K, et al.: JCO Precis Oncol. 8: e2300681, 2024 [PubMed]
- 9) Mosele F, et al.: Nat Med. 29(8): 2110–2120, 2023 [PubMed]
監訳・コメント:一宮西病院 腫瘍内科 松本 俊彦
GI cancer-net
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