9月監修:国立がん研究センター東病院 消化管内科 谷口 浩也
大腸癌
抗EGFR治療抵抗性の転移性大腸癌患者におけるSym004の効果と血中循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いた遺伝子解析
Montagut C, et al.: JAMA Oncol. 4(4): e175245, 2018
RAS野生型の転移性大腸癌には、抗EGFR(上皮増殖因子受容体)抗体薬であるPanitumumab、Cetuximabが有効であるものの、その効果は一時的であり、獲得耐性が生じることが知られている。高頻度に発現する耐性機序として、RAS経路に加えEGFR遺伝子の細胞外領域(extracellular domain: ECD)の変異が生じることが挙げられる。さらに、BRAF V600E変異は転移性大腸癌における予後不良因子とされている1,2)。
Sym004はEGFR ECD IIIの異なるエピトープに結合するFutuximabとModotuximabという2つの分子標的薬の複合体である。非臨床試験において、Sym004は癌細胞表面のEGFRを内在化させ、さらに内在化された受容体タンパクが分解されることによって、EGFRのダウンレギュレーションを誘発し、癌細胞の増殖を阻害する3,4)。これらの作用機序により、既存の抗EGFR抗体薬単剤と比較してEGFRのシグナル経路をより効率的に阻害し、強い抗腫瘍効果が得られることが示されている3,5)。
先行の第I相試験において6)、Sym004は12 mg/kg/週まで忍容可能であり、用量制限毒性はgrade 3の皮膚障害および低Mg血症であった。また、拡大コホートにおいてSym004を投与された既治療例の転移性大腸癌患者39例において、44%に腫瘍縮小、13%にPRを認め、転移性大腸癌患者に対する臨床的有効性が示唆された。
Sym004-05試験は抗EGFR抗体薬に抵抗性となった転移性大腸癌患者を対象とした無作為化第II相試験である。主な適格基準として、ECOG PS 0または1、RECISTによる測定可能病変を有する、KRAS exon 2野生型、Fluorouracil、Oxaliplatin、Irinotecanを含む標準治療に不応不耐、抗EGFR抗体薬に対してCR、PRもしくは16週以上のSDの効果を認めた後に抗EGFR抗体薬に不応となった患者とされた。また、BevacizumabもしくはAfliberceptの投与歴は許容されているが、Regorafenibの投与歴がある患者は除外されている。患者は、1:1:1に無作為に3群(A群:Sym004 12 mg/kg/週、B群:Sym004初回9 mg/kg/週、2回目以降6 mg/kg/週、C群:医師判断によりCapecitabine、Fluorouracil、BSC)に割り振られた。治療は、画像評価におけるPD、許容できない毒性や死亡、患者や医師が継続不可能と判断するまで継続した。主要評価項目はOS、副次評価項目は安全性、PFS、奏効率、バイオマーカー解析であった。
統計学的仮説として、OS中央値をC群6ヵ月7)、A群・B群を9.2ヵ月と仮定し、検出力80%で181イベントが必要であり、必要症例数は240例とした(p=0.121)。また、事前にバイオマーカー解析が計画されており、治療開始時点の血液検体を用いてctDNAの解析が行われた。
2014年3月6日から2015年10月15日までの期間に299人の患者がスクリーニングされ、254人の患者が無作為化された(ITT)。ITTにおけるOS中央値はA群7.9ヵ月(95% CI: 6.5-9.9ヵ月)、B群10.3ヵ月(95% CI: 9.0-12.9ヵ月)、C群9.6ヵ月(95% CI: 8.3-12.2ヵ月)であった。C群に対して、A群HR=1.31(95% CI: 0.92-1.87)、B群HR=0.97(95% CI: 0.68-1.40)であった。PFS中央値はA群2.8ヵ月(95% CI: 1.8-3.2)、B群2.7ヵ月(95% CI: 2.6-3.3)、C群2.6ヵ月(95% CI: 1.4-3.1)であった。奏効率はA群14.1%、B群9.6%、C群2.9%であった。
A群はB群と比較してより強い毒性が認められた。有害事象は、既存の抗EGFR抗体薬と一致しているものの、皮膚障害(A群94.0%、B群92.9%、C群10.3%)、低Mg血症(A群68.7%、B群56.0%、C群7.7%)は既存の抗EGFR抗体薬よりも高頻度に認められた。一方、消化器関連の有害事象は既存の抗EGFR抗体薬と比較して低頻度であった(A群51.8%、B群48.8%、C群47.4%)。
治療開始時の血液検体を用いて、193人の患者でctDNA(70遺伝子)が解析された。抗EGFR抗体薬の耐性機序として報告されているRAS変異(29.5%)、EGFR ECD変異(25%)、BRAF V600E変異(6.7%)が認められ、またERBB2/HER2やMETの増幅も認められた。さらに、本試験において、APC/TP53のmutant allele frequency(MAF)中央値が20%付近であったことから、RASのMAFが20%を超える症例はclonalなRAS変異と判断した。以上より、RAS変異(>20%)がなく、かつBRAF V600E変異を認めない症例をdouble negative、それらに加え、EGFR ECD変異を認めない症例をtriple negativeと定義した。Double negativeの症例において、OS中央値はC群8.4ヵ月に対して、B群11.9ヵ月と中央値として3.5ヵ月の延長を認めた。Triple negativeの症例においては、OS中央値はC群7.3ヵ月に対して、B群12.8ヵ月と中央値として5.5ヵ月の延長を認めた。
本試験において、OSは治療群による明らかな差は認められなかったものの、同様に転移性大腸癌の後方ラインを対象としたTAS-102やRegorafenibの第III相試験におけるcontrol armと比較すると、本試験におけるcontrol armであるC群のOS中央値9.6ヵ月は注目すべき点である8,9)。TAS-102やRegorafenibの第III相試験におけるcontrol armはプラセボ群であったが、本試験のcontrol armでは医師判断によりCapecitabine(68人)、Fluorouracil(13人)、BSC(4人)と積極的な治療を受けていた。それによって、Sym004の有効性が十分に示されなかった可能性がある。
近年、抗EGFR抗体薬の獲得耐性の一つとして、EGFR ECD変異が注目されている10-12)。本試験においても約25%の患者においてEGFR ECD変異を認めた。また、はっきりとした理由はわかっていないものの、前治療としてPanitumumabが投与された患者はCetuximabが投与された患者に比べ、EGFR ECD変異がより高頻度に認められた。非臨床試験において、EGFR ECD変異細胞に対してもSym004は有効であり、またSym004治療後のctDNA解析ではEGFR ECDのMAFが減少していたものの、本試験でのEGFR ECD変異に対する臨床的有効性にはつながらなかった。
抗EGFR抗体薬の獲得耐性において、EGFR ECD変異はsubclonalであり、他の遺伝子異常とともに存在するため、たとえSym004がEGFR ECD変異細胞を標的としても、その他の耐性機序をもつclonalな癌細胞が存在することによってSym004の効果が乏しくなっている可能性がある。本試験結果は、抗EGFR抗体薬であるCetuximabやPanitumumabの投与によりさまざまなsubclonalな変化、遺伝子の複雑性が生じることで、その後の厳しい予後や限定的な治療効果につながっていることが示唆される13,14)。
本試験のlimitationとして、control armの96%の患者が化学療法を受けていること、標準治療に不応のみならず不耐も対象としたことで、control armの化学療法に一定の有効性を示したこと、triple negative症例に対してSym004によるOSの改善の可能性が示唆されたが、後解析であることが挙げられる。
日本語要約原稿作成:国立がん研究センター東病院 薬剤部 中村 真穂
監訳者コメント:
Sym004は抗EGFR抗体薬抵抗性の転移性大腸癌患者に対して有効な可能性が示唆された。
Sym004はEGFR ECD IIIの異なるエピトープに結合するFutuximabとModotuximabという2つの分子標的薬を複合した新規抗EGFR抗体薬である。海外の第I相試験において、既治療例の転移性大腸癌患者(n=39)で13%の奏効率を認めているほか1)、日本人固形癌患者を対象とした第I相試験において、12 mg/kg/週まで投与量を増量しても用量制限毒性は認められず、標準治療に不応不耐となった切除不能進行再発食道癌を対象とした拡大コホート(n=30)では、最良効果における奏効率16.7%、病勢制御率56.7%であった15)。
本試験は、抗EGFR抗体薬であるCetuximabもしくはPanitumumabに不応となった転移性大腸癌患者を対象として、Sym004の有効性と安全性を検証した無作為化第II相試験である。主要評価項目であるOSの延長は示されず、試験全体としてはnegativeではあるものの、RAS変異陰性かつBRAF V600E変異陰性のdouble negative、さらにRAS、BRAFにEGFR ECD変異陰性を加えたtriple negativeに対象患者を絞ることで、抗EGFR抗体薬に不応となった患者に対してSym004投与による生存期間延長の可能性が示唆されていることは注目すべき点である。また、control armにおいて96%の患者が何らかの化学療法を受けたことにより、同じ後方ラインでプラセボを比較対象とした他の第III相試験のOS中央値(CORRECT試験:プラセボ群5.0ヵ月8)、RECOURSE試験:プラセボ群5.3ヵ月9))と比較して本試験のcontrol armのOS(中央値:9.6ヵ月)が良好であることがSym004の有効性を十分に検証できなかった一因となっている可能性がある。
本試験結果をもとに、現在、抗EGFR抗体薬に不応となった転移性大腸癌患者を対象として、Sym004の有効性と安全性を検証する国際第III相試験が計画されている。
現在は、抗EGFR抗体薬治療開始前の組織検体におけるRAS変異あるいはBRAF変異が日常臨床における抗EGFR抗体薬の効果予測因子として用いられているが、近年、RAS、BRAF、HER2、METなどの抗EGFR抗体薬の獲得耐性が明らかになってきている。さらに、リキッドバイオプシーを用いたctDNA解析の急速な発展により、現時点ではまだresearch baseではあるものの、血液検体を用いることで抗EGFR抗体薬投与後の遺伝子異常をより簡便に調べることができるようになってきており、癌のheterogeneityによる状況の変化をリアルタイムに把握し、その時々に最適な治療を行うことができるような治療開発が期待される。
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監訳・コメント:国立がん研究センター東病院 消化管内科 小谷 大輔
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