ケースカンファレンス〜トップオンコロジストはこう考える〜
監修中島 貴子 先生聖マリアンナ医科大学
臨床腫瘍学
日常診療で遭遇する症例を取りあげ、トップオンコロジストが治療方針を議論するケースカンファレンスをお届けします。
CASE1
2017年6月開催
経口摂取不良の切除不能胃癌に対する
治療戦略
- 設樂 紘平 先生
国立がん研究センター
東病院
消化管内科 - 沖 英次 先生
九州大学大学院
消化器・総合外科
- 山ア 健太郎 先生
静岡県立
静岡がんセンター
消化器内科 - 結城 敏志 先生
北海道大学大学院
医学研究科内科学講座
消化器内科学分野
ディスカッション 1 1st-lineの治療選択肢Discussion 1
1st-lineとしてどのような治療を選択するか?
設樂本症例は38歳の若年男性で、経口摂取不良を主訴として近医を受診、胃癌と診断され、当院に紹介されました。摂取できるのは少量の水分くらいで、固形物は摂取できない状況です。前院で既に複数回の輸血を経験しております。既往歴として高血圧と肛門ポリープがありましたが、特記すべき家族歴はありません。初診時の状況として脈拍が少し早いものの、特記すべき所見はありませんでした。受診時に貧血があり、Hb値は6.6 g/dLでしたが、臓器機能はある程度保たれていました。前院で実施された上部消化管内視鏡検査では、Type3の幽門部の病変であること、黒色残渣が多く認められること、スコープが通過できないことが分かっています。また、腹部CT画像では頸部から腹部に多発リンパ節転移を認め(図1)、骨盤底には腹水も認められており、ステージ4および腹膜播種が示唆されました。当院受診日に病理組織検査を実施した結果、HER2陰性の中分化管状腺癌と診断されました。当院受診後に4単位の輸血を行った結果、Hb値は8 g/dL台に上昇しました。
1st-lineの治療選択肢とエビデンス
設樂本症例に初めに実施したほうがよい治療として胃空腸バイパス術、内視鏡的ステント留置術、全身化学療法といった選択肢があると思いますが、先生方はどのような選択をされますか。
沖私は迷わずバイパス術を施行します。バイパス術後2〜3日、場合によっては翌日から食事ができるようになるからです。また、比較的安全に施行できることも理由の一つです。この症例の場合、当院ではバイパス術後数日から1週間以内に化学療法を開始すると思います。
設樂経口摂取が可能になってから化学療法を施行するということですね。結城先生はいかがですか。
結城私も同意見です。外科に依頼してバイパス術を施行し、経口フッ化ピリミジン系薬を用いた化学療法を施行すると思います。
山アバイパス術を施行してもなかなか改善しない症例もいると思いますので、私は1st-lineではバイパス術を選択せず、最初から化学療法を施行すると思います。
設樂先生方、ご意見ありがとうございます。ここで、本症例の治療選択肢を検討するにあたり参考になる報告をいくつか紹介させていただきます。まず、自験例の報告ではありますが、進行胃癌患者のうち、経口摂取不良例は経口摂取可能例と比べて予後不良であることが示されています1)。また、悪性幽門狭窄例に対するステント留置術とバイパス術に関する臨床研究のシステマティックレビューでは、経口摂取改善に繋がる臨床的成功割合は、バイパス術と比べてステント留置術が高い傾向が認められるものの、いずれも70%以上と高い成功率が得られています2)。化学療法のみでも1st-lineであれば経口摂取改善割合は高く、第III相ランダム化比較試験であるJCOG0106試験では、経口摂取改善割合は5-FU持続静注療法では41%、MTX+5-FU療法では57%と、画像による奏効割合と同程度であったことが報告されています3)。
化学療法であればFOLFOXが新たな選択肢
設樂バイパス術の施行が難しいのはどのような症例でしょうか。
沖体上部までType4病変が広がっているような症例です。大弯部分にバイパスする場所がないと手術は困難です。そのような症例では胃が動きにくいので、無理してバイパスやステントを留置しても経口摂取は難しいと思いますし、最初から化学療法の選択しかないように思います。今回の症例の場合、体上部は大丈夫そうなので迷わずバイパス術の施行を選択しますが、施行できない症例もあります。
結城腹膜に明らかな転移がたくさんあるような症例は、バイパス術はもちろん、ステント留置術も難しいと思います。
設樂おっしゃる通りです。バイパス術、ステント留置術のどちらも難しい症例には、どのような化学療法レジメンを選択されますか。
沖FOLFOXを選択すると思います。OD錠を用いてSOXを選択する可能性もあります。
結城私もFOLFOXです。FOLFOXの登場前は5-FU/LVを選択していました。
設樂胃癌に対するFOLFOX療法の保険請求が審査上認められることになったことから、FOLFOXを選択される先生が多いようですね。我々もバイパス術の施行も考えましたが、本症例は多発の遠隔転移を認め、比較的短期間のうちに経口摂取が不良になったことから早期の化学療法を考慮し、また貧血症状が高度であったことから、出血リスクを考慮してステント留置術は避けて、FOLFOXによる化学療法を先行しました。その後の経過をみますと、本症例はFOLFOX施行後に2回の輸血を行ったものの、2コース目実施の前には中心静脈栄養(IVH)を不要なほどに経口摂取が改善し、2コース目実施の後で退院となりました(図2)。
結城設樂先生、化学療法施行後に平均してどれくらいの期間で経口摂取が可能になるのでしょうか。
設樂以前行った自験例の検討ですと、中央値は2〜3週でした。
結城それは早いですね。
バイパス術と化学療法のどちらを選択するかはケースバイケース
沖バイパス術が上手くいかない症例も少なからず存在するはずですが、私のような外科医に紹介されてくる症例にはバイアスがあり、バイパス術が適した症例が多いように思います。
設樂バイパス術と化学療法のどちらを選択するのか、私は病変の部位や範囲だけでなく、患者さんの全身状態や他の臓器機能なども考慮して決定しています。化学療法はすぐに開始できますが、バイパス術を施行してからだと日単位とはいえ、開始が遅れることになりますから、その辺りも考慮する必要があります。
沖患者さんによって原発部位や転移の度合いなどは異なりますから、最適な治療法が異なるのも当然だと思います。
設樂そうですね。バイパス術後の経口摂取改善割合は適応があれば80〜90%、1st-lineの化学療法後の経口摂取改善割合は約40%であることをお伝えし、患者さんと一緒に治療法を決定するようにしています。
山アもしバイパス術を施行するとしたら、どの部位が望ましいのでしょうか。
沖最近はビルロートII法を基本としたバイパス手術ではなく、Devine変法R-Yバイパス術が多いと思います。この方法では、体中部から体上部と空腸のバイパスでも食事が通りやすいと感じます。ただし、明らかに下腹部に腹膜播種が広がっている場合は、バイパス術を施行しても小腸が動かないので、経口摂取は期待できません。その場合は施行しないほうがいいと思います。腹腔鏡下手術の場合はお腹の中を見れば施行したほうがよいか否かが分かりますので、審査腹腔鏡と同時にバイパスをするかどうか判断すればよいと思います。
山アバイパス術でアプローチしながら、腹腔鏡を見てバイパス術が適切でないと思ったら中止すればよいということですね。
沖そうです。腹腔境で診察するのと同時にバイパス術を施行するイメージです。
山アありがとうございます。内科医としてはその辺りの不安があったので、勉強になりました。
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