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12月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 准教授 砂川 優

固形癌

進行固形癌におけるSotorasibによるKRAS G12C阻害


Hong DS, et al.: N Engl J Med. 383(13): 1207-1217, 2020

 Kirsten rat sarcoma viral oncogene homologue(KRAS)変異は、癌遺伝子として最も頻度の高いものの一つである。KRASは、グアノシン三リン酸(GTP: guanosine triphosphate)と結合することにより活性化され、細胞増殖に働くが、GTPがグアノシン二リン酸(GDP: guanosine diphosphate)へ変換されると、不活性型となる1)。しかし、変異したKRASは、GTPとの強い結合が続くことで恒常的に活性化した状態が維持され、癌細胞の増殖につながると考えられている。KRAS変異を標的とした治療開発は、長きにわたりさまざまな試みがなされたが、いずれも不成功に終わり、創薬は困難である“undruggable”なものと考えられてきた。

 KRAS蛋白質の12番目のグリシンがシステインに変異したKRAS G12C変異は、非小細胞肺癌で13%、大腸癌などの他の固形癌では1~3%に認められる2-5)KRAS G12C変異は、GDPが結合した不活性型において、変異したシステインに隣接するswitch IIポケットを有する。Sotorasib(AMG 510)は、この変異したシステインと直接結合すると同時に、switch IIポケットの構造変化を促し、変化したポケットとも結合することにより、KRAS蛋白質の機能を抑制すると考えられている。

 KRAS G12C変異陽性マウスを用いた非臨床試験において、KRASを阻害することにより、その下流に存在するextracellular signal-regulated kinase(ERK)のリン酸化を抑制することが示され6)、第I相試験が実施された。

 適格基準は、KRAS G12C変異をもつ局所進行もしくは転移性の腫瘍を有するECOG PS 0-2の患者で、RECIST version 1.1に基づく測定可能病変を有する症例であった。ほかにも、標準的化学療法治療歴があることが適格基準に含まれており、非小細胞肺癌ではプラチナベースの化学療法もしくは分子標的治療のいずれかの治療歴、大腸癌では2レジメン以上の化学療法歴、マイクロサテライト不安定性を有する固形癌ではNivolumabもしくはPembrolizumabの治療歴、その他の癌種では1レジメン以上の化学療法歴が必須とされた。

 本試験は、用量漸増コホートと拡大コホートの2つのコホートが設けられ、用量漸増コホートでは、Sotorasibを180mg、360mg、720mg、960mgの用量でそれぞれ1日1回、21日を1サイクルとして経口投与された。180mgから720mgの投与を受けた症例では、治療中に用量の安全性が確認されれば、投与量を増量することが許容されていた。また用量漸増コホートにおいてはその用量が安全であるとみなされた場合には症例の追加が許容された。第II相試験の推奨用量が決定されたのちに拡大コホートがオープンとなった(なお、拡大コホートでは960mgの用量が選択された)。主要評価項目は安全性、副次評価項目は薬物動態、独立中央判定による奏効割合、奏効持続期間、病勢制御割合、無増悪生存期間(PFS)、病勢制御持続期間であった。

 用量漸増コホートと用量拡大コホートを合わせて、計129例が登録され、全症例が解析対象となった。年齢中央値は62歳(範囲:33-83)で、非小細胞肺癌が59例、大腸癌が42例、その他の腫瘍が28例であった。転移性腫瘍に対する前治療レジメンの中央値は3(範囲:0-11)であり、78例(60.5%)が3レジメン以上の治療歴を有していた。

 解析はSotorasib単剤にて連日経口投与された第I相試験の被験者全体を対象に行われた。観察期間中央値は11.7ヵ月(範囲:4.6-21.2)で、治療継続期間中央値は3.9ヵ月(範囲:0-16.6)であった。

 用量制限毒性(DLT: dose-limiting toxicity)は認めず、治療関連死もみられなかった。有害事象は、125例(96.9%)に発生したが、その中で73例(56.6%)が治療関連有害事象と判定された。治療関連有害事象のうち、重篤なものは2例(1.6%)、grade 3以上のものは15例(11.6%)に認められた。Grade 3以上の治療関連有害事象の内訳は、alanine aminotransferase(ALT)上昇が6例(4.7%)、下痢が5例(3.9%)、貧血が4例(3.1%)、aspartate aminotransferase(AST)上昇が3例(2.3%)、alkaline phosphatase(ALP)上昇が2例(1.6%)、肝炎、リンパ球減少、gamma-glutamyltransferase(GGT)上昇、低Na血症が、それぞれ1例(0.8%)であった。Grade 4の治療関連有害事象はALT上昇が1例(0.8%)生じたが、休薬とステロイド投与による保存的治療で回復が得られた。Grade 3のALT上昇とAST上昇を合併して生じた1例が、有害事象により試験治療中止となった。

 960mgが拡大コホートで採用されたが、その薬物動態は、最高血中濃度(Cmax)、最高血中濃度到達時間中央値(Tmax)が、それぞれ7.50μg/mL、2.0時間であり、半減期(mean±SD)は5.5±1.8時間であった。

 癌種別の解析も行われた。非小細胞肺癌において奏効は全ての用量で認められた。全59例における客観的奏効割合は32.2%(19例)、病勢制御割合は88.1%(52例)であり、960mgの投与を受けた34例では、奏効割合35.3%(12例)、病勢制御割合91.2%(31例)であった。完全奏効はみられなかったが、測定可能病変が100%の縮小を認めた症例が1例あった。奏効持続期間の中央値は10.9ヵ月で、奏効例19例中10例がデータカットオフの時点でも治療を継続していた。病勢制御割合持続期間の中央値は4.0ヵ月、PFSの中央値は6.3ヵ月であった。

 大腸癌42例において奏効が確認されたのは3例で、全て960mgの投与を受けていた。全42例における客観的奏効割合は7.1%(3例)、病勢制御割合は73.8%(31例)であり、960mgの投与を受けた25例では、奏効割合12.0%(3例)、病勢制御割合80.0%(20例)であった。奏効が得られた3例の奏効持続期間は、それぞれ4.9ヵ月、6.9ヵ月、9.9+ヵ月であり、1例がデータカットオフ時点で治療を継続していた。病勢制御持続期間の中央値は5.4ヵ月、PFSの中央値は4.0ヵ月であった。

 非小細胞肺癌と大腸癌以外の腫瘍では、28例中4例(膵癌、子宮体癌、虫垂癌、悪性黒色腫)に奏効が確認され、客観的奏効割合は14.3%(4例)、病勢制御割合は75.0%(21例)であった。

 KRAS G12C変異を有する固形癌に対してSotorasibはDLTを認めず、忍容性は良好で、非常に有望な抗腫瘍効果が認められた。現在、非小細胞肺癌においては、Docetaxelを対照群とした国際共同第III相無作為化比較試験であるCodeBreak 200試験(NCT04303780)、他の癌種においては、抗EGFR抗体薬をはじめとして、さまざまな薬剤と併用する第Ib試験のCodeBreak 101試験(NCT04185883)が進められている。


日本語要約原稿作成:近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 三谷 誠一郎



監訳者コメント:
KRAS G12C遺伝子変異に対するSotorasibに期待

 RAS蛋白質は「off」の状態ではGDPと結合しているが、これが上流からの刺激によりグアニンヌクレオチド交換因子が作用した結果GTPと交換されて「on」となる。一方RASに変異を生じると、GTPと結合する部位に蛋白構造変化が生じ、結果としてGTPがはずれなくなり、ずっと「on」の状態になってしまう。KRAS G12CはKRAS遺伝子exon2の12番目のコドンが「グリシン」から「システイン」に置き換わるという病的変異であるが、Sotorasib(AMG 510)は、その「システイン」にだけ直接結合する。したがってKRAS G12Cに対してのみ有効である。

 本試験においてSotorasibはKRAS G12Cが治療の標的たり得ることを示した。一方で、一般的なドライバー遺伝子に対する分子標的薬と比較すると有効性に物足りなさを感じる(その傾向は消化器癌で顕著である)のも事実である。この不十分な腫瘍縮小効果もしくは初期耐性については、すでにさまざまなメカニズムとそれを克服する方法が提唱されており7,8)、Sotorasibは化学療法や分子標的薬(抗EGFR抗体など)とのさまざまな併用療法で開発が進められている。

 BEACONレジメンの登場によって、BRAF V600Eが治療不能な予後不良を意味するnegative biomarkerから分子標的薬のpositive biomarkerへとその意味合いが変わった9)BRAF V600Eと同様に難攻不落と考えられているRAS変異であるが、新たなアプローチのRAS阻害剤(SHP2、SOS1、eIF4阻害など)も近年さまざま登場し、にわかに注目が集まっている。KRAS G12Cは消化器癌においては希少な遺伝子変異であるものの、まずはSotorasibがその突破口となることを期待したい。日常臨床においては、単にRAS遺伝子変異の有無だけではなく、そのサブタイプを細かく意識することが重要である。

監訳・コメント:近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 川上 尚人

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