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8月
監修:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 砂川 優

大腸癌

BRAF V600E変異を有する未治療転移性大腸癌に対するEncorafenib+Cetuximab+mFOLFOX6療法と標準治療を比較した国際共同第III相試験(BREAKWATER試験)


Elena Elez, et al.: N Engl J Med. 392(24): 2425-2437, 2025

背景
 BRAF V600E変異は転移性大腸癌の約8~12%に認められ、予後不良因子として知られている1,2)。従来の一次治療はFOLFOXやFOLFIRIなどの化学療法に抗EGFR抗体薬を併用する方法が主体であったが、BRAF V600E変異型では野生型と比べて全生存期間(overall survival: OS)中央値は11.1か月にとどまり、予後改善が大きな課題であった3,4)。BRAF阻害薬単剤では、細胞内のフィードバック機構によりEGFR経路が再活性化され、癌細胞が薬剤への耐性を獲得し、治療効果が減弱することが知られている5,6)。BEACON CRC試験では、二次治療以降のBRAF V600E変異陽性の転移性大腸癌に対し、BRAF阻害薬であるEncorafenibと抗EGFR抗体薬であるCetuximabの二剤併用が有効であることが示され、標準治療として確立されたが、一次治療での有効性は明らかでなかった5,6)。この背景からBREAKWATER試験は、一次治療におけるEncorafenib+Cetuximab(EC)+mFOLFOX6の併用療法の有効性および安全性を検証する目的で実施された。これまでに、2つの主要評価項目のうちの1つである客観的奏効割合(objective response rate: ORR)について報告がされており、EC+mFOLFOX6群で60.9%、標準治療群で40.0%と有意に高い奏効割合が示された(オッズ比2.44、p<0.001)。本報告では、もう一方の主要評価項目である無増悪生存期間(progression-free survival: PFS)の主要解析に加え、OS、安全性、およびその他の副次評価項目に関する解析について報告する。

対象と方法
 本試験は第III相国際共同非盲検無作為化比較試験で、28か国で実施された。未治療のBRAF V600E変異陽性の転移性大腸癌患者を対象とし、適格基準は、16歳または18歳以上、ECOG PS 0-1、組織学的または細胞学的に腺癌と診断、stage IVの転移性病変を有している、RECIST v1.1に基づいた測定可能病変がある、組織または血液検体の検査でBRAF V600E変異が確認された患者であった。除外基準は、転移巣に対して全身的な治療歴がある、BRAFまたはEGFR阻害薬の使用歴がある、症候性の脳転移がある、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)あるいはミスマッチ修復欠損(dMMR)の腫瘍である(免疫チェックポイント阻害薬が対象外の患者を除く)、RAS変異陽性の患者であった。

 無作為化はECOG PS(0 vs. 1)、地域(米国またはカナダ vs. 欧州 vs. その他)で層別化され、当初のデザインではEC+mFOLFOX6群、EC群、標準治療(mFOLFOX6、FOLFOXIRI、またはCAPOX±Bevacizumab)群に1:1:1で無作為に割り付けられた。標準治療群は担当医がmFOLFOX6、FOLFOXIRI、またはCAPOXにBevacizumabを併用するか否かを選択した。試験途中に中間解析の結果を受けてプロトコルが改訂され、EC群への新規登録は中止し、以降EC+mFOLFOX6群と標準治療群に1:1に割り付けられた。主要評価項目はEC+mFOLFOX6群と標準治療群における、盲検下独立中央判定によるPFSとORRの2つであった。副次評価項目にはOSや安全性などが含まれていた。

 統計学的設定については、主要評価項目であるPFSにおいて片側α=0.023、検出力85%でハザード比(HR)0.67を検出する設定とした。サンプルサイズは各群235例を想定し、PFS中央値は標準治療群で7.0か月、EC+mFOLFOX6群で10.4か月と仮定した。PFSおよびOSの生存曲線はKaplan-Meier法により推定し、両群比較は層別化log-rank検定で行われた。また、HRと95%信頼区間(CI)はCox比例ハザードモデルを用いて算出された。

結果
 2021年11月16日から2023年12月22日までに、637例がEC+mFOLFOX6群(236例)、EC群(158例)、標準治療群(243例)に無作為に割り付けられた。最終のデータカットオフは2025年1月6日であり、標準治療群の81.1%(197例)がBevacizumabを併用していた。患者背景としては、アジア人がEC群で40.5%、EC+mFOLFOX6群で37.3%、標準治療群で37.4%含まれており、その他の背景についても各群で大きな相違はみられなかった。

 主要評価項目であるPFS中央値はEC+mFOLFOX6群で12.8か月[95% CI: 11.2-15.9]、標準治療群で7.1か月[95% CI: 6.8-8.5]であり、HR=0.53[95% CI: 0.41-0.68、p<0.001]とEC+mFOLFOX6群で有意な延長が認められた。ORRもEC+mFOLFOX6群で65.7%[95% CI: 59.4-71.4]、標準治療群で37.4%[95% CI: 31.6-43.7]とEC+mFOLFOX6群で高かった。また、副次評価項目であるOS中央値はEC+mFOLFOX6群で30.3か月[95% CI: 21.7-NR]、標準治療群で15.1か月[95% CI: 13.7-17.7]であり、HR=0.49[95% CI: 0.38-0.63、p<0.001]と、OSにおいてもEC+mFOLFOX6群で有意な延長が認められた。EC群のPFS中央値は6.8か月[95% CI: 5.7-8.3]、ORRは45.6%[95% CI: 38.0-53.3]、OS中央値は19.5か月[95% CI: 17.6-22.5]であった。サブグループ解析におけるPFSおよびOSの結果は、肝転移や複数臓器転移を有する症例を含め、全ての事前規定群において一貫してEC+mFOLFOX6群の優越性が認められた。

 一次治療中止後、二次治療以降の治療を受けた患者の割合は、EC群で73.3%、EC+mFOLFOX6群で63.9%、標準治療群で61.2%であった。二次治療のレジメンとしては、EC群でFOLFOX±併用が48.6%、FOLFIRI±併用が30.8%、BRAF阻害薬±併用が19.6%と主に化学療法が選択された。一方、EC+mFOLFOX6群では、FOLFIRI±併用が52.8%、BRAF阻害薬±併用が17.6%、単剤化学療法±併用が15.7%であった。これに対し、標準治療群で二次治療を受けた患者では、BRAF阻害薬±併用が71.9%、FOLFIRI±併用が28.8%、単剤化学療法±併用が13.7%であった。二次治療後の無増悪生存期間(PFS2)中央値はEC+mFOLFOX6群で20.7か月[95% CI: 19.0-23.9]、標準治療群で12.7か月[95% CI: 11.2-13.7]であった。

 安全性については、EC群で97.4%、EC+mFOLFOX6群で100%、標準治療群で99.1%の患者に治療関連有害事象(AE)が発生した。Grade 3または4のAEの発生率は、EC+mFOLFOX6群で81.5%と最も高く、標準治療群では66.8%、EC群では42.5%であった。それぞれの群で発生率が30%以上であったのは、EC+mFOLFOX6群で悪心(53.9%)、貧血(46.1%)、下痢(41.8%)、食欲減退(37.5%)、嘔吐(36.2%)、好中球数減少(34.1%)、関節痛(31.5%)、発疹(30.2%)、標準治療群では下痢(50.2%)、悪心(49.8%)、EC群では関節痛(34.6%)であった。治療中に発生した重篤な有害事象(SAE)の発生率は、EC+mFOLFOX6群で46.1%、標準治療群で38.9%、EC群で30.1%であった。治験薬の永続的な中止に至ったAEの発生率はEC+mFOLFOX6群で26.7%、標準治療群で17.5%、EC群で13.1%であった。用量減量に至ったAEは、EC+mFOLFOX6群で65.5%、標準治療群で54.1%、EC群で10.5%と、EC+mFOLFOX6群で特に高頻度であった。全体として、安全性プロファイルは各薬剤でこれまでに報告されているものと概ね一致していた。

考察
 本試験は、BRAF V600E変異陽性転移性大腸癌の一次治療において、EC+mFOLFOX6が標準治療を大きく上回るPFSおよびOSの改善をもたらすことを明確に示した。特にOS中央値30.3か月は、これまで予後不良とされてきたBRAF変異型においてBRAF野生型と同等の水準に達したことを意味し、臨床的意義は大きい。安全性についてはgrade 3以上の有害事象の頻度は高かったものの、多くは管理可能であり、治療継続性は許容範囲内であった。EC群はプロトコル修正により登録中止となったが、一定の奏効率と生存期間を示しており、化学療法が適さない患者に対しては一次治療の選択肢となり得る可能性が残された。これらの結果は、BRAF変異型大腸癌の治療戦略における大きな転換点を示している。

結論
 BREAKWATER試験は、BRAF V600E変異陽性転移性大腸癌において、BRAF阻害薬と抗EGFR抗体薬に化学療法を加えた一次治療が、標準治療と比較して優越性を示した初の大規模第III相試験である。その予後は現在の標準治療の予後を大きく上回り、新たな治療戦略となることが予想され、今後は分子プロファイリングに基づく治療選択がより一層重要になると考えられる。


日本語要約原稿作成:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 八木 智也



監訳者コメント:
BRAF V600E陽性切除不能大腸癌に対する一次治療でEC併用が生存延長に寄与

 予後不良群とされてきたBRAF V600E変異を有する切除不能大腸癌に対して、一次治療でFOLFOX療法にECを併用することによって、ORRの上昇、PFS/OSの大幅な延長効果が示されたことは、臨床的に非常に重要な結果である。また、PFS2でもFOLFOX+EC群において、生存期間の延長が示されており、臨床の現場において一次治療としてFOLFOX+EC療法が広く普及されることを期待する。

 EC群においては、途中で中止となったために症例集積が十分ではなく、正確な評価ができないものの、PFSは標準治療と同等であり、一次治療としてEC療法のみでは効果が不十分である可能性を示唆した。

 今後の課題として、いくつかの疑問が残っている。現在、進行中のコホート3ではEC+FOLFIRIが検証されており、ECと併用するベストレジメンについては、さらなる検討が必要である。BRAF V600E変異を有する患者において、MSI-H/dMMRの併存を認める場合、有効性の観点から免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を第一選択とされることが多いと推測する。ただし、ICIとBRAF阻害薬の適切な治療順番は明確ではない。さらにEC療法にMEK阻害薬であるBinimetinibを加えた3剤併用療法はEC療法よりも高い奏効を示す7)。現在実施されているTRIDENTE試験(jRCTs031210511)では、EC療法に奏効を得た患者が増悪後に一定期間の間隔を空けた後にEC+Binimetinibを再導入することの有効性を検証した試験であり、この試験はBinimetinibを加えた再投与の可能性を示唆するかもしれない。今後のさらなる臨床研究が期待される。

  • 1) Tabernero J, et al.: Am Soc Clin Oncol Educ Book. 42: 1-10, 2022 [PubMed]
  • 2) Tran B, et al.: Cancer. 117(20): 4623-4632, 2011 [PubMed]
  • 3) Cohen R, et al.: J Natl Cancer Inst. 113(10): 1386-1395, 2021 [PubMed]
  • 4) Cremolini C, et al.: J Clin Oncol. 38: 3314-3324, 2020 [PubMed]
  • 5) Corcoran RB, et al.: J Clin Oncol. 33(34): 4023-4031, 2015 [PubMed]
  • 6) Prahallad A, et al.: Nature. 483(7387): 100-103, 2012 [PubMed]
  • 7) Kopetz S, et al.: N Eng J Med. 381(17): 1632-1643, 2019 [PubMed]

監訳・コメント:聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 伊澤 直樹

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