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12月
聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学 准教授 砂川 優

大腸癌

BRAF V600E変異陽性切除不能・進行再発大腸癌に対するEncorafenib、Binimetinib、Cetuximab併用療法を検証した第III相無作為化試験の中間解析結果(BEACON CRC試験)


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Kopetz S, et al.: N Engl J Med. 381(17): 1632-1643, 2019

BRAF遺伝子変異は、有毛細胞白血病、悪性黒色腫、甲状腺癌、卵巣癌や大腸癌などに認められ、V600E変異がその大部分を占める1)BRAF遺伝子変異は機能的にクラス1〜3へ分類されるが、V600E変異はクラス1で、BRAFの上流にあるRASによる活性化を受けなくても常に単量体で活性化が認められる2)

 大腸癌におけるBRAF V600E変異の頻度は10%程度にみられ、右側原発腫瘍および散発性マイクロサテライト不安定性(MSI)大腸癌と関連が指摘されており、また予後不良であることが知られている3-5)。これまでの臨床試験の結果から、BRAF V600E変異陽性大腸癌においてBRAF阻害薬単剤では十分な奏効がみられないことが知られている6)。これは大腸癌においてBRAF阻害によりERK1/2のリン酸化が抑制されることで急速にEGFRの再活性化が起き、さらにBRAFは介さずRASおよびCRAFを通したシグナル経路によりMAPKが活性化されるため、と考えられている7)。基礎研究から、MAPK経路にかかわる分子を同時に抑制することがBRAF V600E変異陽性腫瘍における治療効果の改善につながると考えられ、分子標的薬の併用がさまざまな癌種で検討されてきた8)。BRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用は、BRAF V600E変異陽性悪性黒色腫においてBRAF阻害薬単剤と比較し、奏効割合および生存期間の有意な改善を示し、既に本邦でも1次治療としてDabrafenib(BRAF阻害薬)+Trametinib(MEK阻害薬)もしくはEncorafenib(BRAF阻害薬)+Binimetinib(MEK阻害薬)の併用が承認されている9-12)。またBRAF V600E変異陽性非小細胞肺癌では、Dabrafenib+Trametinibの併用が良好な奏効を示し、標準治療として保険償還されている13)BRAF V600E変異陽性大腸癌においてもDabrafenibとTrametinib併用療法の効果をみる臨床試験が行われたが、他癌種でみられるほどの治療効果は得られなかった14)。BRAF阻害薬と抗EGFR抗体薬の併用についてもBRAF V600E変異陽性大腸癌において検討されている。Vemurafenib(BRAF阻害薬)+Panitumumab(抗EGFR抗体薬)もしくはEncorafenib+Cetuximab(Cmab:抗EGFR抗体薬)の併用は奏効割合および生存期間の改善を示したが、十分とは言い難い結果であった15,16)

 BEACON CRC試験は、BRAF V600E変異型大腸癌患者を対象にEncorafenibとBinimetinibおよびCmabの併用療法を評価した第III相試験である。

 対象は、病理学的に確定されたBRAF V600E変異を有する切除不能・進行再発大腸癌で、1〜2レジメンの治療後に病勢進行を示したPS(performance status)0もしくは1の患者である。安全性導入期(safety lead-in)コホートに組み入れられ、Encorafenib+Binimetinib+Cmabの3剤併用療法を受けた30例の結果については既に報告されており、3剤併用療法群の安全性/忍容性と生存期間の延長が示されている17)

 本論文で報告されているのは、3剤併用療法群、Encorafenib+Cmabの2剤併用療法群、対照群(FOLFIRI[Fluorouracil(5-FU)+Leucovorin(LV)+Irinotecan(IRI)]+Cmab療法またはIRI+Cmab療法)の3群に、1:1:1で無作為に割り付けられた患者の中間解析結果である。

 主要評価項目は、3剤併用群と対照群の全生存期間(Overall Survival: OS)および客観的奏効割合(Objective Response Rate: ORR)の比較であった。副次評価項目は2剤併用群と対照群のOSの比較、また各群での無増悪生存期間(Progression Free Survival: PFS)、ORR、安全性であった。

 解析対象となった患者は665例(3剤併用群224例、2剤併用群220例、対照群221例)で、観察期間中央値は7.8ヵ月であった。患者背景に関しては、原発部位(右側vs.左側)、原発腫瘍切除の有無、転移臓器数≧3個、肝転移、高マイクロサテライト不安定性(high microsatellite instability)、carcinoembryonic antigen(CEA)値>5ug/L、C-reactive protein(CRP)値>10mg/Lなどの項目について各群とも差を認めなかった。

 OSは、3剤併用群が対照群に比して有意に延長を示した(9.0ヵ月vs. 5.4ヵ月、ハザード比[HR]=0.52、95% CI: 0.39-0.70、p<0.001)。また、2剤併用群と対照群との比較においても、2剤併用群で有意なOSの延長を認めた(8.4ヵ月vs. 5.4ヵ月、HR=0.60、95% CI: 0.45-0.79、p<0.001)。3剤併用療法群と2剤併用療法群についての比較は統計学的に十分な検出力がないものの、6ヵ月生存割合は3剤併用群で71%、2剤併用群で65%であり、3剤併用群で良い傾向が示された(HR=0.79、95% CI: 0.59-1.06)。なお、対照群での6ヵ月生存割合は47%である。

 ORRは統計学的設計に基づいて最初に無作為化された331例を対象に評価されており、3剤併用群が26%(完全奏効[Complete Response: CR]4%、部分奏効[Partial Response: PR]23%)と、対照群の2%(PR 2%)に比べ有意に高かった(p<0.001)。また、2剤併用群も対照群に比し、有意に高いORRを示した(20%[CR 5%、PR 15%]vs. 2%、p<0.001)。最大腫瘍縮小割合は、2剤併用群に比して3剤併用群で高い傾向がみられた。

 PFSは、対照群に比し3剤併用群(4.3ヵ月vs. 1.5ヵ月、HR=0.38、95% CI: 0.29-0.49、p<0.001)、および2剤併用群(4.2ヵ月vs. 1.5ヵ月、HR=0.40、95% CI: 0.31-0.52、p<0.001)でそれぞれ有意な延長を示した。

 治療薬の投与期間は3剤併用療法群で21週間、2剤併用療法群で19週間、対照群で7週間であった。相対用量強度は3剤併用療法群で、Encorafenib 91%、Binimetinib 87%、Cmab 91%、2剤併用療法群で、Encorafenib 98%、Cmab 93%であった。

 Grade 3以上の有害事象は、3剤併用群で58%、2剤併用群で50%、対照群で61%に認められ、有害事象による治療中止は各群それぞれ7%、8%、11%であった。

 3剤併用群で頻度の高いGrade 3以上の有害事象は、下痢(3剤併用群10%、2剤併用群2%、対照群10%)、腹痛(3剤併用群6%、2剤併用群2%、対照群5%)、悪心(3剤併用群5%、2剤併用群<1%、対照群1%)であった。3剤併用群ではMEK阻害薬に特徴的な漿液性網膜症(12%)および左室不全(4%)が認められたが、これまでの報告と同程度の頻度であり、休薬および投与量調整により治療の継続が可能であった。

 BEACON CRC試験の中間解析において、BRAF V600E変異陽性転移性大腸癌において、Encorafenib+Binimetinib+Cmabの3剤併用またはEncorafenib+Cmabの2剤併用療法は、現在の標準治療である対照群と比較して、有意なOSの延長および奏効割合の改善を認めた。また、併用療法による副作用についても忍容性が示され、多くの患者で強度を保った治療の継続が可能であった。これらの結果から、3剤および2剤併用療法は臨床的に有用であり、新たな標準治療となることが期待できる。


日本語要約原稿作成:大阪大学先進癌薬物療法開発学寄附講座 稲垣 千晶



監訳者コメント:
BRAF V600E変異陽性大腸癌に対する標準治療が確立した

BRAF V600Eは全大腸癌の約10%に認められる変異である。大腸癌において、BRAF V600E変異はRAS変異と排他的な関係になっており、RAS野生型にのみBRAF V600E変異は認められる。BRAF V600E変異陽性の大腸癌患者は、右側原発大腸癌患者のなかでも女性および高齢者に多く、腹膜播種や遠隔リンパ節転移を伴いやすく予後不良である。BRAF変異陽性大腸癌の多くは鋸歯状腺腫から発生し、MSIの割合が高い。このようにBRAF変異陽性の大腸癌は他の遺伝子異常を有する大腸癌と比較してユニークな特徴をもつ。今回BEACON試験により、比較的頻度の低い、しかし予後不良な対象に対して標準治療が確立した意義は大きい。

 現在の各種ガイドラインにおいてはBRAF変異陽性大腸癌症例に対して、FOLFOXIRI+Bevacizumabが1次治療のpreferred regimenとして提示されている。これはFOLFIRI+Bevacizumabに対するFOLFOXIRI+Bevacizumabの優越性を検討したTRIBE試験において、コホート全体のみならず、BRAF V600E変異陽性症例においてもFOLFOXIRI+Bevacizumabの優越性が示されたことによる18)。しかしTRIBE試験におけるBRAF V600E変異陽性はtriplet 16例、doublet 12例と極めて少数例である点には注意が必要である。この点、BEACON試験は各群220〜224例で前向きに検討されており、データの信頼性は十分である。希少な対象を665例も登録、評価した研究者らの努力と熱意に改めて敬意を表したい。

 BEACON試験はFOLFIRI+Cetuximab(Control)群と2剤ないし3剤を併用する分子標的薬群を比較するデザインであった。そのため2剤併用群と3剤併用群を比較することは統計学的には不十分であるものの、3剤のほうがわずかに良好な傾向を示した。一方で2剤併用は3剤併用と比べて毒性において有利である可能性があり「BRAF V600E変異陽性大腸癌に対しては3剤併用療法が標準である」という事実は変わらないが、忍容性の観点から2剤併用療法の有用性の検討は必要であろう。

 一般に抗EGFR抗体の効果はcontroversialであると考えられているが19)、今回の試験ではFOLFIRI+Cetuximabがcontrolとして用いられている点にも注目したい。BEACONレジメンの抗EGFR抗体としてCetuximabが採用されている、という理由のほかに、CetuximabはKRAS変異とは異なりBRAF変異陽性大腸癌においては化学療法に対する上乗せ効果が示されている20)こともcontrolとしての妥当性を支持する。いずれにしろ、BRAF+MEK阻害剤で有効性が示されているメラノーマと比較して考えてみた場合に、個人的には大腸癌におけるEGFR阻害の意義を再認識する結果であった。

 現在、BEACONレジメンは2次治療だけではなく、1次治療での開発も進められている。BRAF V600E変異が認められた症例に対して、日常診療ではなかなか有効な手立てがないだけに、1日も早い本邦での承認が待たれる。

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監訳・コメント:近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門 川上 尚人

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