5月
監修:愛知県がんセンター 薬物療法部 医長 谷口 浩也
食道癌
局所進行食道癌に対する化学放射線療法後の積極的サーベイランスと標準手術を比較した多施設共同第III相stepped-wedgeクラスターランダム化非劣性試験(SANO試験)
Berend J van der Wilk, et al.: Lancet Oncol. 26(4): 425-436, 2025
術前化学放射線療法(CRT)後の計画的手術は局所進行食道癌に対する標準治療である1)。術後、腺癌の約1/4、扁平上皮癌の約半数で病理学的完全奏効が得られるが、30~40%は早期に遠隔転移を来すため、全ての症例に手術を施行することの意義が問われるようになった1)。そこで、代替戦略として、術前CRT後に頻回の治療効果判定を行い、遠隔転移がなく局所再発を認めた患者にのみ手術を実施する「積極的サーベイランス」が提唱されている2)。術前CRT後の治療効果判定法を前向きに検証したpreSANO試験では90%の潜在的残存腫瘍を検出可能であることが示された3)。食道手術は術後合併症の頻度が約60%と高く、健康関連QOL(HRQOL)低下のリスクがあることから4)、臨床的完全奏効が維持されている症例やサーベイランス中に遠隔転移を来した症例では手術回避による恩恵を受けられる可能性がある。一方で、積極的サーベイランスは、手術延期に伴う術後合併症の増加や、効果判定時に局所再発腫瘍が検出できなかった場合に遠隔転移の出現や非根治的切除を招き、全生存期間(OS)を悪化させる可能性がある5)。メタアナリシスでは積極的サーベイランスと標準手術のOSは同等とされているが、少数例の検討かつ後ろ向き観察研究を多く含んでいた2)。そこで、術前CRT後に臨床的完全奏効(cCR)が得られた局所進行食道癌患者を対象に、積極的サーベイランス群と標準手術群を比較する多施設共同クラスターランダム化第III相試験を実施した。
本試験はオランダの12施設で実施され、適格基準はオランダにおける標準治療であるCROSSレジメン6)に基づく術前CRT後の手術を計画されている18歳以上の局所進行食道癌または食道胃接合部癌患者であった。Performance statusや併存症に関する規定はなかった。FDG-PET陰性腫瘍ならびに最初に内視鏡切除された患者は除外された。術前CRTはweekly PTX(50mg/m2)+CBDCA(AUC2)5サイクル+RT(41.4Gy/23fr.)を同時併用で行った。
本試験ではstepped-wedgeクラスターランダム化という方式が採用された。初期段階では全施設で計画的手術を行い、積極的サーベイランスへの移行時期が施設単位でランダム化され、2施設ずつ移行していった。参加者は施設と参加時期に応じて両群に割り付けされた。Stepped-wedgeデザインの構造上、積極的サーベイランスという試験治療に不必要に多くの患者を曝露することを避ける目的で、先行するpreSANO試験でcCRと判定された症例も標準手術群に組み入れられた。また、非劣性試験におけるITT解析の解析上のリスク(片方の治療群に偏った治療非遵守が生じた際に、誤って非劣性を主張してしまう)を考慮し、治療群間のクロスオーバーはあらかじめ許容される設計とされ(例:手術群に割り付けられたが手術を拒否)、クロスオーバーを考慮したmodified intention-to-treat(mITT)解析を行うことが事前に規定されていた。
初回効果判定として術前CRT 6週間後に内視鏡生検(4ヵ所以上のbite-on-bite生検)を行い、悪性所見がなければ2回目の効果判定として術前CRT 12週間後にPET-CT、リンパ節に対するEUS-FNA、内視鏡生検を行った。遠隔転移と局所の残存腫瘍がなければcCRと判定した。ランダム化された後に、積極的サーベイランス群では2回目と同様の効果判定を1年目は3ヵ月毎、2年目は4ヵ月毎、3年目は6ヵ月毎、4~5年目は1年毎に実施し、遠隔転移がなく局所再発を認めた場合、あるいは内視鏡通過不可の場合のみに手術を施行した。標準手術群では、術前CRTの16、30ヵ月後にPET-CTにより術後フォローアップを実施した。
主要評価項目はmITT集団、ならびにITT集団におけるOS(cCR確認日からあらゆる原因による死亡までの期間)であり、2年時点での積極的サーベイランス群の非劣性を検証した。副次評価項目として無病生存期間(DFS)、術後の局所再発、遠隔転移、全死亡、手術成績や病理学的評価、HRQOL、費用対効果を評価した。
既報から標準手術群のcCR確認日を起算日とした2年生存割合を75%と推定し2)、検出力80%、片側有意水準5%として、必要cCR症例数を224例と算出した。cCR到達率34%、クロスオーバー20%、preSANO試験からの組入れ29例として、局所進行食道癌全体の必要症例数を740例と算出した。標準手術群に対する積極的サーベイランス群の2年生存割合における非劣性マージンは15%以内と設定した。
2017年11月8日から2021年1月17日までに1,115例がスクリーニングされた。試験に登録された776例のうち274例(35%)がcCRと判定され、積極的サーベイランス群156例と標準手術群118例に割り付けされた。preSANO試験からの組入れが35例、標準手術群から積極的サーベイランス群へのクロスオーバーが7例あり、mITT集団は積極的サーベイランス群198例、計画的手術群111例となった。両群の患者背景に明らかな偏りは認めなかった。積極的サーベイランス群の4例が本試験中に国際ガイドラインに追加されたNivolumabを投与された。
mITT解析ではcCRからの観察期間中央値は38ヵ月で、積極的サーベイランス群34ヵ月、標準手術群50ヵ月であった。2年生存割合は積極的サーベイランス群74%(95% CI: 69-78%)、標準手術群71%(95% CI: 62-78%)と積極的サーベイランス群が3%高く(片側95%境界:7%以下)、規定された非劣性マージン(-15%)を下回った。ITT解析においても2年生存割合の非劣性が示された(75%[95% CI: 68-80]vs. 70%[63-77]、片側95%境界:6%以下)。また、mITT解析におけるOS中央値は積極的サーベイランス群43ヵ月、標準手術群53ヵ月であり、両群間に有意差を認めず(HR=1.14、95% CI: 0.74-1.78、p=0.55)、ITT解析においても同様であった(HR=0.83、95% CI: 0.53-1.31、p=0.42)。
積極的サーベイランス群198例中33例(17%)で遠隔転移が出現し、そのうち22例は3回目の効果判定(術前CRT後6ヵ月)で診断された。69例(35%)がcCRを維持し、96例(48%)が局所再発を認めた。83例が待機的手術を受け、cCR判定から手術までの期間は中央値5.9ヵ月、2例(2%)がR1切除、1例(1%)がR2切除であった。一方、標準手術群では101例中2例(2%)がR1切除であり、R2切除はなかった。積極的サーベイランス群の83例中68例(82%)、標準手術群の101例中85例(84%)で少なくとも一つ以上の術後合併症を認めた。術後合併症の頻度は両群で同等であった。
DFS中央値は積極的サーベイランス群35ヵ月、計画的手術群49ヵ月であった(HR=1.25、95% CI: 0.83-1.89、p=0.29)。術前CRT後30ヵ月後のPET-CTでは、積極的サーベイランス群176例中76例(43%)、標準手術群87例中30例(34%)で遠隔転移を認めた(OR=1.45、95% CI: 0.85-2.48、p=0.18)。
HRQOL評価は、フォローアップ中の各時点において質問票が返却された43~79%のデータをもとに行われた。術前CRT後6ヵ月、9ヵ月時点で積極的サーベイランス群は標準手術群よりも有意に良好であったが、12ヵ月以降では有意差は認めなかった。
食道癌CRT後にcCRとなった症例に対する積極的サーベイランスは標準手術と比較して2年生存割合で非劣性を示した。積極的サーベイランス群の約半数の患者がcCRを維持する、あるいはcCR判定後早期に遠隔転移を認めており、これらの患者は本治療戦略の恩恵を受けられる可能性が示唆された。治療戦略の検証にはさらなる観察期間が必要であるが、本試験は患者との治療方針相談や共同意思決定、臨床的効果判定のプロトコル開発に向けた枠組みを打ち出したと考えられる。
日本語要約原稿作成:京都府立医科大学消化器内科 岡 浩平
監訳者コメント:
術前化学放射線療法後のcCR症例に対する手術は必要か?──食道癌における臓器温存の可能性
欧米ではESOPEC試験の結果を受け7)、周術期FLOT療法+手術が標準とされつつあるが、術前化学放射線療法(CROSSレジメン)も依然として有力な治療選択肢である。本試験は、CROSSレジメン後に臨床的完全奏効(cCR)を得た食道癌患者において、すべての症例に手術が必要かどうかというCQに対し、積極的サーベイランスという臓器温存戦略の有効性と安全性を検証した。
本試験では、2年生存割合において積極的サーベイランス群が標準手術群に対して非劣性を示したものの、結果の解釈にはいくつかの留意点がある。まず、preplannedではあるが、本試験外であるpreSANO試験の症例が一部組み込まれており、加えて、stepped-wedgeクラスターランダム化という特殊なデザインが採用されている。さらに、治療効果判定法の精度にも課題が残り、cCRと判定されながら標準手術群では28%がpT3、16%がリンパ節転移陽性であった。また、Kaplan-Meier曲線では約24ヵ月以降に両群の生存曲線が交差し、積極的サーベイランス群が下方に推移している。CROSS試験の10年フォローアップにおいて、同レジメンは局所再発を抑制する一方で遠隔転移の抑制には限界があることが示されており1)、積極的サーベイランスが真に非劣性といえるかどうかは、より長期の観察期間が必要であろう。さらに、NeoRes II試験では、CRT終了後10週を超えて手術を実施した群で予後不良が報告されており8)、本試験のようにcCR判定に12週を要するスケジュールをそのまま臨床に適用することには慎重な検討が求められる。
それでも、手術による侵襲やQOL低下を考慮すれば、食道癌に対する臓器温存の試みは高い臨床的価値を有する。本邦における根治的化学放射線療法後のpCR割合は40~60%とされており、臓器温存および長期生存の実現には治療効果のさらなる向上、あるいはctDNAなど新規バイオマーカーも活用した効果判定法の精度向上が今後の課題となる。現在進行中のKEYNOTE-975試験9)やKUNLUN試験10)など、根治的化学放射線療法に対する免疫チェックポイント阻害薬併用の意義を検証する第III相試験の結果にも注目したい。
- 1) Eyck BM, et al.: J Clin Oncol. 39(18): 1995-2004, 2021 [PubMed]
- 2) van der Wilk BJ, et al.: Ann Surg. 275(3): 467-476, 2022 [PubMed]
- 3) Noordman BJ, et al.: Lancet Oncol. 19(7): 965-974, 2018 [PubMed]
- 4) Low DE, et al.: Ann Surg. 269(2): 291-298, 2019 [PubMed]
- 5) Chidambaram S, et al.: Ann Surg. 278(5): 701-708, 2023 [PubMed]
- 6) van Hagen P, et al.: N Engl J Med. 366(22): 2074-2084, 2012 [PubMed]
- 7) Hoeppner J, et al.: N Engl J Med. 392(4): 323-335, 2025 [PubMed]
- 8) Nilsson K, et al.: Ann Oncol. 34(11): 1015-1024, 2023 [PubMed]
- 9) Shah MA, et al.: Future Oncol. 17(10): 1143-1153, 2021 [PubMed]
- 10) Wang L, et al.: J Clin Oncol. 40(4_suppl): TPS373-TPS373, 2022 [JCO]
監訳・コメント:京都府立医科大学消化器内科 榊田 智喜
GI cancer-net
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