ケースカンファレンス〜トップオンコロジストはこう考える〜

監修中島 貴子 先生聖マリアンナ医科大学
臨床腫瘍学

日常診療で遭遇する症例を取りあげ、トップオンコロジストが治療方針を議論するケースカンファレンスをお届けします。

CASE3

2017年8月開催

高齢、合併症を有する
HER2陽性胃癌に対する治療戦略

  • 砂川 優 先生砂川 優 先生
    聖マリアンナ医科大学
    臨床腫瘍学
  • 谷口 浩也 先生谷口 浩也 先生
    愛知県がんセンター
    中央病院 薬物療法部
  • 佐藤 武郎 先生佐藤 武郎 先生
    北里大学医学部
    下部消化管外科
  • 工藤 敏啓 先生工藤 敏啓 先生
    大阪大学大学院
    医学系研究科 先進癌薬物療法開発学寄附講座

ディスカッション 1 1st-lineの治療選択肢Discussion 1

1st-lineとしてどのような治療を選択するか?

砂川本症例は78歳の高齢男性です。2ヵ月前の健康診断で貧血を指摘され、2週間前から心窩部痛を訴えて近医を受診しました。上部消化管内視鏡検査で悪性所見を認め、精査加療が必要と判断され近隣の病院へ紹介されました。合併症が多く、高血圧と糖尿病の内服治療を行っています。また、3年前に狭心症の既往があり、冠動脈ステントを留置しています。一方、心機能は正常でPSも良好ですが、臨床検査値では腎機能の悪化が認められ、クレアチニンクリアランス(Ccr)は42 mL/分でした。上部消化管内視鏡検査で、体中部小弯から幽門輪まで広がるType3病変を認めましたが、出血は目立たず、幽門輪はファイバーの通過が可能でした(図1)。腹部CT画像では、胃小弯側、下大静脈前方、胃幽門部直下、大動脈周囲のリンパ節腫大を認めましたが、肝転移、肺転移、腹水はありませんでした(図2)。病理組織検査の結果、HER2陽性の低分化腺癌充実型と診断されました。

1st-lineとしての治療選択肢

砂川本症例のポイントは、高齢で合併症を認めるHER2陽性胃癌という点だと思います。まず、1st-lineとして先生方はどのような治療を選択されますか。

谷口本症例のFISH陽性度はどの程度だったのでしょうか。

砂川シグナル比4.0以上の強陽性でした。

谷口強陽性例には特にTrastuzumabが有効な印象がありますので、FUとTrastuzumabが本症例でのキードラッグになると思います。クレアチニンクリアランスが低値ですので、XELOX+TrastuzumabやCapecitabine+Trastuzumabを選択すると思います。

工藤当院でも一次治療のプラチナ製剤としてCisplatinよりもOxaliplatinを選択するケースが多いので、XELOX+Trastuzumabを選択すると思います。

砂川先生方、ありがとうございます。Trastuzumab+化学療法の有効性および安全性を検討した第III相ToGA試験の結果が報告されて以降、XP+TrastuzumabはHER2陽性胃癌に対する1st-lineの標準レジメンの一つとなっていますが、XP以外の他の化学療法とTrastuzumabの併用療法を検討した臨床試験も、第III相試験ではないものの、複数存在します。日常臨床でXP以外の治療レジメンにTrastuzumabを併用することに関して、オンコロジストの立場からどのように考えられますか。

佐藤先生

佐藤そのレベルのエビデンスがあるならばXP以外の化学療法レジメンとTrastuzumabの併用療法を選択しても問題ないと思いますし、患者さんのQOL向上が期待できるならば有望な治療選択肢になると思います。しかし、CisplatinやOxaliplatinにTrastuzumabを追加する場合は、何コースか施行してみて忍容性を検討する必要があると思います。

谷口そうですね。FU製剤やCisplatin以外のプラチナ製剤とTrastuzumab併用療法のエビデンスが第II相レベルだからと言って使用できないわけではなく、単アームの第II相試験でTrastuzumab併用による有効性が示唆されていれば、治療選択肢として十分だと思います。一方、FOLFOX+Trastuzumabに関しては明確なエビデンスがありませんので、今後、新たなエビデンスの登場に期待したいですね。

工藤XELOX+Trastuzumabを選択することが多いのはToGA試験で用いたFU製剤がCapecitabineだったことに起因しますが、現在得られているエビデンスを踏まえると、Cisplatinに限らず他のレジメンをTrastuzumabと併用してもよいと思います。話は変わりますが、PCI施行後、狭心症の発作はなかったのでしょうか。

砂川はい。ステントの留置後、発作は全く起きていませんし、EF 67%と心機能も維持されています。

工藤そうであれば、Trastuzumabは問題なく使用できると思います。

腎機能低下例に対する治療選択肢

砂川本症例の治療選択を考えるにあたり、腎機能低下も議論のポイントの一つになると思います。腎機能低下例に対するCisplatin投与量はCcrに応じて異なり、本症例の場合は50%に減量する必要があるため、有効性が発揮されるかどうか定かではありません。また、腎不全症例にOxaliplatinを投与すると血中の遊離プラチナ濃度が上昇するという報告もあります1)。一方、Ccr 20 mL/分までであればOxaliplatinを130 mg/m2で投与しても強い毒性は認められないというデータ2)や、OxaliplatinおよびS-1を減量した状態では腎障害の有無にかかわらず忍容性は良好であること3)も報告されています。谷口先生と工藤先生は、腎機能低下例に対するFU製剤とプラチナ製剤の使い方についてどのようにお考えですか。

谷口腎機能低下例にはS-1/Capecitabineよりも5-FUのほうが使いやすいと思っているのですが、現時点ではFOLFOX+Trastuzumabの明確なエビデンスがない以上、S-1かCapecitabineのどちらかを使用することになるでしょう。S-1、Capecitabineともに減量が必要ですし、どちらがよいというこだわりはありません。プラチナ製剤に関しては、CisplatinよりもOxaliplatinのほうが腎機能低下例には使いやすいと感じています。

工藤谷口先生のおっしゃる通り、腎機能低下例ではS-1、Capecitabineの減量が必要ですね。プラチナ製剤ですと、OxaliplatinはCcr 20 mL/分以上であれば減量せずに使用できますので、こちらを選択することが多いです。ただし、腎機能低下例の場合、他の合併症をもつ方も多いため、実際はOxaliplatinを一段階減量して100 mg/m2で投与を開始しています。

Trastuzumab使用の注意点とHER2陽性例に対する投与について

砂川次の議論のポイントとして、Trastuzumabの使用時に注意すべきことについて伺います。先生方、いかがでしょうか。

谷口私は投与の可否を心機能EFで判断しますので、ステント留置の有無を含め、冠動脈疾患の既往の有無はあまり意識していません。

工藤私も谷口先生と同意見です。

砂川では次の議論のポイントですが、HER2遺伝子発現量が高くない症例にTrastuzumabを使用することについてどう考えますか。例えば、HER2 score 2+といった低発現例やHER2遺伝子低増幅例に対する使用はいかがでしょうか。

谷口先生

谷口Trastuzumab併用による副作用などのデメリットは少ないと思いますので、基本的には使用すると思います。FISH法でHER2 score 2.1や2.2と検出された低増幅例ではTrastuzumabのベネフィットは小さくなりますので、プラチナを併用することに主眼を置きます。ですので、FOLFOXのほうが適切だと思われる場合には、1st-lineでFOLFOX、2nd-lineでPTX+TrastuzumabかRamucirumabなどを選択するかもしれません。

砂川工藤先生はいかがでしょうか。使用に関して前向きなお考えでしょうか。

工藤そうですね。TrastuzumabはHER2陽性胃癌のキードラッグですから、禁忌でなければ積極的に使用するようにしています。

砂川ありがとうございます。冠動脈疾患の既往をもつ患者さんではステント留置後に定期的に受診していなかったり、循環器科によるフォローアップがなかったりする場合も多いため、冠動脈造影の最終実施日や抗血小板剤などの必要性を事前に確認したほうがよいですね。

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