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2009年1月〜2015年12月の論文紹介
2003年1月〜2008年12月の論文紹介

6月
監修:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 医長 谷口 浩也

消化管手術

術後の悪心/嘔吐に対するDexamethasone(DREAMS試験)


Dreams Trial Collaborators and West Midlands Research Collaborative, et al.: BMJ. 357: j1455, 2017

 術後の悪心/嘔吐(PONV)は30%以上の患者に認められ1,2)、手術の種類によりリスクは異なるものの、システマティックレビューでは腹腔鏡下手術と手術時間の延長が独立した予測因子であることが報告されている3)。消化管疾患患者の多くは入院時に栄養不良を認め4)、PONVは回復および退院の遅延につながるため、PONV予防は非常に重要である。

 Dexamethasoneは強力な副腎皮質ステロイドであり、4,000例以上を対象にした臨床試験においてPONVの発現頻度を減少させたが5)、本試験で腸管手術を受けた患者は僅かであった。一方、腸管手術を受けた計100例を対象にした2つの単一施設による臨床試験では、Dexamethasoneによるベネフィットを認めなかった6,7)。ステロイドの長期使用には創感染や縫合不全などのリスクがあるが、単回投与ではリスクが増加しないと考えられ、甲状腺手術を受けた患者のメタアナリシスでは8〜10mgがPONV抑制に最も効果的であったことが報告されている8)。また、Dexamethasoneは手術による炎症を軽減する可能性があることから、術前投与が最も効果的であると考えられた9)。そこで、腸管手術を受ける患者に対するDexamethasoneのPONV抑制効果を検討する盲検下多施設無作為化比較試験、DREAMS試験が行われた。

 対象は、悪性または良性病変のため開腹または腹腔鏡下の腸管手術を受ける18歳以上の患者であり、消化管閉塞、糖尿病、緑内障、活動性の胃潰瘍例は除外された。

 対象患者は、術前の標準的ケアとしてDexamethasone以外の制吐薬を単回投与されたうえで、Dexamethasone(8mg)を手術前に投与する群(Dexamethasone群)と投与しない群(標準的ケア群)に1:1で無作為に割り付けられた。なお、割り付けは麻酔医のみに知らされ、術後ケアとデータ収集に関わる医療従事者および患者には知らされなかった。また、術後の制吐薬投与は患者の要望により行われたが、術後24時間以内のDexamethasone投与は行われなかった。

 主要評価項目は術後24時間以内の嘔吐、副次評価項目は術後の嘔吐回数(5分間の間隔で別エピソードと定義)、術後制吐薬の使用、PONVの重症度、疲労、経口摂取までの期間、入院期間、健康関連QOLであった。大規模臨床試験の結果5)に基づき、Dexamethasoneにより術後24時間以内の嘔吐の発現頻度が37%から28%に減少すると仮定し、両側α=0.05、検出力80%で必要症例数は950例であった。なお、その後、予定以上の集積を認めたことから検出力を90%とし、最終必要症例数は1,320例とされた。

 2011年7月〜2014年1月の間に英国の45施設から登録された1,350例が標準的ケア群676例、Dexamethasone群674例に割り付けられた。患者背景は両群でバランスが取れており、大部分が大腸手術(腸管切除および人工肛門造設/閉鎖)を受け、腹腔鏡下手術を受けた症例は63%であった。

 主要評価項目である術後24時間以内の嘔吐の発現率は、標準的ケア群33.2%、Dexamethasone群25.5%であり、Dexamethasoneで有意な低下を認めた(Risk rate=0.77, 95% CI: 0.65-0.92, p=0.003)。術後24時間以内の嘔吐を発現した395例中251例(63.5%)は治療医および患者双方により嘔吐エピソードが記録され、119例(30.1%)は患者のみ、25例(6.3%)は治療医のみの記録であったが、Dexamethasoneによる治療効果は、治療医のみの記録、患者のみの記録でも同様であった。なお、術後25〜72時間の嘔吐は両群に有意差を認めず(Risk rate=0.90, p=0.14)、術後73〜120時間では両群で同程度であった(Risk rate=1.02, p=0.87)。術後24時間以内の嘔吐におけるサブグループ解析では、手術の種類、術後回復力強化プログラム(ERAS)施行の有無、喫煙状況、ASA grade、術後疼痛緩和の方法、性別のいずれにおいても有意差を認めなかった。

 術後の制吐薬使用は、術後24時間以内(p<0.001)、術後25〜72時間(p<0.001)ではDexamethasone群で有意に少なかったが、術後73〜120時間では両群に差を認めなかった(p=0.65)。術後24時間以内の重篤なPONVはDexamethasone群で有意に少なく(Risk rate=0.68, p=0.02)、術後24時間以内に経口摂取を開始した症例はDexamethasone群で有意に多かった(Risk rate=1.17, p<0.001)。一方、疲労は術後120時間、30日のいずれも両群で差を認めず、入院期間も両群で同様であった。

 問題となる有害事象は両群で差を認めず、30日以内の感染症は標準的ケア群9.9%、Dexamethasone群10.2%であり、創感染はそれぞれ6.1%、6.4%、尿路感染は1.2%、1.6%、気道感染は2.2%、1.0%であった。また、縫合不全はそれぞれ3.1%、1.6%、腹腔内膿瘍は0.1%、0.3%であり、両群に有意差を認めなかった。

 以上のように、腸管手術を受ける患者に対する術前Dexamethasone投与により、PONVの発現率を有意に低下させ、救済治療の必要性を減少し、経口摂取回復までの期間を早めた。また、有害事象の増加を認めなかったことから、腸管手術を受ける患者に対しては術前Dexamethasone投与が推奨されると考えられる。



監訳者コメント:
消化管手術においてDexamethasone投与で術後の悪心/嘔吐の発症を予防できるか?(DREAMS Trial)

 手術後の悪心/嘔吐は30%以上に認められ、術後の回復や退院の遅延につながることから、その発症予防は非常に重要である。これまでに、副腎ステロイドのDexamethasone投与により、手術後の悪心/嘔吐の発症頻度が減少するという報告はあるものの、消化管手術を対象とした大規模な比較試験はなかった。

 本試験は、消化管手術において、手術開始直前にDexamethasoneを8mg投与することで、術後の悪心/嘔吐の発現を抑制できるかどうか盲検下多施設共同無作為化試験で検証したものである。

 Dexamethasoneを投与することで、術後の悪心/嘔吐の発症抑制や手術による炎症反応の軽減が期待できる反面、感染や縫合不全などのリスクがあることから、その有用性を盲検下多施設共同無作為化試験で検証されたことは非常に興味深い。

 Dexamethasoneの投与方法は、手術開始直前に8mgを単回投与するもので、主要評価項目である術後24時間以内の嘔吐の発現率は、標準的ケア群(Dexamethasone非投与群)の33.2%に比べ、Dexamethasone投与群は25.5%であり、有意に低下していた(p=0.003)。また、術後72時間までの術後の制吐剤使用、術後24時間以内の重篤な悪心/嘔吐の発現頻度、術後24時間以内の経口摂取の開始割合などの副次評価項目でも、有意に、Dexamethasone投与群が優れていた。一方、感染症や縫合不全などの有害事象の発現については有意差がなかった。

 以上の結果から、消化管手術に対して術直前にDexamethasoneを8mg単回投与することの有用性が示されたことになる。今後、ステロイド投与による術後の抗炎症作用により、より重篤な術後合併症を軽減できたり、術後の補助化学療法の継続性が向上したりして、生存率にも影響しないかを検証する大規模臨床試験の結果を期待したい。

References

  •  1) Gan TJ, et al.: JAMA. 287(10): 1233-1236, 2002[PubMed
  •  2) Cohen MM, et al.: Anesth Analg. 78(1): 7-16, 1994[PubMed
  •  3) Apfel CC, et al.: Br J Anaesth. 109(5): 742-753, 2012[PubMed
  •  4) Russell CA, et al.: Nutrition screening survey in the UK in 2008. BAPEN 2009. www.bapen.org.uk
  •  5) Apfel CC, et al.: N Engl J Med. 350(24): 2441-2451, 2004[PubMed
  •  6) Kirdak T, et al.: Am Surg. 74(2): 160-167, 2008[PubMed
  •  7) Zargar-Shoshtari K, et al.: Br J Surg. 96(11): 1253-1261, 2009[PubMed
  •  8) Zou Z, et al.: PLoS One. 9(10): e109582, 2014[PubMed
  •  9) Wang JJ, et al.: Anesth Analg. 91(1): 136-139, 2000[PubMed

関連リンク

監訳・コメント:市立豊中病院 消化器外科 部長 今村 博司

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