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2月
国立がん研究センター中央病院 消化管内科/頭頸部・食道内科 科長 加藤 健

大腸癌

HER2遺伝子増幅切除不能進行再発大腸癌に対する血中循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いたPertuzumab+Trastuzumab併用療法の第II相試験(TRIUMPH試験)


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Nakamura Y & Okamoto W, et al.: Nat Med. 27(11): 1899-1903, 2021

 血中循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いて固形癌患者の遺伝子変異を測定することは一般的になりつつあるが1,2)、われわれは、消化器癌を対象にctDNA測定による遺伝子スクリーニング試験(GOZILA試験:リキッドバイオプシー研究)を行い、ctDNA測定によるリキッドバイオプシーが腫瘍組織を用いた遺伝子スクリーニング検査と比べても、同等の治療成績を保ちつつ臨床試験へ参加を促すことを示した3)

 TRIUMPH試験は腫瘍組織またはctDNAの解析でRAS野生型HER2遺伝子増幅を認めた切除不能進行大腸癌に対してPertuzumab+Trastuzumab併用療法を行う第II相試験である。対象患者のHER2スクリーニング検査としては、腫瘍組織遺伝子パネル検査にはGI-SCREENの基盤を用い、IHC/FISH法にてHER2陽性の判定を行った。一方、ctDNAを用いたスクリーニングとしては血漿次世代シーケンサー(next-generation sequencing: NGS)を行うGOZILA試験として行われた。

 腫瘍組織遺伝子パネル検査では、2017年12月より2020年3月までの間にHER2遺伝子増幅が確認された147例のうち56例(IHC 3+ 50例、FISH陽性56例)がHER2陽性と診断された。GOZILA試験においては2018年1月から2020年3月にかけて1,107例がリキッドバイオプシーにてスクリーニングされ、66例がHER2増幅ありと診断された。HER2増幅のpCN(plasma copy number)の中央値は他の増幅遺伝子で確認されるpCNよりも有意に高く、これはHER2増幅が大腸癌においてドライバー遺伝子であり標的治療の対象であることを示唆している。

 2つのスクリーニング試験のいずれかでHER2陽性と診断された患者のうち、75例が腫瘍組織とリキッドバイオプシー両方で評価が行われた。腫瘍組織でHER2陽性と診断された39例中7例(18%)がctDNAではHER2遺伝子増幅を認めず(tissuectDNA)、ctDNAでHER2遺伝子増幅を認めた38例中6例(16%)が腫瘍組織ではHER2陽性とは診断されなかった(tissuectDNA)。tissuectDNAの患者はtissuectDNAやtissuectDNAの患者と比較して腫瘍由来のDNA分画(ctDNA fraction)が有意に低かった。tissuectDNAの患者は原発切除している症例や転移臓器数が少ない症例が多いことから推測されるように、腫瘍量が少ないことと関連があるように思われた。tissuectDNAの患者全員が、腫瘍組織は抗EGFR抗体投与前に採取され、血清サンプルは治療後に採取されたものであった。

 2018年1月24日から2019年7月29日の間にHER2陽性大腸癌と診断された30例(tissue群27例、ctDNA群25例、tissue/ctDNAともにHER2陽性22例)がTRIUMPH試験へ登録された。フォローアップ期間中央値はtissue群とctDNA群でそれぞれ9.2ヵ月vs. 7.6ヵ月であった。

 主要評価項目の全奏効率(ORR)は、tissue群(27例)では8例の30%(95% CI: 14-50%)であり、ctDNA群(25例)では、7例の28%(95% CI: 12-49%)であった。有効性評価基準を上回り、主要評価項目は達成された。奏効期間中央値はtissue群で12.1ヵ月(95% CI: 2.8ヵ月-not reached)、ctDNA群で8.1ヵ月(95% CI: 2.8ヵ月-not reached)であった。tissuectDNAの3例は奏効が得られなかった。

 SCRUM-Japanのレジストリから、RAS野生型HER2陽性大腸癌14例を実臨床におけるコントロールとして抽出した。これらの患者はFluoropyrimidine、Oxaliplatin、Irinotecan、抗EGFR抗体による治療歴があり、サルベージラインの治療として多くはTrifluridine/Tipiracil±Bevacizumabが行われていた。評価可能な13例のうち奏効が得られた患者はいなかった。

 無増悪生存期間(PFS)はtissue群とctDNA群でそれぞれ4.0ヵ月(95% CI: 1.4-5.6ヵ月)と3.1ヵ月(95% CI: 1.4-5.6ヵ月)であった。全生存期間(OS)はそれぞれ10.1ヵ月(95% CI: 4.5-16.5ヵ月)と8.8ヵ月(95% CI: 4.3-12.9ヵ月)であった。

 治療関連有害事象は30例中24例(80%)に発生し、頻度が高いものはインフュージョンリアクション下痢口内炎倦怠感であった。Grade 3以上の治療関連有害事象は3例(10%)に生じた。治療関連死は認められなかった。

 ctDNAは治療開始時のゲノムプロファイルを評価することができるため、標的治療を行う際には、より効果のある患者とない患者を特定できる可能性がある。腫瘍組織を用いた解析ではHER2BRAF変異のような癌遺伝子を共有しているものは、非奏効例の少数例で認められるのみであった。しかしctDNAの解析では、胃癌や乳癌の抗HER2療法の耐性化機序として報告されている4,5)受容体チロシンキナーゼ(RTK)/RAS/PI3K経路の遺伝子異常が多く認められた。非奏効例21例中、RTK/RAS/PI3K経路に異常を認めた頻度は、腫瘍組織による評価では4例(19%)のみであったのに対し、ctDNAによる解析では14例(67%)であった(p=0.004)。

 HER2ステータスと臨床効果との関連を調べると、腫瘍組織を用いたHER2ステータスの評価の中ではNGS解析によるHER2 CN(copy number)がHER2/CEP17比やFISHによるHER2 CNよりも臨床効果との関連が深かった[area under the receiver operating characteristics curve(AUROC)=0.84、p<0.001]。ctDNAによるCNそのものは臨床効果との関連は乏しかったが、腫瘍分画で調整されたctDNAのCN(tumor-fraction-adjusted plasma CN: ApCN)は腫瘍NGS解析によるHER2 CNと同様に治療効果との関連があった(AUROC=0.75、p=0.009)。

 RTK/RAS/PI3K経路に遺伝子変異を認めず、HER2 CNがROC曲線で導かれた閾値を上回るという予後良好群とそれらをもたない予後不良群の生存成績の比較を行った。腫瘍組織を用いて判断した予後良好群と予後不良群のPFSはそれぞれ6.2ヵ月と2.2ヵ月[ハザード比(HR)=0.28、95% CI: 0.11-0.74]であり、ctDNAを用いた予後良好群と予後不良群のPFSは5.6ヵ月と1.6ヵ月(HR=0.14、95% CI: 0.05-0.39)であった。OSに関しては、腫瘍組織では23.4ヵ月と7.4ヵ月(HR=0.17、95% CI: 0.05-0.60)であるのに対し、ctDNAでは16.5ヵ月と5.7ヵ月(HR=0.19、95% CI: 0.07-0.55)であった。

 治療3週間後のctDNAの変化と奏効率を比較したところ、完全奏効(CR)例または腫瘍縮小を認めた症例では治療開始前と比較しctDNA分画は減少していた(治療開始前後でのctDNA分画の比率:CR=0.00、PR=0.32、縮小傾向のあるSD=0.68)。一方で増大傾向を認めた症例ではctDNA分画の比率はベースラインより増加傾向であった(増大傾向のあるSD=1.46、PD=1.21)。

 治療3週間後のctDNAが減少した患者では、そうでない患者と比較してPFSとOSともに有意に良好な結果であった(PFS:HR=0.30、95% CI: 0.13-0.72/OS:HR=0.31、95% CI: 0.12-0.82)。

 Pertuzumab+Trastuzumabに対する獲得耐性のメカニズムを調べるため、病勢進行後にリキッドバイオプシーの解析を行ったところ、1つ以上のアクショナブルな遺伝子変化を獲得した症例は26例中16例(62%)であり、奏効を得た5例中4例(80%)はアクショナブルな獲得変異を認めた。これら獲得した変化は治療抵抗性と考えられているRTK/RAS/PI3K経路に関係する変異であった。また、4例でHER2増幅の消失を認めた。

 TRIUMPH試験ではPertuzumab+Trastuzumab療法は、組織またはリキッドバイオプシーによりHER2陽性と確認された大腸癌患者に対してそれぞれ30%と28%の奏効が得られ、主要評価項目を達成した。

 腫瘍組織検査とctDNA検査との間でHER2増幅結果の不一致が認められた。HER2増幅は抗EGFR抗体薬投与後に獲得されることが知られており6,7)、tissuectDNAと診断された患者は、抗EGFR抗体薬投与前後の検体の採取タイミングの違いから起きているものと考えられる。一方tissuectDNAと診断された患者はctDNA量が著しく少なかったことから、腫瘍量が少なかったことが原因の偽陰性と考えられる。ただし、この偽陰性率は、リキッドバイオプシーの成功率と迅速性によるメリットが大きく上回ると考えられる。

 また今回の結果はctDNA解析により、HER2陽性大腸癌の患者に対して、抗HER2抗体薬の併用療法でベネフィットが得られる患者を特定することができた。ほかにも治療開始前のctDNAにおいてApCNが少ない場合や、特定の遺伝子変異が指摘されると、抗HER2抗体薬の効果が乏しいことが予想できる。リキッドバイオプシーでは、前治療を受けたことによる獲得変異を調べることもできるため、より治療効果を予想しやすくなると考えられる。また、治療開始後のctDNA量の変化は、治療効果を強く予想するものであった。さらに、病勢進行後のctDNA解析は獲得耐性の原因を調べることにも役立つと考えられる。

 本研究のlimitationとして、サンプルサイズが小さいこと、治療評価のコントロールがレジストリのデータであることが挙げられるが、実臨床との比較では顕著に奏効率が改善したことはHER2陽性大腸癌に対するPertuzumab+Trastuzumab療法の有効性を強く支持するものである。


日本語要約原稿作成:東京慈恵会医科大学附属第三病院 消化器肝臓内科 野口 正朗



監訳者コメント:
リキッドバイオプシーによるがん遺伝子パネル検査が治療選択に有効であることを世界で初めて前向き臨床試験で示した論文

 HER2陽性の切除不能・進行大腸癌は5%程度であるが、このような大規模臨床試験の実施が困難な希少フラクションに対する治療開発は大きな課題である。また、リキッドバイオプシーによる進行がん患者のプロファイリング検査は世界的な趨勢となっており本邦でも実用化に至っているが、治療選択において真に有用であるかを前向き試験で検討したものは世界的にも少ない。

 TRIUMPH試験はctDNAによるがん遺伝子パネルスクリーニングが治療選択に有用であることを世界で初めて示した前向き臨床試験である。また、臨床試験と同じ時代背景の標準治療を実施した際のデータ(外部標準データ)を十分に制御された患者レジストリで収集して単群試験の結果と比較することで、試験治療の有効性をより明確に示した。

 抗HER2療法は、乳癌、胃癌、唾液腺癌に対して本邦で実施可能であったが、本研究によりHER2陽性大腸癌においても抗HER2療法が有効であることが示され、2022年3月末に薬事承認が得られた。さらに、抗HER2療法はさまざまな薬剤で癌種横断的に治療開発が続けられているが、本邦で開発されたHER2 ADCのTrastuzumab Deruxtecanは癌種横断的に高い有効性を示すことが期待されており、大腸癌でも高い有効性を示すことが報告されている8)

 本研究の成果は、切除不能・進行大腸癌に対する治療開発としての成果にとどまらず、ctDNAを用いたがん遺伝子パネル検査による治療選択の有用性、リキッドバイオプシーによる遺伝子増幅解析の意義、そして希少フラクションに対する治療開発の在り方を示した上で、大変に意義深い成果と言えるだろう。

監訳・コメント:広島大学病院 がん治療センター 岡本 渉

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