11月
監修:愛知県がんセンター 薬物療法部 医長 谷口 浩也
大腸癌
高齢者の切除不能進行再発大腸癌に対して、フッ化ピリミジン+BevacizumabにOxaliplatinを上乗せする意義を検討した無作為化比較第III相試験(JCOG1018)
Atsuo Takashima, et al.: J Clin Oncol. 42(33): 3967-3976, 2024
背景
大腸癌の罹患率は年齢に伴い上昇する傾向がある。欧米では新規大腸癌患者の60%以上が65歳以上であり1,2)、日本では約62%が70歳以上である3)。世界的な高齢化に伴い、今後高齢の大腸癌患者は増加すると予想される。高齢者の転移性大腸癌(metastatic colorectal cancer: MCRC)に対する治療は、基本的に若年者と同様である。しかし、高齢者は加齢に伴う臓器機能の低下や併存疾患を抱えている場合があり、リスクとベネフィットのバランスが若年者とは異なる。それにもかかわらず、高齢者を対象とした臨床研究はほとんど行われていない4)。
切除不能大腸癌に対する標準的な1次化学療法では、フッ化ピリミジン(Fluoropyrimidine: FP)+Oxaliplatin(OX)またはIrinotecan(IRI)の2剤、あるいはFP+OX+IRIの3剤併用化学療法と、分子標的薬であるBevacizumab(BEV)、Cetuximab、Panitumumabのいずれかを併用する5-7)。しかし、高齢者に対するこれらのレジメンの使用に関するエビデンスは限られている。そのため、FP+BEVが高齢者に対する標準治療の1つとして使用されてきた。第III相試験であるAVEX試験8)では、高齢者のMCRCにおいてFPへのBEV上乗せは有意に無増悪生存期間(progression-free survival: PFS)を延長した。一方でFP+BEVへのOX上乗せの有効性について検討したMRC FOCUS2試験9)では、OX上乗せによるPFSやOSの延長は示されなかった。第II相、第III相試験のプール解析やサブグループ解析は報告されているが10-13)、高齢者のMCRCにおけるFP+BEVへのOX上乗せの意義は第III相試験が報告されていないため依然として不明である。
今回、高齢者のMCRCにおいてFP+BEVへのOX上乗せの意義を検証する第III相試験(JCOG1018試験)が行われた。
方法
JCOG1018試験はJapan Clinical Oncology Group(JCOG)に参加している42施設で実施された。主要な適格基準はEastern Cooperative Oncology Group performance status(ECOG PS)2の70~74歳またはECOG PS 0または1の75歳以上の患者で、組織学的に結腸・直腸の腺癌と診断されている切除不能または再発大腸癌stage IVの患者であった。RAS遺伝子、BRAF遺伝子変異の有無、マイクロサテライト不安定性(MSI)は適格基準には含めなかった。患者は無作為にFP+BEV群とFP+BEV+OX群に1:1で割り付けられた。FPに関して、Fluorouracil+Calcium Levofolinate(5-FU/l-LV)、Capecitabine(CAPE)のどちらを投与するかは主治医の判断で決定した。FP+BEV群では、5-FU/l-LVを選択した場合5-FU 2,400mg/m2、LV 200mg/m2、BEV 5mg/kgを2週間ごとに投与した。CAPEを選択した場合、クレアチニンクレアランス(CrCL)が50mL/min以上の患者には1,250mg/m2、CrCLが30mL/min以上50mL/min未満の患者には1,000mg/m2を1日2回day 1-14、BEV 7.5mg/kgを3週間ごとに投与した。FP+BEV+OX群では、5-FU/l-LVを選択した場合OX 85mg/m2を上乗せした。CAPEを選択した場合、CAPEの用量をCrCLが50mL/min以上の患者は1,000mg/m2、CrCLが30mL/min以上50mL/min未満の患者は750mg/m2に変更し、OX 130mg/m2を上乗せした。
主要評価項目はPFS、副次評価項目はOS、ORR、有害事象発生割合、EQ-5DによるQOL評価と設定した。高齢者評価(geriatric assessment: GA)の探索的分析として、Vulnerable Elders Survey-13(VES-13)14)を用いたデータを収集した。VES-13には年齢、健康状態、日常生活の活動に関する質問が含まれており、総合スコアが3以上の場合に脆弱(Vulnerable)であると評価した。
サンプルサイズは当初、米国のNorth Central Cancer Treatment Group(NCCTG)とCancer and Leukemia Group B(CALGB)によるN0949試験15)とのプール解析を想定して算出された。しかしながらN0949試験は患者登録が不十分であったため、プール解析は中止された。そのため本試験のプロトコルを修正し、サンプルサイズは250例と再計算された。PFS中央値の期待値はFP+BEV群で9ヵ月、FP+BEV+OX群で12ヵ月、ハザード比(HR)は0.75と推定した。片側α水準は0.05、β値は0.3、登録期間を6.5年、追跡期間を2年とした。PFS解析におけるP値は片側、他の解析では両側とし、P値<0.0477を統計学的に有意とした。主要評価項目(PFSのHR=0.75)を満たし、OSのHRが0.8未満であれば、高齢のMCRCにおいてOX上乗せの優越性があると結論付けることとした。
結果
2012年9月6日から2019年3月1日までに、42施設から251例が登録された。125例がFP+BEV群(5-FU/l-LV:71例、CAPE:54例)に、126例がFP+BEV+OX群(5-FU/l-LV:67例、CAPE:59例)に割り当てられた。年齢の中央値はFP+BEV群で80歳、FP+BEV+OX群で79歳であり、それぞれ85歳以上の患者が13%の割合で含まれていた。ECOG PS 2の患者はFP+BEV群で8.8%、FP+BEV+OX群で5.6%の割合で含まれていた。
PFSの中央値はFP+BEV群で9.4ヵ月(95%信頼区間[CI]:8.3-10.3)、FP+BEV+OX群で10.0ヵ月(95% CI: 9.0-11.2)であった。HRは0.837(90.5% CI: 0.673-1.042、p=0.086)であり、主要評価項目(HR=0.75)は達成されなかった。OSの中央値はFP+BEV群で21.3ヵ月(95% CI: 18.7-24.3)、FP+BEV+OX群で19.7ヵ月(95% CI: 15.5-25.5)であった。HRは1.05(95% CI: 0.81-1.37、p=0.69)であった。ORRはFP+BEV群の29.5%(95% CI: 21.2-38.8)に対してFP+BEV+OX群では47.7%(95% CI: 38.1-57.5)であり、FP+BEV+OX群で有意に高かった(p=0.0059)。
Grade 3以上の有害事象が生じた割合はFP+BEV群で52%、FP+BEV+OX群で69%であり、好中球減少、悪心・嘔吐、食思不振、下痢、感覚神経障害、疲労感がFP+BEV+OX群でより多く認められた。治療開始後3ヵ月間の相対用量強度(relative dose intensity: RDI)は、両群で同等であった。しかし、FP+OX+BEV群ではより多くの患者で用量調整が必要となり(FP+BEV群69%、FP+BEV+OX群79%)、また有害事象のために治療継続が困難となった患者もFP+OX+BEV群でより多かった(FP+BEV群27%、FP+BEV+OX群45%)。
EQ-5Dを用いたQOLの変化については両群で有意な差を認めなかった(odds ratio[OR]0.94、95% CI: 0.51-1.75、p=0.849)。
考察
本試験は高齢者のMCRCに対するFP+BEV療法にOXを上乗せする意義を検討した初めての第III相試験である。主要評価項目であるPFSにおいてOX上乗せの優越性は示されなかった。また、FP+BEV+OX群でORRは高かったものの、OSは変わらず、毒性がより強かった。本試験でOXを上乗せする優越性が示されなかったことから、FP+BEVは高齢者のMCRCに対する標準治療と捉えて良いと考えられる。高齢者を対象とした臨床試験を行うにあたり、年齢やECOG PSに基づいて、治療に対する忍容性を考慮した適格基準を設定した。登録された患者の大部分はECOG PS 0もしくは1、VES-13は1もしくは2と全身状態良好な患者であった。さらに安全性を確保するため、5-FU/l-LVから5-FUのボーラス投与を抜き、CAPEの開始用量はCrCL16,17)により調整して投与した。しかしながらFP+BEV+OX群に割り当てられた患者の79%は減量投与が必要となり、45%は有害事象により治療を継続することができなかった。また、高齢者を対象とした臨床試験では、いくつかの理由により18)参加登録が難しいと言われている。理由の1つ目としては高齢者が臨床研究を行う医療機関に紹介されにくいこと19)、2つ目としては併存疾患や臓器機能障害により臨床試験に参加できない高齢者が多いことが挙げられる。また、主治医が高齢者に対して積極的に臨床試験を提案することも少ない20)。本試験では適格基準を満たしていた患者のうち、説明を受けた患者は60%であり、実際に試験参加の同意を得られた患者は45%であった。本試験にはいくつかのlimitationが挙げられている。第一にサンプルサイズが当初の予定より小さくなってしまい、第III相試験としては不十分であった。第二に、RAS遺伝子、BRAF遺伝子変異の有無、MSIに関するデータが限られていた。さらに本試験中にRASKET-Bの導入によりRAS遺伝子検査が変更となり、1次治療の治療選択も原発巣の左右(sidedness)とRAS遺伝子変異の有無に基づいた戦略に変更された。この戦略に基づくと、RAS遺伝子野生型の左側大腸癌患者が除外されるため、実際の試験ではRAS遺伝子変異型大腸癌の患者が多く含まれることが予想される。最後に、本試験ではGAのツールとしてVES-13を利用したが、これは身体機能のみを評価するものであった。今日、G821)は高齢癌患者に対する研究において必要不可欠なツールであり、原則としてすべてのJCOGの高齢者癌研究で使用する方針となっている22)。今後、併存疾患や身体機能、認知機能などの高齢癌患者に影響を与える要因を網羅したGAを作成することで、高齢者の転帰に影響を与える因子を理解し、臨床研究の結果を実臨床にも生かすことができると考えられる。
結論
高齢の切除不能転移性大腸癌患者の1次治療において、FP+BEVにOXを上乗せすることの優越性は示されなかった。本試験の結果に基づき、FP+BEVは高齢のMCRC患者に対する1次治療の有望なオプションと考えられた。
日本語要約原稿作成:東北大学大学院・医学系研究科 臨床腫瘍学分野 石川 史織
監訳者コメント:
高齢者大腸癌の治療——いかに毒性を抑えつつ治療を継続するか
大腸癌治療ガイドラインでは、FitとFrailの間に「Vulnerable」というカテゴリーが設けられ、これらに対してはOXやIRIを使用しないレジメンが推奨となっている。Vulnerableな症例は確実に増加し、彼らに対する適切な治療を開発する意義は高まっている。しかし、このVulnerableを明確に定義するのが難しく、前向きな臨床試験を行うことが現実的に困難であった。今回の試験では「ECOG PS 2の70〜74歳、またはECOG PS 0または1の75歳以上の患者」を対象としており、これらの患者は一般的にVulnerableとみなしてよさそうである(我々の過去のreal-world研究23)では、FP+BEVや減量FOLFOX/FOLFIRIなどFitでは用いられないレジメンで治療された対象をVulnerableと定義してデータを集めた。その研究では、主治医によってVulnerableと判断された理由についても調査を行った。その結果、最も多かった理由は「高齢であること」であった。同研究では、1次治療としてFP±BEVとFP+減量OX±BEVの有効性に差が認められなかった)。今回のJCOG1018試験では、登録患者のうち70〜74歳は各群6例ずつであり、対象の大半がPS良好(0-1)の75歳以上であった(PS 2の患者はFP+BEV群で11例、FP+BEV+OX群で7例)。本来(Fitを対象とすれば)、より有効であるはずのFP+BEV+OXがFP+BEVよりも良好な結果を残すことができなかった理由について考察したい。
治療効果と毒性のバランス
上記患者群で行われた本試験においてもFP+BEV+OX群のORRがFP+BEV群より有意に高かった(47.7%[95% CI: 38.1-57.5]vs. 29.5%[95% CI: 21.2-38.8]、p=0.0059)。つまりこの対象においてもOXを追加することが有意に抗腫瘍効果を高めることがわかる。しかし、その有効性が生存に反映されないというのが本試験の結果である。その理由は有害事象にある。実際、治療中断を要する毒性の頻度はFP+BEV群(27%)よりFP+BEV+OX群(45%)で高かった。さらに、Cape based regimenではFU based regimenより毒性が高かった(5-FU/l-LV:23%、CAPE:33%、FOLFOX:33%、CAPOX:59%)。これは、潜在的に腎機能低下がある高齢者においては(クレアチニンクリアランスに基づいて減量を行っていたとしても)Capecitabineによる毒性を引き起こしやすい可能性を示唆している。また、OXの投与量が多くなるtri-weeklyレジメンではbi-weeklyレジメンよりも毒性が出やすい傾向があることも示している。毒性による治療中断後にどれだけの症例で治療を再開できたかは本試験では不明であるが、筆者の経験では、高齢者ではそのまま治療再開が行えないケースも少なくない。
治療継続の課題
本試験でOSに差がなかった理由として、著者らはFP+BEV群で後治療として38%の患者にOXが使用されていることを挙げている。これは、FP+BEVで治療の忍容性が確認され、安全に十分な化学療法を施行できると判断されたため、OXが使用できたということだと考えられる(本試験の結果から、高齢者にOXが不要であるという誤解が生じないよう十分注意が必要である)。また後治療としての抗EGFR抗体もFP+BEV群がFP+BEV+OX群より多く使用されており(17% vs. 10%)、これも結果的にそこまでたどり着けた症例が前者で多かったということを意味しているように思われる。
試験から得られるメッセージ
以上をまとめると、高齢者に対しては、「強すぎる1次治療でQOLを損ね、治療が中断してしまう」という事態を避けることが重要である。言い換えれば、いかにQOLを維持しながら、丁寧に治療を継続していくかが、この試験の重要なメッセージと考えられる。そのためには、化学療法の内容や減量に加え、家族の支援など社会的側面も含めた包括的なアプローチが必要である。また、試験のlimitationにもあるように、将来的には年齢だけで患者を評価するのではなく、GAを活用した、より細やかな治療選択が求められるであろう。
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監訳・コメント:東北大学大学院・医学系研究科 臨床腫瘍学分野 川上 尚人
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