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愛知県がんセンター 薬物療法部 医長 谷口 浩也

RAS遺伝子変異腫瘍

NRAS codon 12/13変異とcodon 61変異腫瘍ではBinimetinibに対する反応性が異なる(NCI-MATCH試験より)


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Cleary JM, et al.: Clin Cancer Res. February 26, 2021
[Online ahead of print]

 RAS遺伝子変異は、主要なドライバー変異であり、変異RASタンパク質はMAPK経路など複数の生存に重要な下流シグナルを活性化する。RASは、3つの高い相同性をもつアイソフォーム(KRASNRASHRAS)より構成される1)NRAS変異は、悪性黒色腫で高頻度に認めるのに加えて、大腸癌・甲状腺癌・胆道癌・子宮体癌・卵巣癌など幅広い癌種でも認められ、悪性腫瘍の約8%を占める変異である2-3)

 近年、変異KRAS直接阻害薬の開発が進んでいるが、RAS変異腫瘍に対する有効な治療法は乏しい3-5)。MEK阻害薬は、KRAS変異細胞株と比較しNRAS変異細胞株において感受性が高いことが報告されたが6-8)NRAS codon 61変異を有する化学療法歴のない悪性黒色腫に対し、MEK阻害薬であるBinimetinibとDacarbazineを比較した第III相試験(NEMO試験)では、Binimetinibは無増悪生存期間(PFS)(2.8ヵ月vs. 1.5ヵ月)と奏効割合(ORR)(15% vs. 9%)を改善させたが、全生存期間(OS)は改善しなかった9)

 本研究は、NCI-MATCHバスケット試験のサブ試験として、治療不応となったNRAS変異腫瘍に対するBinimetinib単剤の有効性を検討したものである。NCI-MATCH試験は、分子プロファイルに基づいた標的治療を検討する第II相試験で、最低1レジメンの標準治療歴を有する固形癌、リンパ腫、多発性骨髄腫を対象とし、ECOG PS 1以下、臓器機能が保たれていることが主な適格基準とされた。マスタープロトコールとして、生検組織を用いて、Oncomine AmpliSeqTM(OCP)パネルと、PTEN、MLH2、MSH2、Rbの免疫染色が実施され、治療標的となる遺伝子異常が同定された症例に対し、NCI-MATCH治療割り当てアルゴリズム(MATCHbox)に従い、最もエビデンスレベルの高い治療薬を受けるサブ試験への登録が提案された。

 NCI-MATCH試験のサブ試験の一つとして、NRAS codon 12、13、61変異症例に対しBinimetinibを投与する試験が計画された。悪性黒色腫は既に広く検討されており、本試験では除外されている。また、MEK阻害薬の投与歴を有する症例、網膜疾患の既往を有する症例、左室駆出率が50%未満の症例は除外された。Binimetinibは、28日を1サイクルとして45mg 1日2回を内服投与された。1回当たり30mg未満への減量は許容されなかった。安全性評価として、2サイクル目終了時と4サイクル毎に心臓核医学検査または超音波検査が施行され、網膜検査は1サイクル目終了時とその後、2サイクル毎に行った。効果判定はRECIST version 1.1に基づき、初めの4サイクルは2サイクル毎に、その後は3サイクル毎に評価された。有害事象はCTCAE version 4.0に基づき評価した。サブ試験の主要評価項目はORRで、期待奏効割合25%、閾値奏効割合5%、α=1.8%、1-β=91.8%としたところ、31例中5例以上(16%以上)で奏効が得られた場合、治療薬は有効でさらなる検討に進む意義があると判断された。副次評価項目はPFS、6ヵ月無増悪生存割合、6ヵ月全生存割合であった。変異codon毎のORR、PFSも評価された。

 2016年6月6日から2017年7月24日までの間に、4,889例がNCI-MATCH試験のスクリーニングに参加し、114例でNRAS変異を認め、53例がNRASサブ試験に登録となった。53例中50例でBinimetinibが投与されたが、3例が不適格基準のため逸脱となり、47例がプロトコール治療を施行された。年齢中央値は60歳で、53%の症例が4レジメン以上の治療歴を有していた。大腸癌が約半数を占め(24/47、51.1%)、大腸癌におけるNRAS変異は既報と同様codon 12でより頻度が高く(13/24、54.1%)、左側結腸・直腸で多かった(21/24、87.5%)。codon 12/13変異群とcodon 61変異群とで患者背景に差は認めなかった。大腸癌以外の腫瘍は胆管癌(15%)、低異型度乳頭状漿液性卵巣癌(6.4%)、子宮内膜腺癌(6.4%)が主であった。他の癌種では、codon 61変異が半数以上を占めた(14/23、60.9%)。NRAS変異と同時に認めた遺伝子異常はTP53変異が最も多く(23/47、48.9%)、APC変異は大腸癌にのみ認めた(19/24、79.2%)。2019年5月3日をデータカットオフとしたところ、全例が試験治療終了となっており、追跡期間中央値は24ヵ月であった。

 Binimetinibの奏効割合は2.1%(90% CI: 0.1-9.7%)であり、閾値奏効割合5%を下回ったことから、主要評価項目を達成することができなかった。6ヵ月無増悪生存割合は29.2%(90% CI:19.4-44.0%)、PFS中央値は3.5ヵ月(95% CI:1.8-5.8ヵ月)、OS中央値は10.5ヵ月(95% CI: 5.3-13.2ヵ月)であった。後解析の結果、NRAS codon 61変異を有する大腸癌(8例)はNRAS codon 12/13変異を有する大腸癌(16例)と比較してOS(HR=0.34、95% CI: 0.12-0.95、p=0.03)、PFS(HR=0.23、95% CI: 0.07-0.74、p=0.007)が有意に良好であることが示された。全患者でみても同様の傾向であったが、非大腸癌症例に限定した場合はNRAS codon 61変異症例(14例)はNRAS codon 12/13変異症例(9例)と比較してPFS(HR=0.67、95% CI: 0.25-1.76、p=0.4)、OS(HR=0.84、95% CI: 0.31-2.27、p=0.70)ともに有意差は認めなかった。

 有害事象については、皮疹、下痢、腎機能異常、心機能低下、クレアチニンキナーゼ上昇、高血圧などが、50例中43例(86%)に生じた。Binimetinibに関連した可能性が高い多臓器不全による死亡例が1例発生している。Binimetinib投与例50例のうち、30%が有害事象を理由に治療中止となっており、44%の症例でBinimetinibが減量され、初回減量が行われたのは中央値2.6週の時点であった。codon 61変異大腸癌とcodon 12/13変異大腸癌で病勢進行以外の理由による早期治療中止割合に差は認めなかった。

 NRAS変異大腸癌におけるcodon 61とcodon 12/13との治療成績の違いはcodon 61変異例がcodon 12/13変異例と比較して進行が緩徐であることが関係している可能性が考えられた。しかし、TCGAデータベースからNRAS変異大腸癌の予後を比較したところ、codon 61変異例(14例)とcodon 12/13変異例(16例)でOSに有意差は認めなかった(HR=1.06、95% CI: 0.23-4.94、p=0.94)。

 また、薬剤スクリーニング(Genomics of Drug Sensitivity in Cancer database)のデータでは、5種類のMEK阻害薬(Refametinib、Selumetinib、Trametinib、PD-0325901、PD-184352)において、NRAS codon 61変異細胞株は、codon 12/13変異細胞株より高感受性を示している。

 以上から、Binimetinibは、NRAS変異固形癌に対して十分な治療効果を示さなかったが、後解析からNRAS codon 12/13変異大腸癌と比較してNRAS codon 61変異大腸癌で有意に予後を延長させる可能性が示唆された。これら2つの集団は、生物学的な違いや、MEK阻害薬に対する感受性が異なる可能性があるため、今後NRASを標的とする臨床試験では考慮する必要がある。


日本語要約原稿作成:愛知県がんセンター 薬物療法部 松原 裕樹



監訳者コメント:
MEK阻害薬はNRAS変異腫瘍に対して有効性を示せなかった。

 RAS変異腫瘍に対する治療は、変異KRASに対する直接阻害薬(KRASG12C直接阻害薬)が開発されたことで新たな展開を迎えている。しかしながら、KRASG12C以外の変異に対する直接阻害薬は依然として開発途上であり、現在のところRAS変異大腸癌のほとんどの症例に対し有効な標的治療が存在しない。MAPKは変異RASの主要な下流シグナルであることから、MEK阻害薬がさまざまな形で評価されてきたが、MAPKを阻害しても腫瘍細胞はその他のRAS下流シグナルにより生存を維持できることもあり、有効性を示すことはできていない。本試験は、NRAS変異腫瘍がKRAS変異腫瘍と比較してMAPKシグナルに依存性が高いことを利用して行われた試験であるが、NRAS変異腫瘍全体でみたときには、有効性を示すことができなかった。

 RAS変異において、変異部位の違いがRASタンパク質の機能や治療効果に与える影響については、KRASG12C阻害薬が登場するまであまり考慮されていなかったが、最近注目されている。RASにはGTP結合状態(活性化)とGDP結合状態(不活化)があるが、Q61の変異は活性化→不活化に移行する加水分解を障害し、RASを常時活性化状態にすることが特徴である。詳細なメカニズムについては明らかではないものの、細胞株を用いた検討では、Q61変異を有する細胞株はG12、G13変異細胞株と比較しMEK阻害薬に感受性が高いことが示唆されおり、本試験の結果と一致する結果である。しかしながら、Q61変異が多いメラノーマでもMEK阻害薬は十分な有効性を示せていないことや、Q61変異細胞株のマウスモデルでもMEK阻害薬は腫瘍の縮小にまでは至らないことから、Binimetinib単剤では、NRAS Q61変異大腸癌に十分な有効性を示せるとは考えづらく、併用療法などの開発が必要になると思われる。

監訳・コメント:愛知県がんセンター がん標的治療TR分野 衣斐 寛倫

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