3月
国立がん研究センター中央病院 消化管内科 医長 加藤 健
胃癌 食道胃接合部癌
HER2陽性切除不能・進行胃癌または食道胃接合部癌に対する化学療法+Trastuzumab+Pertuzumab:二重盲検下無作為化プラセボ対照第III相比較試験JACOBの最終解析
Tabernero J, et al.: Lancet Oncol. 19(10): 1372-1384, 2018
2000年代に入り、各がん種において分子標的薬の研究開発が進んでいる中、2019年現在、胃癌に対する標準治療で承認されている分子標的薬は、抗HER2モノクローナル抗体であるTrastuzumabのみである。ToGA試験1)において、HER2陽性切除不能・進行胃癌または食道胃接合部癌を対象に、化学療法(FP療法、XP療法)単独に対するTrastuzumabの上乗せ効果が証明され、同剤は標準治療としての地位を確立した。
胃癌の抗HER2薬開発は、基本的には先行するHER2陽性乳癌の試験の後追いである。HER2陽性乳癌を対象としたAPHINITY試験2)およびCLEOPATRA試験3)において、化学療法+Trastuzumabに対するPertuzumabの上乗せ効果が証明された。この結果を受け、HER2陽性切除不能・進行胃癌または食道胃接合部癌を対象とし、化学療法+Trastuzumabに対するPertuzumabの上乗せ効果を検証する二重盲検下無作為化第III相比較試験であるJACOB試験が行われた。
対象は、30ヵ国197施設における18歳以上のHER2陽性切除不能・進行胃癌または食道胃接合部癌の患者であった。
対象患者は、地域(日本・日本以外のアジア・オーストラリア・北米・南米・西ヨーロッパ・東ヨーロッパ)、胃切除術の有無、HER2陽性(IHC 3+、IHC 2+、ISH陽性)を層別化因子とし、化学療法+Trastuzumab+プラセボ群と化学療法+Trastuzumab+Pertuzumab群に1:1で無作為化された。
化学療法は5-FU(800mg/m2/日をday 1-5、120時間連続投与、3週毎)+Cisplatin(80mg/m2をday 1、3週毎)とCapecitabine(2,000mg/m2/日、2週間投与1週休薬、3週毎)+Cisplatin(80mg/m2をday 1、3週毎)のいずれかであった。Trastuzumabは初回8mg/kgとし、その後は3週毎に6mg/kgの投与とした。
乳癌におけるPertuzumabの投与量は初回840mg、2回目以降は420mgであるが、本試験のPertuzumab群における同剤の投与量は、第II相試験であるJOSHUA試験4)の結果をもとに、840mgを3週毎の投与とした。
主要評価項目は全生存期間(OS)であり、副次評価項目は無増悪生存期間(PFS)であった。ToGA試験のデータに基づいて、プラセボ群に対するPertuzumab群のOSのHRを0.777、およびプラセボ群におけるOS中央値15.0ヵ月、Pertuzumab群におけるOS中央値19.3ヵ月と仮定したところ、両側α=0.05、検出力80%で780人(各群390人)の登録患者数および502イベントが必要であると計算された。
2013年6月10日から2016年1月12日の間に3,287例がスクリーニングを受けた。これらのうち、780例の登録患者がPertuzumab群(388例)とプラセボ群(392例)に無作為化を受けた。OSの追跡期間中央値は、Pertuzumab群で24.4ヵ月、プラセボ群で25.0ヵ月であった。両群で患者背景に差はなく、地域は日本を除くアジア/日本/北米、西ヨーロッパ、オーストラリア/南米、東ヨーロッパが37%/10%/34%/19%、組織型はびまん型/腸型が5%/90%、原発巣は食道胃接合部癌/胃癌が27%/73%であり、HER2陽性状況はHER2 IHC 2+およびISH陽性/IHC 3+は33%/67%であった。
主要評価項目であるOSの中央値は、Pertuzumab群で17.5ヵ月(95% CI: 16.2-19.3)であったのに対し、プラセボ群では14.2ヵ月(95% CI: 12.9-15.5)であり、両群間で有意な差を認めなかった(HR=0.84[95% CI: 0.71-1.00]、p=0.057)。副次評価項目であるPFSの中央値は、Pertuzumab群で8.5ヵ月であったのに対し、プラセボ群で7.0ヵ月であった。また客観的奏効率(ORR)はPertuzumab群で56.7%であったのに対し、プラセボ群で48.3%であった。副次評価項目についてはPertuzumab群が有意に改善しているようにみえるが、階層分析法を用いたため、いずれも有意性の評価をすることが出来ず、その結果はあくまで記述的であった。
試験期間中に、治療後に1回以上の治療を受けた患者は、Pertuzumab群で165例(43%)とプラセボ群165例(42%)と両群において同程度であり、Ramucirumabが投与された患者はPertuzumab群で19例(5%)とプラセボ群で23例(6%)であった。
重篤な有害事象はPertuzumab群で175例(45%)、プラセボ群で152例(39%)に認められ、Grade 3-5の有害事象はPertuzumab群で307例(80%)、プラセボ群で282例(73%)に認められた。重篤な有害事象のうち、下痢は両群において最も一般的なものであり、Pertuzumab群で17例(4%)、プラセボ群で20例(5%)であった。
Grade 3-5の有害事象で、最もよくみられたものは好中球減少症、貧血、下痢であった。Pertuzumab群とプラセボ群で発生率に5%以上の差があり、かつGrade 3以上の有害事象は下痢、低カリウム血症および悪心であった。下痢によりPertuzumabを中止した患者はいなかった。各群において治療中止につながる有害事象は、それぞれPertuzumab群で45例(12%)、プラセボ群で45例(12%)であった。試験治療に関連すると考えられた重篤な有害事象は、Pertuzumab群で48例(12%)およびプラセボ群の40例(10%)であった。
有症状の左室収縮機能障害の割合は全体で少なく、両群間で同等であった。
臨床的なカットオフの時点で、502例の患者(Pertuzumab群で240例、プラセボ群で262例)が試験期間中に死亡した。ほとんどの死亡は病勢進行に関連していた(Pertuzumab群で213例[89%]、プラセボ群で232例[89%])。Pertuzumab群の患者のうち27例(7%)、プラセボ群の患者のうち30例(8%)で死亡に至る有害事象が報告されており、これらのうち7例の死亡が治療関連死と考えられた。内訳は多臓器不全、肺塞栓症、血行動態不安定、原因不明の死亡および敗血症3例であり、これらはすべて対照群であった。
患者報告のアウトカム質問票の完遂率は非常に高く、両群全てのサイクルで90%以上であった。全体的なHRQoLおよび腹痛、食欲不振、食事量低下、疲労症状などの胃癌関連の症状が出現するまでの中央値は有意差を認めなかった。
以上のように、本試験の結果からHER2陽性切除不能・進行胃癌または食道胃接合部癌に対して、標準治療である化学療法+Trastuzumabに対するPertuzumabの上乗せ効果は示されなかった。
日本語要約原稿作成:NTT東日本関東病院 腫瘍内科 大木 遼佑
監訳者コメント:
HER2陽性切除不能・進行胃癌または食道胃接合部癌に対するPertuzumabの上乗せ効果は示されなかった
胃癌でも乳癌同様にToGA試験1)でTrastuzumab上乗せが有用性を示したことで、さまざまな抗HER2療法の治療開発がなされているが、胃癌組織中の細胞不均一性や病理染色性の差異、予後因子かどうか、他シグナル経路の利用など、両癌種間の違いも指摘されている5,6)。GATSBY試験7)、TyTAN試験8)などから、HER2陽性とされる胃癌のHER2受容体シグナル系への依存性についてはあらためて考えさせる結果も示され、抗HER2戦略のみでは有望な結果になかなか結びつかない状況である。今回のJACOB試験でもOSは良好な傾向であったもののPertuzumabの統計学的に有意な上乗せ効果は示せなかった。胃癌と乳癌でのPK・安全性の違いを考慮し、JOSHUA試験4)の結果に基づいた用量設定でもあったが、Pertuzumab群で治療強度低下を認めていない状況で優越性が示せなかったことは胃癌における抗HER2薬によるdual blockadeに限界を感じさせる結果であった。HER2染色状態など、その他のサブグループにおいても有効性の違いに際立つものはなかったこともそれを裏付ける。同対象では、現在開発中であるHER2抗体にトポイソメラーゼ阻害剤を結合させたDS-8201aの有望性9)や、HER2陽性胃癌に対する抗HER2薬/化学療法に免疫チェックポイント阻害薬の上乗せが有望性を示唆する結果を示しており10)、抗HER2療法の今後の方向性としても期待したい。
- 1) Bang YJ, et al.: Lancet. 376(9742): 687-697, 2010 [PubMed] [論文紹介]
- 2) von Minckwitz G, et al.: N Engl J Med. 377(2): 122-131, 2017 [PubMed]
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- 5) 日本病理学会:胃癌HER2病理診断ガイドライン,2015
- 6) Aizawa M, et al.: Gastric Cancer. 17(1): 34-42, 2014 [PubMed]
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- 8) Satoh T, et al.: J Clin Oncol. 32(19): 2039-2049, 2014 [PubMed]
- 9) Takegawa N, et al.: Int J Cancer. 141(8): 1682-1689, 2017 [PubMed]
- 10) Janjigian YY, et al.: J Clin Oncol. 37(suppl 4): abstr 62, 2019 [学会レポート]
監訳・コメント:NTT東日本関東病院 腫瘍内科 内野 慶太
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