12月
監修:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優
大腸癌
HER2陽性進行大腸癌患者におけるTrastuzumab Deruxtecan(DESTINY-CRC02):多施設共同無作為化第II相試験の主解析結果
Kanwal Raghav, et al.: Lancet Oncol.: 25(9): 1147-1162, 2024
背景
大腸癌の約3~11%にHER2タンパク質の過剰発現を認める(HER2陽性大腸癌)1,2)。HER2陽性大腸癌はRAS/BRAF野生型である左側大腸癌に多く、予後不良、抗EGFR抗体薬抵抗性との関連が示唆されている3-6)。HER2を標的とした治療法として、TrastuzumabにLapatinibやTucatinib、Pertuzumab、Pyrotinibを併用するデュアルHER2阻害が報告されており、治療抵抗性のHER2陽性RAS/BRAF野生型の転移性大腸癌患者を対象とした単アーム試験で28~50%の割合で奏効が得られている7-11)。しかし、その効果は十分ではなく、RAS変異を有するHER2陽性転移性大腸癌のようにデュアルHER2阻害に抵抗性を示すサブグループも報告されている4,11)。
Trastuzumab Deruxtecanは抗HER2抗体にトポイソメラーゼI阻害剤のペイロードを結合させた抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate:ADC)であり、DESTINY-CRC01試験ではHER2陽性RAS野生型転移性大腸癌患者において6.4mg/kgの用量で有効性と安全性が示されている12,13)。一方で、HER2陽性の転移性乳癌においては5.4mg/kgの用量で有効性が示されている14-16)。
本試験では、標準治療に不応不耐となったHER2陽性RAS野生型/変異型転移性大腸癌患者に対し、Trastuzumab Deruxtecanを5.4mg/kgまたは6.4mg/kgの用量で投与し、抗腫瘍効果と安全性の検討および有効性のバイオマーカー探索を行った。
方法
DESTINY-CRC02試験は多施設共同無作為化、2 stage、2アームの第II相試験であり、10ヵ国の合計53施設で施行された。既治療の切除不能、再発、または転移性のHER2陽性RAS野生型または変異型の大腸癌患者(18歳または20歳以上、ECOG PS 0-1)を対象とした。Stage Iにおいて患者を1:1でTrastuzumab Deruxtecan 5.4mg/kgまたは6.4mg/kg(いずれもday 1投与21日毎)の群にそれぞれ割り付け、stage IIでは5.4mg/kg群のみに割り付けた。層別化因子はECOG PS(0または1)、HER2ステータス(免疫組織化学[IHC]スコア3+またはIHCスコア2+)、RASステータス(野生型または変異型)とした。毒性出現時の減量は許容されたが、3段階以上の減量が必要であった症例は投与中止とした。
主要評価項目は盲検化された中央判定による客観的奏効率(ORR)と設定した。安全性は治験薬が投与された全ての患者で評価した。
循環腫瘍DNA(ctDNA)解析は治療開始前の血液検体を採取し、Guardant OMNIパネルによりPIK3CA、KRAS、NRAS、HRAS、HER2のバリアントと腫瘍遺伝子変異量(TMB)について解析した。
サンプルサイズはMyPathway試験11)におけるPertuzumab+Trastuzumab群の客観的奏効率の95%信頼区間(CI)(20.0~45.0%)の下限である20.0%を閾値奏効率として、95% CIが閾値奏効率を超過する確率に基づき計算し、登録症例数は約120名(stage Iで80名、stage IIで40名)とした。
結果
2021年3月5日から2022年3月29日の期間に135名がスクリーニングされ、122名が治験に登録された。Stage Iで患者はTrastuzumab Deruxtecan 5.4mg/kg(40名)または6.4mg/kg(40名)の群に割り付けられ、stage IIではさらに42名の患者が5.4mg/kg群のみに割り付けられた。男性は64名(52%)、女性は58名(48%)であった。追跡期間の中央値は5.4mg/kg群で8.9ヵ月(四分位範囲[IQR]6.7-10.5)、6.4mg/kg群で10.3ヵ月(IQR: 5.9-12.7)であった。
主要評価項目の客観的奏効率は5.4mg/kg群で37.8%(31名/82名、95% CI: 27.3-49.2)、6.4mg/kg群で27.5%(11名/40名、95% CI: 14.6-43.9)であり、奏効を得られた全ての症例が部分奏効(PR)であった。
ベースラインのctDNAは118名(97%:5.4mg/kg群78名/82名[95%]、6.4mg/kg群40名/40名[100%])で測定可能であった。IHCスコア2+または蛍光in situハイブリダイゼーション(fluorescence in-situ hybridization: FISH)陽性のサブグループでは、IHCスコア3+のサブグループと比較してRAS変異(14名/22名[64%]vs. 26名/96名[27%])とPIK3CA変異(6名/22名[27%]vs. 12名/96名[13%])がより高い割合で検出されたが、HER2増幅の割合は少なかった(7名/22名[32%]vs. 79名/96名[82%])。奏効が得られた症例には、ctDNAにおいてRAS変異やHER2変異が検出された症例も含まれていた。
Grade 3以上の薬剤関連有害事象は、5.4mg/kg群で34名/83名(41%)、6.4mg/kg群で19名/39名(49%)にみられ、5.4mg/kg群では好中球減少(13名[16%])、貧血(6名[7%])、悪心(6名[7%])、白血球減少(5名[6%])、6.4mg/kg群では好中球減少(10名[26%])、貧血(8名[21%])、血小板減少(4名[10%])、白血球減少(4名[10%])が多くみられた。そのうち重篤な有害事象は5.4mg/kg群の11名/83名(13%)、および6.4mg/kg群の6名/39名(15%)で発生し、5.4mg/kg群では悪心(3名[4%])、6.4mg/kg群では倦怠感、好中球減少、血小板減少(いずれも2名[5%])が最も多かった。薬剤に関連した死亡は5.4mg/kg群の1名(肝不全)でみられ、薬剤関連間質性肺疾患または肺臓炎は5.4mg/kg群の7名(8%、いずれもgrade 2以下)、および6.4mg/kg群の5名(13%、4名はgrade 2以下、1名はgrade 5)でみられた。
考察
本試験(DESTINY-CRC02試験)では既治療のHER2陽性転移性大腸癌患者におけるTrastuzumab Deruxtecanの有効性が示され、DESTINY-CRC01試験の客観的奏効率45.3%(24名/53名[95% CI: 31.6-59.6])と矛盾しない結果であった12,13)。2023年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表された本試験の主解析を含む複数の報告に基づき、米国食品医薬品局(FDA)は、既治療もしくは他に有効な治療法がないHER2陽性(IHCスコア3+)の切除不能または転移性固形癌に対してTrastuzumab Deruxtecanを5.4mg/kgの用量で承認した17)。
RAS変異4,9,11)やHER2変異11,18,19)を伴う症例は一般的に予後不良であり、デュアルHER2阻害に抵抗性と考えられているが、本試験のTrastuzumab Deruxtecan 5.4mg/kg群におけるIHCスコア3+のサブグループではRAS変異症例であってもTrastuzumab Deruxtecanが有効であった。ctDNAを用いた解析ではHER2変異症例でもTrastuzumab Deruxtecanが有効な場合があることが示された。
安全性は本試験で既報と概ね一致していたが、5.4mg/kg群においては、6.4mg/kg群と比較してgrade 3以上の有害事象や用量調整を要した症例、間質性肺炎を生じた症例の割合が少なかったため、管理可能と考えられた。
結論
治療歴のあるHER2陽性転移性大腸癌患者において、RAS変異の有無や過去の抗HER2療法の治療歴にかかわらず、Trastuzumab Deruxtecan 5.4mg/kgの単剤投与は有望な抗腫瘍効果と安全性を示した。
日本語要約原稿作成:東北大学大学院・医学系研究科 臨床腫瘍学分野 若山 祥之介
監訳者コメント:
T-DXd:HER2陽性大腸癌に対する新たな治療オプション
HER2陽性の治癒切除不能な進行・再発結腸・直腸癌において、現在使用可能な治療は、TRIUMPH試験10)の結果を基にしたTrastuzumabとPertuzumabの併用療法である。この試験では、客観的奏効率(ORR)が治験担当医師判定により評価され、腫瘍組織でHER2陽性が確認された患者では29.6%、血液検体でHER2陽性かつRAS野生型が確認された患者では28.0%の奏効率が得られた。TrastuzumabとPertuzumabはともにHER2シグナルを抑制することでアポトーシスを誘導するが、HER2下流の遺伝子変異が存在する場合、その効果は限定的である。
一方で、薬物抗体複合体(ADC)の一つであるT-DXdは、HER2タンパク質を標的とし、HER2シグナルの阻害に加えて、抗癌剤のペイロードを癌細胞に効率的に届ける特徴をもつ。我々が過去に行った研究20)により、大腸癌細胞株にHER2タンパクを強制発現させたモデルでは、T-DXdがHER2発現量に依存した効果を発揮すること、またKRAS変異が存在しても殺細胞性抗癌剤がアポトーシスを誘導することが確認された。さらにHER2タンパクを強制発現させた大腸癌細胞と(強制発現前の)HER2陰性大腸癌細胞が混在するモデルを作製し、HER2陽性細胞へのT-DXdエントリー後に周囲のHER2陰性細胞にも効果が及ぶバイスタンダー効果が生じることを示した。
DESTINY-CRC01試験13)では、抗HER2療法を含む既治療のRAS・BRAF野生型HER2陽性大腸癌患者を対象にT-DXd 6.4mg/kgの有効性と安全性が探索され、HER2 IHC3+もしくは2+かつISH+の症例で構成されたコホートAにおいてORRは45.3%と有望であった。しかし間質性肺炎(ILD)が78例中5例に認められ、そのうち2例がgrade 5であった。この結果を踏まえ、本試験DESTINY-CRC02では、T-DXdの用量を6.4mg/kgと5.4mg/kgの2コホートで試験が行われた。RAS変異型も登録可能となったこの試験において、5.4mg/kgでの有効性と安全性が確認された(5.4mg/kgでは間質性肺炎によるgrade 5はなかったが6.4mg/kgで1例のgrade 5)。特にHER2 IHC3+の症例ではORR 46.9%と良好であり(HER2 IHC2+ ISH+ではORR 5.6%)、抗HER2抗体治療歴の有無やRAS変異の有無にかかわらず有効性が示された。今後は、RAS野生型症例においてTrastuzumab+Pertuzumab療法とのシークエンスが臨床的な課題となるであろう。
2024年4月、米国FDAはDESTINY-CRC02試験、DESTINY-PanTumor0221)およびDESTINY-Lung0122)試験の成績を統合した結果に基づき、T-DXd 5.4mg/kgを切除不能または転移性HER2陽性(IHC3+)固形腫瘍に対する治療として承認した。本邦でも、HERALD/EPOC1806試験23)などの結果を踏まえ、癌種横断的に承認が進む見込みであるが、HER2診断法の整合性が課題となり、承認が足踏み状態となっている。
日本発の薬剤であるT-DXdが国際的に高く評価されている一方で、本邦での承認プロセスが遅れ「ドラッグ・ラグ」が生じている現状は大変残念である。HER2陽性大腸癌に対しては1次治療を含め開発がさまざまに行われており、注目が集まっている。今後、計画性をもった治験実施と薬剤およびそのコンパニオン診断開発の推進により、患者に迅速な還元を図ることが強く望まれる。
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監訳・コメント:東北大学大学院・医学系研究科 臨床腫瘍学分野 川上 尚人
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