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5月
監修:愛知県がんセンター 薬物療法部 医長 谷口 浩也

食道癌

進行または転移性食道扁平上皮癌に対するTislelizumab療法におけるNOTCH1変異と生存期間の解析:無作為化第III相RATIONALE-302試験のバイオマーカー解析


Zhihao Lu, et al.: J Clin Oncol. 43(16): 1898-1909, 2025

 進行または転移性食道扁平上皮癌(esophageal squamous cell carcinoma: ESCC)に対する2次治療として抗PD-1抗体薬であるTislelizumabは化学療法に比べて全生存期間(overall survival: OS)を有意に改善することが、第III相無作為化試験であるRATIONALE-302試験により示された1)。一方で、すべての患者が免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor: ICI)の恩恵を受けるわけではなく、長期生存が得られるのは一部の患者に限られている。そのため、症例選択や、奏効の変化や耐性の機序解明また新規薬剤開発に向けた効果予測因子の同定が喫緊の課題である。

 これまでにPD-L1発現や腫瘍変異負荷(tumor mutational burden: TMB)などがICIの効果予測因子として提案されているが、食道癌においては一貫した結果が得られていない1-13)。その他のバイオマーカーも、前向きに検証されていない、あるいは実臨床への導入が困難なものが多い5,12,14)。本研究では、RATIONALE-302試験で得られた腫瘍サンプルを用いて、ゲノムおよびトランスクリプトームの解析を実施し、ICIの効果予測因子の探索およびその分子機序の解明を試みた。

 RATIONALE-302試験では、ESCC患者512例がTislelizumab群(200mg、3週間ごと)または主治医選択化学療法群(ICC:Paclitaxel、Docetaxel、Irinotecanのいずれか)に1:1で無作為に割り付けられた。本研究では、バイオマーカー解析に必要な腫瘍組織サンプルが得られた209例(Tislelizumab群:105例、ICC群:104例)を対象にPD-L1免疫組織化学染色、遺伝子発現解析(gene expression profiling: GEP)および遺伝子変異プロファイリングを行い、OSに対する予測因子の解析を行った。また前臨床モデル用いて、ICI治療下における長期生存の分子機序の探索を行った。

1.遺伝子変異の概要とNOTCH1変異の重要性
 209例のESCC検体において高頻度で認められた遺伝子変異はTP53(94%)、CCND1(52%)、FGF3/4/19(各約50%)、CDKN2A(31%)、PIK3CA(29%)、KMT2D(28%)などであり、NOTCH1変異の頻度は22%であった。これらの遺伝子変異別のOS解析ではNOTCH1変異型とKMT2D変異型はICC群に対してTislelizumab群で有意に良好なOSが得られていた。

 特にNOTCH1変異型ではTislelizumab投与によりOSが著明に延長しており(18.4ヵ月vs. ICC群5.3ヵ月、HR=0.35、95% CI: 0.17-0.71)。一方、NOTCH1野生型では両群に有意な差は認められなかった(6.0ヵ月vs. 6.9ヵ月、HR=0.81)(交互作用p=0.0372)。また、客観的奏効率(objective response rate: ORR)はNOTCH1変異型ではTislelizumab群で33%(7/21)、ICC群で8%(2/25)と差があった。このことから、NOTCH1変異がTislelizumabの効果予測因子になり得ると考えられる。

2.NOTCH1変異とTMBおよびPD-L1発現との独立性
 NOTCH1変異はTMB-high群に多く認められたものの、TMBに関係なくTislelizumabによるOS延長が確認された(TMB-high: HR=0.34、TMB-low: HR=0.38)。また、NOTCH1変異はPD-L1発現とは相関せず、PD-L1 low群においてもNOTCH1変異型であればTislelizumabの有効性が確認された(HR=0.51)。

 さらに、PD-L1発現とNOTCH1変異のいずれかが陽性である症例では、両因子とも陰性の症例と比べてTislelizumabの効果が有意に高かった(HR=0.47 vs. 1.13、p=0.00486)。このことからNOTCH1変異とPD-L1発現の併用による予測モデルの有用性が示唆される。

3.トランスクリプトーム解析による予測マーカーの同定
 遺伝子発現解析では、1型インターフェロン(IFN-I)およびトール様受容体(TLR)シグネチャーが、Tislelizumab群で良好なOSと有意に関連していた(HR=0.55および0.53)。一方、B細胞、好中球、制御性T細胞(Tregs)、未成熟樹状細胞などの免疫細胞シグネチャーはTislelizumab群でOSと負の相関が認められた。

 NOTCH1変異型ではIFN-I関連遺伝子の発現が高く、野生型ではB細胞や好中球、M2マクロファージ、内皮細胞の関連遺伝子の発現が上昇していた。多重免疫染色の結果でも、NOTCH1変異型では野生型と比べてB細胞および好中球の腫瘍浸潤が有意に少ないことが確認された。

4.NOTCH1ノックダウンモデルでの検証
 NOTCH1の機能的役割を検証するため、NOTCH1をノックダウンしたESCC移植腫瘍マウスモデルを用い、抗PD-1抗体との併用治療やシングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)による腫瘍微小環境(TME)の変化を観察した。

 このマウスモデルでは、Notch1ノックダウン腫瘍がTislelizumabに対して高い感受性を示し、腫瘍増殖が抑制された。scRNA-seqによる解析では、Notch1ノックダウン腫瘍において細胞傷害性CD8+ T細胞やM1マクロファージが増加し、好中球やM2マクロファージが減少していた。

 Notch1ノックダウン腫瘍中の単球・マクロファージでは、抗原提示にかかわる遺伝子(H2-Ab1H2-AaH2-Eb1)やT細胞活性化関連遺伝子(Cxcl9/10Cd86Cd40Irf1)の発現が増加し、免疫抑制にかかわる遺伝子(Spp1CtsaFn1)の発現は減少していた。これにより、Notch1ノックダウンにより免疫活性型のTMEが形成されることが明らかとなった。

【結論】
 本研究は、NOTCH1変異が進行または転移性ESCCにおけるTislelizumabの効果を予測する独立したバイオマーカーとなり得ることを、臨床試験データと前臨床モデルの両面から示した。NOTCH1変異は免疫活性化型のTME形成に寄与し、ICIの治療効果を高める可能性がある。

 従来のPD-L1発現やTMBに加え、NOTCH1変異の評価は今後、個別化治療の指標として重要な役割を果たす可能性があり、実臨床への導入が期待される。今後は前向き試験による検証が求められる。

日本語要約原稿作成:四国がんセンター 消化器内科 小森 梓



監訳者コメント:
NOTCH1変異は食道扁平上皮癌に対する免疫チェックポイント阻害薬の効果予測バイオマーカーになり得るのか?

 RATIONALE-306試験およびRATIONALE-302試験の結果に基づいて、根治切除不能な進行・再発の食道癌に対するTislelizumabが本邦で承認された。本論文は、RATIONALE-302試験のバイオマーカー解析で、食道扁平上皮癌におけるNOTCH1変異がTMBやPD-L1発現にかかわらずTislelizumabの効果予測バイオマーカーになり得るという内容である。

 Notchシグナル経路は細胞の発生、分化、増殖などに関与しており、腫瘍に促進的であったり、抑制的であったりと、複雑な様相を呈する。食道扁平上皮癌においてNOTCH1変異の多くはloss-of-function変異である。本論文のLollipopを確認すると、遺伝子変異部位は全体にランダムに分布してhotspotが存在せず、truncationやリガンド結合領域のmissense変異がみられるという特徴がある。これらの影響によって、レセプター蛋白自体の欠損やリガンド結合能の減弱が生じてNotch1の機能低下に至っていると考えられる。

 食道扁平上皮癌のヒトのサンプルおよびマウスモデルにおいて、NOTCH1変異が免疫活性型の腫瘍微小環境の形成に寄与することによって、免疫チェックポイント阻害薬がより効きやすくなっているということであるが、はたして本邦において主に使用されているNivolumab、Ipilimumab、Pembrolizumabでも同様の結果が得られるのであろうか。

 前向き臨床試験での検証に加えて、NOTCH阻害薬による腫瘍微小環境の変化やNOTCH阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法の有効性など、今後の展開に期待したい。

  • 1) Shen L, et al.: J Clin Oncol. 40(26): 3065-3076, 2022 [PubMed]
  • 2) Huang J, et al.: Lancet Oncol. 21(6): 832-842, 2020 [PubMed]
  • 3) Kato K, et al.: Lancet Oncol. 20(11): 1506-1517, 2019 [PubMed]
  • 4) Kojima T, et al.: J Clin Oncol. 38(35): 4138-4148, 2020 [PubMed]
  • 5) Xu J, et al.: Nat Commun. 13(1): 857, 2022 [PubMed]
  • 6) Doki Y, et al.: N Engl J Med. 386(5): 449-462, 2022 [PubMed]
  • 7) Luo H, et al.: JAMA. 326(10): 916-925, 2021 [PubMed]
  • 8) Sun JM, et al.: Lancet. 398(10302): 759-771, 2021 [PubMed]
  • 9) Wang ZX, et al.: Cancer Cell. 40(3): 277-288.e3, 2022 [PubMed]
  • 10) Xu J, et al.: Lancet Oncol. 24(5): 483-495, 2023 [PubMed]
  • 11) Lu Z, et al.: BMJ. 377: e068714, 2022 [PubMed]
  • 12) Chen YX, et al.: Cancer Cell. 41(5): 919-932.e5, 2023 [PubMed]
  • 13) Muquith M, et al.: Nat Cancer. 5(7): 1121-1129, 2024 [PubMed]
  • 14) Zhang H, et al.: EBioMedicine. 100: 104971, 2024 [PubMed]

監訳・コメント:四国がんセンター 消化器内科 梶原 猛史

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