9月
国立がん研究センター中央病院 消化管内科/頭頸部・食道内科 科長 加藤 健
大腸癌
切除不能大腸癌に対するPanitumumab再投与の指標としての血中循環腫瘍DNAの有用性に関する第II相試験(CHRONOS trial)
Andrea Sartore-Bianchi, et al.: Nat Med. 28(8): 1612-1618, 2022
背景
切除不能進行再発大腸癌(mCRC)患者の5年生存率は15%未満である1,2)。CetuximabやPanitumumabに代表される抗上皮成長因子受容体(EGFR)抗体薬で治療を行うことにより、RAS野生型mCRC患者の生存期間の延長が示された3)。しかし抗EGFR抗体薬による効果が開始時に得られた症例でもほぼ例外なく耐性を獲得し無効となる4,5)。抗EGFR抗体薬への獲得耐性の機序としては、EGFR下流のエフェクター(主にNRASとBRAF)の活動性変異の出現とEGFRの細胞外ドメイン(ECD)の変異による抗体結合の減弱の2つの機序が考えられている5-8)。既報では抗EGFR抗体薬投与中に血中に出現したKRAS変異型クローンは抗EGFR抗体薬の中止後に減少することが示されており、臨床的増悪後もクローン進化が継続することを示している9-12)。またctDNA中のRASとEGFR ECD変異型クローンは各々半減期3.7ヵ月、4.7ヵ月で減少するとされており11)、治療中にも腫瘍細胞がクローン進化を遂げることも示唆されている13)。現状では抗EGFR抗体薬が無効となった場合、ERBB2増幅14)やNTRK融合遺伝子15)等の標的変異がみられない症例は2次治療として殺細胞性抗癌剤と血管新生阻害薬を併用する治療へ移行する16,17)。こうした背景より、抗EGFR抗体薬の再投与は後方ラインの治療として位置づけられている18)。再投与とは、治療薬の投与開始時は効果を認めたものの、その後進行した症例に対する再治療と定義されている19)。既報では抗EGFR抗体薬の再投与は8~20%の奏効割合を示し、忍容性があることが報告されている18,20,21)。一方で多くの有望な後方視的データがあるにもかかわらず、血中循環腫瘍DNA(ctDNA)より得られる情報はmCRC患者への抗EGFR抗体薬の再投与の指標として用いられていない18,20-22)。この問題を解決するため、ctDNA中のRAS、BRAF、EGFR ECD変異ステータスを前向きに評価しPanitumumab再投与の指標となり得るかどうかを検討する、多施設非盲検単一群による第II相試験が計画された。
対象・方法
本試験は、治療開始時にctDNA中のRAS、BRAF、EGFR ECD変異が検出感度以下で、組織学的にRAS/BRAF野生型と診断されたmCRC患者が対象となった。主要評価項目はRECIST ver1.123)に基づくPanitumumab再投与による全奏効割合(ORR)であり、副次評価項目は無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)、Common Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)ver4.03に基づく有害事象であった。ctDNA中のRAS、BRAF、EGFR ECD変異はdroplet digital PCR(ddPCR)に基づくアッセイ(ddPCR Multiplex Mutation Screening Kit、singleplex assay)を用いて評価された。
結果・考察
計52例がスクリーニングを受け、31%(16例)がctDNA中に抗EGFR抗体に耐性を来すとされる遺伝子変異を少なくとも1つ有していた。内訳はKRAS変異(25%、13例)、NRAS変異(8%、4例)、BRAF変異(2%、1例)、EGFR ECD変異(6%、3例)が認められた。31%(5例)で複数の変異が認められた。バリアントアレル頻度は0.28~46.20%と幅があった。既報5,12,24)と同様に、KRAS codon 61変異が最も頻度が高く(50%、8例)、KRAS codon 61変異は抗EGFR抗体への2次耐性と関連している可能性が示唆された。
ctDNA中に検出可能な変異を認めない27例が本試験の対象となった。試験参加症例は3次治療以降の症例が多く、抗癌剤治療回数の中央値は3回で、抗EGFR抗体薬での治療歴としては、Panitumumabが1次治療で殺細胞性抗癌剤との併用で投与された症例が多い結果であった(78%、21例)。全患者がMicrosatellite Stable(MSS)であった。
ctDNA解析を行うための血液採取からPanitumumab再投与の開始までの期間の中央値は21日であった。主要評価項目の奏効割合は奏効(PR)が8例であり、ORRは30%(95%信頼区間[CI]: 12-47%)であった。有効期間の中央値は17週であった。安定(SD)は40.7%(11例、95% CI: 24-59%)で、82%(9/11例)で4ヵ月以上抗EGFR抗体の治療が継続可能であった。病勢制御割合(PR+SD>4ヵ月)は63%(17例、95% CI: 41-78%)で得られた。PRは右側原発症例や4次治療以降の前治療が多数実施された症例でも認められた。本試験のPanitumumab単剤による奏効割合は、RegorafenibやTrifluridine-Tipiracil等の標準的3次治療以降の治療法と比較し良好な結果と考えられる25)。
安全性の解析は少なくとも1度Panitumumabが投与された全患者で行われた。有害事象や患者希望による治療中断は認められなかった。CTCAE全gradeの治療関連有害事象としては、grade 5の有害事象は認められず、grade 3もしくは4の有害事象は22%(7例)で認められた。頻度の高いものとして、皮疹9%(3例)、毛包炎6%(2例)、爪囲炎3%(1例)、皮膚炎3%(1例)が認められ、9%(3例)でgrade 3の皮疹、毛包炎、皮疹&皮膚炎を来し減量や治療延期を要した。37%(12例)でTetracycline系抗菌薬の予防内服を行っていたにもかかわらず、皮膚障害の頻度は予防未実施の症例と差は認められなかった。以上より抗EGFR抗体薬の再投与は忍容性があり、有害事象も想定可能なものであった。
RAS/EGFR変異クローンの減衰動態の数学的モデリングに基づく時間閾値が、mCRC患者の抗EGFR抗体薬再投与の適切なタイミングと考え得る11)ことから、抗EGFR抗体薬を最終投与された日からスクリーニング日までの時間として、screening time interval(STI)が算出され中央値は11.5ヵ月であった。今回の検討でctDNAでのRAS野生型症例とRAS変異型症例を区別する時間閾値は確認できず、さらにSTIの長さと奏効確率には相関は認められなかった。またctDNA中に遺伝子変異が検出されないこと(ゼロ変異)が抗EGFR抗体薬再投与の有効性の主な予測因子であることが示唆された。
探索的検討項目としてformalin-fixed paraffin-embedded(FFPE)検体を用い、Panitumumab再投与前と増悪後に次世代シーケンサー(NGS)解析を行い耐性機序に関する検討が行われた。Panitumumab再投与前のFFPEによるNGS解析では2例でERBB2増幅を認め、うち1例はERBB2 p.V777Lホットスポット変異が認められた。ERBB2変異は抗EGFR抗体薬への耐性が報告されており、本試験でもERBB2変異を認めた2例はPanitumumab再投与の治療効果は認められなかった(最良効果:増悪)。一方MAP2K1、PTEN、SMAD4、PIK3CA変異などが抗EGFR抗体薬の耐性に関連するという報告があるが、今回治療後のFFPE検体を用いたNGS解析ではそれらの遺伝子変異は確認されなかった。
ctDNAを用いたNGS解析は、再投与後増悪した時点で収集した血漿量が十分あり解析可能と判断された症例(78%、21例)で実施された。大多数の症例(71%、15例)で少なくとも1ヵ所の遺伝子変異が認められ、抗EGFR抗体への耐性に関連している可能性が示唆された。Panitumumab再投与後の増悪時に確認された遺伝子変異としては、EGFR、KRAS、NRAS変異または増幅であり、48%(10例)の症例で認められた。ddPCR解析から得られた結果と同様に、KRASやNRAS変異はcodon 61に高頻度に生じていた。PTEN変異は4例、MET増幅は3例で確認された。48%(10例)の症例で抗EGFR抗体への耐性にかかわる遺伝子変異は2ヵ所以上確認された。評価可能なctDNAを有しPRが得られた60%(3/5例)の症例で増悪時に抗EGFR抗体への耐性にかかわる遺伝子変異を認め、それぞれPFSが28週、28週、21週であった。増悪時に遺伝子変異を認めなかった2例においても、PFSは20週、27週であった。これらの遺伝子変異は抗EGFR抗体再投与時に奏効が得られなかった症例においても高頻度に認められた。抗EGFR抗体再投与前に実施したNGS解析で遺伝子変異が認められなかった症例の66.7%(4例)で分子レベルの変化が出現したことは、奏効が得られなかった症例においても、抗EGFR抗体薬によるselection pressureが加わり、クローン進化を生じている可能性が示唆された。
結論
本試験の結果、ctDNA解析はmCRC患者の治療選択に対して、安全かつ効果的にまた簡便に取り入れることができることが明らかとなった。ctDNA解析は抗EGFR抗体薬の治療効果を最大化しかつ不要な治療を避けることができるために、Panitumumab再投与を行うmCRC患者の治療選択に有用であると考えられる。
日本語要約原稿作成:がん研有明病院 消化器化学療法科 福田 晃史郎
監訳者コメント:
血中循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いて上皮成長因子受容体(EGFR)阻害薬治療の最適化を行う時代の幕開け
CRICKET試験20)でEGFR阻害薬の再投与の有効性が初めて報告されて以降、本邦でもE-Rechallenge試験26)、JACCRO CC-08/09試験27)などで同様の結果が報告され注目を集めてきた。これら複数の試験の事後解析で治療前のctDNAにおいてRAS/BRAF/EGFR細胞外ドメインをはじめとしたEGFR pathwayにかかわる遺伝子変異が野生型の症例で治療成績が向上することが報告されていた。CHRONOS試験はctDNA中の遺伝子変異ステータスをもとに前向きにEGFR阻害薬の再投与の有効性を検討した初めての報告である。
既報と同様、治療前のEGFR pathwayにかかわる遺伝子変異ステータスはEGFR阻害薬の治療効果と関連し、RAS/BRAF/EGFR細胞外ドメインが野生型であればEGFR阻害薬単剤の奏効割合が30%と非常に良好な成績であった。EGFR阻害薬の再投与を考慮する際には、治療効果良好例の絞り込みや、医療経済的観点からもctDNA中の遺伝子変異ステータスの確認は今後必要不可欠となるであろう。
一方、初回EGFR阻害薬投与から再投与までの期間に関しては、本邦から報告されたREMMARY試験28)の結果では365日以上の症例において治療成績が良好であったが、CHRONOS試験ではより短期間でも奏効例を認めており、個々の症例に最適なEGFR阻害薬のインターバルがある可能性が示唆され、これまでに報告されている試験結果も踏まえ慎重に議論していく必要があると考えられる。
ctDNAを用いたEGFR阻害薬治療の最適化に関する解決すべき問題として、REMMARY試験で報告があったように、前治療のEGFR阻害薬耐性時のctDNA中のRAS変異の出現がEGFR阻害薬再投与時の治療効果に与える影響28)や、組織RAS変異型症例が治療後にRAS野生型となるNeo RAS野生型大腸癌に対するEGFR阻害薬の治療効果29)などがあり、依然注目度の高い領域である。
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監訳・コメント:がん研有明病院 消化器化学療法科 大隅 寛木
GI cancer-net
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