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2月
国立がん研究センター中央病院 消化管内科 医長 加藤 健

悪心・嘔吐

化学療法誘発性の悪心・嘔吐に対するOlanzapine 5mg+標準制吐療法:多施設無作為化二重盲検プラセボ対照第III相試験(J-FORCE)


Hashimoto H, et al.: Lancet Oncol. 21(2): 242-249, 2020

 化学療法誘発性の悪心・嘔吐は多くの患者が経験する不快な有害事象の一つである。制吐療法を施さずに高度催吐性化学療法(HEC)を受けた患者の嘔吐発現割合は90%を超えるとされる1)。Cisplatin(CDDP)を含むHECに対する現在の標準制吐剤はセロトニン(5-HT3)受容体拮抗薬、ニューロキニン-1(NK1)受容体拮抗薬、Dexamethasone(DEX)の3剤併用療法であるが、遅発期(24~120時間)に対する有効性は未だ十分ではなく、多くの患者に対して重要な問題である2,3)

 Olanzapine(OLZ)は複数の受容体(ドパミン、セロトニン、アドレナリン、ヒスタミン、ムスカリン等)を標的とし、拮抗薬として作用する非定型抗精神病薬である。制吐効果に関与するさまざまな受容体に作用するため、これまで制吐剤として種々、研究がなされてきた4-6)。現在、CDDPを含むHECに対して、OLZ 10mgと3剤併用制吐療法(5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、DEX)が国際ガイドラインで推奨されている7,8)。しかし、OLZ 10mgの過度な鎮静が懸念されており9)、OLZ 10mgで鎮静がみられた患者や高齢者に対して5mgへの減量も推奨されている7,8)

 CDDP含有レジメン誘発の悪心・嘔吐に対して、現在の標準的制吐療法にOLZ 5mgを加えた4剤併用療法の有効性・安全性を調査する3つの第II相試験が行われた。その結果、4剤併用療法の制吐効果が示され10-12)、鎮静を含む有害事象はOLZ 10mgと比較し5mgのほうが有意に低いことが示された12)

 本試験の目的は、CDDPを含むHECが誘発する遅発期での悪心・嘔吐の制御において、標準制吐療法+OLZ 5mg併用の標準制吐療法に対する優越性を検証することである。

 本研究は日本国内26施設が参加した無作為化二重盲検プラセボ対照第III相試験であり、適格基準は、初回CDDP(≧50mg/m2)治療を受ける固形腫瘍患者、年齢は20~75歳、ECOG performance status 0-2の患者とした。その他の基準は、症候性脳転移や癌性髄膜炎のいずれも有さないこと、登録48時間以内に5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、副腎皮質ステロイド、抗ドパミン薬、フェノチアジン系精神安定剤、抗ヒスタミン薬、ベンゾジアゼピン系薬剤などを使用していないこと、T-Bil≦2.0mg/dL、AST≦100IU/L、ALT≦100IU/Lを満たすこととした。

 除外基準は、登録前6ヵ月以内に、不安定狭心症、心筋梗塞、脳出血、脳梗塞、活動性の胃・十二指腸潰瘍のいずれか1つ以上の既往がある患者、抗痙攣薬の治療を要する痙攣性疾患を有する患者、治療的穿刺を要する腹水貯留を有する患者、胃幽門部狭窄または腸閉塞を有するなどの消化管通過障害を有する患者、インスリンや経口血糖降下剤のいずれか1つ以上の治療を受けている糖尿病患者、および登録時のHbA1c(NGSP)が6.5%以上の患者であった。

 適格患者はOLZ 5mg群とプラセボ群に1:1で無作為に割り付けられた。割付調整因子は性別、CDDPの投与量(70mg/m2以上/未満)、年齢(55歳以上/未満)であった。

 制吐療法としてOLZ群、プラセボ群ともにday 1にPalonosetron(Palo)0.75mg、Aprepitant(APR)125mg、DEX 12mg、day 2-3にAPR 80mg、day 2-4にDEX 8mgが投与された。NK1受容体拮抗薬としてFosaprepitant 150mgをday 1に投与した場合はday 3,4のFosaprepitantの血中濃度の低下を考慮し、day 3,4はDEX 16mgに増量した13)。試験薬としてOLZまたはプラセボをCDDP開始日から4日間、夕食後に毎回2カプセルを経口投与し、CDDP開始から120時間後までを観察期間とした。

 24時間毎の患者の症状を調査するために症状日誌が使用された。症状日誌に記載された項目は、嘔吐回数、Likert scaleを用いた悪心の重症度、制吐剤の救済治療の回数と初回投与の時間、食欲不振の重症度、日中の眠気の重症度、眠気による集中力低下、眠気の頻度であった。有害事象(便秘、しゃっくり、眠気、不眠、口腔内乾燥、眩暈)はCTCAE ver4.0に基づいて判断された。患者は、観察期間終了時点の制吐療法に関する満足度を7段階のカテゴリースケールを用いて評価した。

 主要評価項目は遅発期(CDDP開始後24~120時間)におけるcomplete response(CR:嘔吐、空嘔吐、救済治療なし)割合とした。副次評価項目として急性期(CDDP開始後0~24時間)と全期間(CDDP開始後0~120時間)のCR割合、また、急性期、遅発期、全期間においてのcomplete control(CC:CRかつ悪心なし/または軽度)割合、急性期、遅発期、全期間においてのtotal control(TC:CRかつ悪心なし)割合と有害事象の発生割合、治療成功期間(CDDP開始から初回嘔吐または救済治療までの期間)とした。

 症例数設定はプラセボ群のCR割合を65%と仮定し、OLZ上乗せにより10%改善することを臨床的に意義のある差と考え、有意水準片側2.5%、検出力80%として、片群329例、両群計658例が必要と計算された。5%の不適格例や治療未施行例を考慮し、予定登録患者数は690例に設定された。

 2017年2月9日から2018年7月13日の期間で、710例の患者が登録され、OLZ群356例、プラセボ群354例に無作為に割り付けられた。4例の患者が試験治療を受けておらず、706例(OLZ群355例、プラセボ群351例)について安全性を解析した。高アンモニア血症で中止した1例は2日目に試験治療が中断され遅発期の悪心・嘔吐に関するデータが得られなかったため有効性の解析から除外された。患者背景はOLZ群とプラセボ群において55歳以上がそれぞれ82%、83%、男性がいずれも67%であり、癌種においても両群ともに明らかな差はなく、肺癌が50%、52%、食道癌が21%、23%、婦人科癌がいずれも10%を占めた。CDDP投与量は70mg/m2以上がいずれも75%で、両群で偏りはなかった。

 主要評価項目である遅発期CR割合は、OLZ群79%(95% CI: 75-83)のほうがプラセボ群66%(95% CI: 61-71)よりも有意に高かった(p<0.0001)。急性期のCR割合はOLZ群95%(95% CI: 93-97)、プラセボ群89%(95% CI: 85-92)であり(p=0.0021)、全期間のCR割合ではOLZ群78%(95% CI: 74-82)、プラセボ群64%(95% CI: 59-69)であった(p<0.0001)。さらに、CC、TCは急性期のTC割合を除いてOLZ群で高い結果となった。

 患者記載による症状日誌での悪心の重症度はday 2-4においてOLZ群と比較しプラセボ群で高く、OLZ服用が悪心軽減に寄与していることが示された。治療成功期間はOLZ群で優れた結果であった(ハザード比=0.544[95% CI: 0.410-0.723]、p<0.0001)。

 日中の眠気の割合はday 1にはOLZ群が高かったが、day 2以降では両群間に差を認めなかった。夜間の睡眠についてはOLZ群が全期間を通して良く眠れており、眠気による集中力の低下はday 4,5においてプラセボ群のほうが高かった。食欲低下の度合いはday 2以降OLZ群で低かった。そして、治療への満足度はOLZ群のほうが高かった。OLZ群の有害事象の発現率は、眠気が全Gradeで43%、Grade 3で0.3%、眩暈が全Gradeで8%、口腔内乾燥が全Gradeで21%であり、プラセボ群に対して高かったが、両群ともにGrade 4の有害事象の発現は認めなかった。

 今回の試験は、CDDP含有化学療法においてOLZ 5mgを加えた4剤併用の制吐療法が従来の標準制吐療法と比較し、遅発期におけるCR割合の有意な改善を示した最初の二重盲検プラセボ対照第III相試験である。急性期のCR割合がOLZ群で有意に高かったことも先行研究と一致した14)

 結論として、APR、Palo、DEXにOLZ 5mgを加えることは、CDDPを含むHECを受ける患者における新たな標準制吐療法の一つとなるであろう。


日本語要約原稿作成:国立がん研究センター中央病院 薬剤部 陳 美樹



監訳者コメント:
Olanzapine 5mgは標準制吐療法となるか?

 J-FORCE試験は、Cisplatin初回投与例を対象に標準制吐療法であるPalonosetron、Dexamethasone、AprepitantにOlanzapine 5mgの上乗せ効果を検証するために多職種により企画運営された多施設共同無作為化第III相試験である。

 本試験のポイントは、制吐療法の各種ガイドラインで推奨されるOlanzapineの用量は10mgであるところ5mgを使用しプラセボに対して13%の上乗せ効果を検証でき、さらに眠気等の副作用が比較的軽度であった点である。症状日誌による日中の眠気は、day 1こそOlanzapine群が高いものの、day 2以降に差を認めなかった。眠気による日中の集中力への影響についてはday 4以降にプラセボ群で集中力の低下を認めている。本研究では眠気を極力少なくするために、Olanzapineの服用時間を夕食後とした。寝る前の服用ではなく夕食後という点が重要である。Olanzapineは服用4~5時間後に最高血中濃度に到達することから夕食後19時から20時ごろに服用することで最も眠い時間を就寝時に過ごすことができると考えた。このことは、Alex Molassiotisからのcommentにおいても触れられている。同commentでは本研究の限界点をいくつか指摘しているものの、それが研究結果に疑問を投げかけるものではないとも述べられている。

 本研究発表以後に国内外のガイドラインの改訂は確認できていない。今後Olanzapine 5mgがどのように扱われるかを注視していきたい。

監訳・コメント:国立がん研究センター中央病院 薬剤部 橋本 浩伸

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