大村:欧米から、化学療法が奏効して切除不能であった肝転移巣が切除可能になったという報告がしばしばなされます。その際、切除可能か不能かは、どういう基準で判断しているのでしょうか。たとえば、原発巣は切除し、転移は肝臓だけで肝外病変はなく、それが全身化学療法により著明に縮小したとします。先生方はこの症例にマイクロ波凝固壊死療法(MCT)等による積極的な治療を考慮されますか? 考慮される場合、それはどういう基準で判断されますか。
佐藤:私は、化学療法が成功している状況では、できるだけ化学療法を継続する方針をとります。多発性の病変が縮小したとしても、再発は起こります。ただ、その時点でのラジオ波組織熱凝固療法(RFA)の有効性を臨床研究により検証することには、意義があると考えます。
久保田:『大腸癌治療ガイドライン−医師用2005年版』では、肝転移のグレード分類において、H3を「肝転移巣が5個以上かつ最大径が5cmを超える」と規定しています。逆に言えば、それを下回れば外科的切除の適応がでてくるといえます。しかし、残念ながらそういう経験はまだありません。ラジオ波焼灼・凍結療法もまだ研究段階であり、生存期間の延長に寄与するかどうかは証明されていないのが現状です。
坂本:私も久保田先生と同じ意見です。その状況では、外科的切除は行いません。1つにはご高齢であるということと、もう1つは多発性の腫瘍の場合、いくら画像上で消失してもmicroscopicな病変が残っている可能性が高いので、肉眼的に見えるものだけを切除しても意味がありません。私は、ラジオ波による焼灼を繰り返すのが、患者さんにとって最もQOLがよく、延命効果にもつながるのではないかと考えます。
瀧内: 私は肝切除が可能かなと思った場合には、できるだけ外科医に相談するようにしています。R0にもっていくことができれば予後が明らかによくなることが報告されているからです。
大村:私が考えていた治療ストラテジーでは、まず原発巣を切除します。次いでポートを留置し、mFOLFOX 6を施行します。Refractoryとなった場合、全身状態あるいは副作用の発現状況を勘案してFOLFIRIかCPT-11の単剤をsecond lineとします。本症例では肝転移巣は最初8個ありますが、この数が減り、CT during arterial portgraphy(CTAP)により5個未満であることが確認されれば切除します。2cm以下のものはMCTで焼灼します。可能な限り家で過ごしたいという患者さんの希望がありますから、できるだけ外来での施術が可能であることを前提に治療法を選択します。
坂本:Hospital free survivalは大切なポイントだと思っています。
大村:それには、家族の理解と協力が必須ですね。
佐藤:この症例のように、大腸癌では、高度な肝転移があっても肝機能の低下がみられず、元気に過ごすことのできる症例が時折みられますね。胃癌では考え難いことです。
大村:この症例は、外科医であればすぐに原発巣の切除をするでしょうね。時間もかかりませんし、術後の回復も早いですから。病変からの出血やイレウスの恐れがなくなってから、化学療法に専念します。
佐藤:どちらがよいかを判断するエビデンスはありませんから、切除に対しても反対はしません。
坂本:私は、原発が管腔臓器の腫瘍である場合は、どうしても通過障害や出血のリスクが出てきますので、できるだけ切除する方向で考えます。
久保田:胃癌の手術の場合は胃切除により相当な侵襲がありますけれど、大腸癌切除は侵襲が少ないですね。
佐藤:内科医の立場としては、早くバトンを渡していただけるとありがたいです。肝臓にこのような多発性の転移があれば、残念ながら治癒することは期待できませんから、郭清の程度云々よりも、できるだけ早く抗癌剤治療に移したいです。
大村:胃癌の場合は、手術によって術後経過がかなり異なります。しかし、大腸癌の場合は郭清の程度や再建法による術後経過の差はほとんどありませんから、通常は10日前後でわれわれ外科医の手から離れ、内科医にバトンタッチできると思います。
初診時には切除術の適応がない肝転移巣を有し、かつ原発巣からは出血しており腸閉塞に陥る可能性を有する大腸癌症例に対し、内科医と外科医がどのような治療方針を選択するかを興味深く拝聴しました。高齢であっても出血が持続していたり、消化管内腔を閉塞する可能性が高い症例には、ほとんどの外科医がまず原発巣の切除を選択するのではないでしょうか。憂いの数を減らして、残った予後規定病変に対する治療に専念したいとの気持ちが働くからです。
一方、大腸癌の多くが肝転移がらみで生命の危機に曝されますので、坂本先生はFOLFOXIRIも選択肢に入れるべきであるとのご意見でした。もっともだと思います。さらに、内科医でいらっしゃる瀧内先生、佐藤先生のお考えは大変勉強になりました。久保田先生がおっしゃられたように、まだ研究段階である治療法が用いられる病態でもあります。ますます、内科医と外科医が忌憚のない意見交換をする必要性が高まる分野でしょう。根治切除が可能である進行癌でも、その治療体系のなかで手術の占める割合が徐々に小さくなっていることを外科医は自覚しています。本例のように既に転移巣を有する症例の治療にあたっては、主治医には多くの専門家とディスカッションをして考えられるベストの治療法を選択する義務があります。さらに、その方針は行われた治療の効果や患者の状態によって柔軟に修正されるべきです。
この症例検討から、進行癌治療方針の選択肢の豊富さと内科医と外科医の視点の違い、そしてお互い協力し合うことの重要性を実感しました。どうもありがとうございました。